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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第五部 戦後編
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第一章 再始動 7

二話連続です

「どうすんのよ、この状況」


 アイリーンにジト目で睨まれ、俺は肩を竦めた。

 開戦から二日目。森に設置した罠によって初日撃退された敵軍は、二日目の朝も突撃してきて、そして罠にはまって被害を出した。

 そこでようやく突撃の無意味さに気づいたのか、敵軍は森から距離を置いて態勢を立て直し始めた。

 理由は明白。別の地点を襲って、こちらを森から引きずり出す気なのだ。


「どうにもできないかな。街を襲撃する気だろうし、付き合わざるをえないよ」


 過去視を使って敵軍の司令官、ゲロルドを見てみたが、幼い頃に街を焼かれた経験がある。

 その経験から街を焼く確率は九十パーセントを超えている。今回も阻止に動かなければそのように動くだろうな。


「こっちは五百。向こうは千。多少削ったけど、まだまだ差は大きいわよ?」

「けど、街を破壊されたら今後に響く。森から出れば敵さんはこっちを向くわけだし、戦い方を変えさせてもらうよ」


 そう言って俺は用意していた柵を持って、森からの移動を命じる。

 ノックスに比べればお粗末ともいえる移動だったが、その間、敵が動くことはなかった。

 敵軍と向かい合う形で布陣すると、こちらの正面にいくつもの柵を設置する。これで何もないところで戦うよりはずっと戦いやすい。


「竜すら殺した軍師にしてはつまらない策ね」

「柵だけに?」

「死にたいの?」


 和ませるつもりで発した言葉だったんだが、アイリーンはガチ目に剣をチラつかせてきた。

 怖い怖い。今度からはもうちょっと笑える返しをしよう。


「はぁ……どうして余裕でいられるの? このまま戦えばどちらも被害は甚大になるわよ? それでいいの?」

「良くはないよ。ここにいる人たちだって、俺が守るべき領民であり、ヴェリスの国民だからね」

「なら真剣に策を練りなさい。あんたならいくらでも思いつくでしょ」

「君はずいぶんと俺を買っているみたいだけど、さすがにこの状況を逆転できるほど俺はすごくないよ」


 弱兵五百で千を撃破というのは難しい。

 それに問題なのは。


「なにせ敵さんが千とは限らないからね」

「どういう意味?」

「そのままの意味さ。俺が帝国宰相なら一千だけ送り込むような手は打たない。こいつらはただの先遣隊。後ろには二千か三千くらい控えているとみるべきだ」

「ちょっと待って。それを承知でここに残ったの?」


 責めるような視線をアイリーンが向けてきた。

 苦笑しながらうなずくと、その視線はより厳しくなった。


「そう睨まないでよ。別に勝算がなかったわけじゃないんだ」

「へぇ、その勝算を聞きたいわね」


 そうアイリーンが聞いてきた瞬間、森とこちらを遮るような形で新手の軍が現れた。

 これで俺たちは挟み撃ちというわけか。


「ざっと見、一千。前の敵と合わせて二千よ?」

「四倍か。うーん、辛い辛い」


 言いながら俺は円陣を組むように指示を出す。

 予想が正しいなら、新手はこれだけじゃ終わらない。

 これだけの軍を侵入させたのは間違いなく、俺を逃がさないためだからだ。


「側方よりも新手です! 前後の軍と連動して、こちらを包囲しようとしています!」


 知らせの声を聞きながら、俺はまったく別のことを考えていた。

 それを察したアイリーンが俺を叱責してくる。


「ちょっと! 集中しなさいよ! なに上の空になってるの!?」

「いや、ごめんごめん。王都に帰ったらどうやってカグヤ様の機嫌を取ろうか、ずっと悩んでてさ」

「……王都に帰ったら? あんた、この状況でよく王都に帰れると思うわね? 帰れたとしても多分、首だけよ?」

「それは困るなぁ。体がないと不便だ」


 冗談めかして呟くと、アイリーンだけでなく周りの兵士もこいつ大丈夫か? と言わんばかりの表情を浮かべた。

 さすがに不謹慎だったか。

 でも仕方ない。すでにこの勝負は詰んでいるのだから。


「……ずっとあんたの余裕が気になっていたけど……もう手が打ってあるの?」

「まぁね。手紙を王都に届けたよ。だからそろそろ援軍が来るはずさ」

「それは知ってるわ。けど、王都からここまで一日はかかるのよ? あと一日は稼がないと」

「平気さ。俺の部隊は独立遊軍。常に戦場を自由に動き、大事な場面には必ず現れる。そのために兵士以上に馬が精鋭揃いだ。ノックスなら王都からここまで一日とかからない。ましてやノックス最速の部隊なら」


 もう着いてもいい頃だ。

 そう言おうと思ったとき、後方に展開していた部隊から悲鳴が上がった。


「矢だ! 攻撃されてるぞ!?」

「敵はどこだ!? 見当たらないぞ!?」


 敵はどこからともなく放たれる矢に困惑しているようだ。


「……どこから狙ってるの?」

「森の向こう側だろうね。たぶん森を飛び越す形で放ってるんじゃないかな。もちろん、馬を走らせながら」

「冗談はよして。敵の姿が見えないのにそんなことできるわけないでしょ?」

「見えてるのさ。彼女には。深く険しい山を庭にしていた彼女なら、木々の間から少しでも姿が見えれば十分なんだと思うよ」


 説明が終わった頃には明確に馬蹄の音が聞こえ始めていた。

 矢は絶えず、徐々に数が増え始めている。森に入って、ほかの面々も弓を構え始めたんだろう。


「て、敵だ! 敵襲だ!?」

「森から出てくるぞ! 備えろ!!」


 後方の軍は矢の雨を受けて混乱状態。

 視線が俺たちに向いていたし、完全優勢状態だったから当然だ。

 そんな軍に追い打ちをかけるようにして、猛スピードで走る黒い一団が森を抜けてきた。

 黒いコートに身を纏い、黒い軍旗を掲げるのは間違いなく俺の部隊。


「の、ノックスだー!!??」

「ノックスが来たぞー!!」


 悲鳴は混乱を呼び、混乱は軍の維持を困難にする。

 広まった名は敵に恐れを与え、正常な判断能力を失わせ、実像以上の姿を敵に見せた。

 現れた援軍は五百ほど。しかし、後方軍はそれを食い止めることができなかった。

 悠々と俺たちのところまで駆け抜けてきたのは第四部隊。

 その先頭を走るのは頼りになる副官だった。


「やぁ、やっぱりミカーナが一番乗りだったね」

「ご無事でなによりです。ユキト様」


 ずいぶん久しぶりにミカーナと会った気がする。だからといって、会話に困るような間柄でもない。


「どれくらいくる?」

「全部隊が向かっています。すぐに第一部隊と残りの第四部隊が到着するかと」

「上々だ」


 主語のない質問に対して、ミカーナは的確に答える。

 俺の副官だけあって、そういう能力は非常に高い。そしてそういう副官のため、俺の隣にいたアイリーンの姿にもすぐに気づいた。

 少しだけ目を細めたミカーナは、すぐにため息を吐いて切り替える。


「あなたの隣にいる方について思うところはありますが……ユキト様が気にしないというなら私も気にしないことにしましょう」

「正直、怒るかと思ってたよ」


 アイリーンは俺をアルビオンに連れて行った。たとえ操られていたとしても、ミカーナをはじめとした部隊長は怒りを飲み込んではくれないと思っていたのだけど。


「怒ってどうなりますか? 張本人が水に流すなら私は言うことはありません。私はあなたの副官です。あなたの判断を尊重しますよ」


 いつもどおり涼し気な無表情でつぶやくと、ミカーナは突如として弓を構えて矢を放つ。

 見れば、敵から二本の矢が飛んできていた。しかし、ミカーナの放った二本の矢がそれを空中で弾く。


「まずは我が国に入った敵を排除しましょう。話はそれからです」

「そうだね。じゃあ、アルス隊長が来たら本格的に始めよう。この場の五百で戦うと犠牲が増えちゃうから、メインはノックスだ」

「承知しました。ノックスの復帰戦にしては物足りない相手ではありますが、敵は敵。武功をあげさせてもらいましょう」


 そう言って、ミカーナは流れるような動作で矢を放って、敵を射抜いていく。


「君は下がっていて。俺の領地の兵に敵が近づいたらよろしくね」

「……わかったわ」


 アイリーンは何か言いたそうな顔だったが、俺の言葉に素直にうなずいた。

 アイリーンはアイリーンで思うところがあるんだろうな。けど、さすがにここでは聞いてあげられない。


「皆の者落ち着け! 敵は少数だ! 数に任せて押しつぶっ!?」

「ミカーナがいるのに声をあげるなんて、馬鹿な指揮官だ」


 味方を鼓舞しようとした指揮官の頭には、ミカーナが放った矢が突き刺さっていた。

 百発百中の矢を見て、敵が震えあがる。そしてその時間を利用して、新たな援軍が現れた。


「第一部隊と第四部隊の混同部隊です。これでこちらは二千。少し後方に残りの部隊も続いています」

「よろしい。始めようか」


 そう言って俺は部下が持ってきた馬へと跨った。

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