第一章 再始動 6
間隔があいてしまってすみません
ヴェリスの王都では盛大な祭りがおこなわれていた。
戦勝と戦争終結を祝うこの祭りの目玉は、女王カグヤが開く剣術大会だ。
王都の中央にあるコロシアムで、達人たちが一対一の戦いを繰り広げるとあって、観客席はすべて埋まり、立ち見の客も大勢いるほどだった。
そんなコロシアムの警備を担当しているのは、二コラの部隊だった。だからだろう。
ユキトの密書を持ったレンと二コラが最初に遭遇したのは。
「ニコラ!」
「レン? どうかしたの?」
急ぐレンを見て二コラは不思議そうに首を傾げる。
そんな二コラを見てレンはため息を吐く。
「暢気なもんだぜ……ほらよ。旦那からだ。一つは二コラに、もう一つはカグヤ様にって言われてる」
「一つを私に?」
二コラは難しい表情を浮かべながら、自分用の手紙の封を解いて中を見る。
その内容を見て、二コラは一度天を仰ぐ。
「どうした?」
「平和って長く続かないんだね……」
「軍人なら喜ぶべきところじゃねぇか?」
「いやいや、私は流れで軍人やってる身だし。これから数十年間、私が生きている間だけ平和であれば満足なんだけど……儚い望みだったなぁ」
「その望みを抱くには上司が悪いな」
「そうだねぇ」
二コラはレンに答えて苦笑を浮かべると、黒いコートを翻して踵を返す。
その瞬間、二コラの表情はユキトが信頼する部隊長のものへと変わっていた。
「リオール隊は馬の準備とノックス各部隊への連絡を! カグヤ様の許可を頂き次第、すぐにクレイ伯爵領に向かう!」
明確な指示に部下たちは頷き、急いで行動を開始する。
そして二コラはユキトの手紙をもってコロシアムの中へと入っていった。
■■■
「本当によくやるわねぇ」
コロシアムの貴賓席。その中でも最も上等な席にエリカはいた。
妖艶な雰囲気を身に纏い、足を組み替えるたびに兵士たちは目のやり場に困っていた。
そんなエリカの隣にはカグヤがいた。
「エリカも参加してはどうだ?」
「冗談はやめてほしいわ。剣で戦うなんてごめんだもの」
「使えないわけではないのだろ?」
「そうね。多少は使えるけど、あんな剣術馬鹿たちと戦うなんて嫌よ」
エリカはカグヤを王とは扱わない。なぜならこの場に対等な立場でエリカを招待したのはカグヤだからだ。
滅びた小国とはいえ、エリカは国の王妃。その身分にふさわしい場所にカグヤはエリカを招待したのだ。
それをエリカを受けた。カグヤなりの罪滅ぼしと感じたからだ。
「私よりもあなたのほうが出たいのではなくて?」
「本音としては出たい。だが、王としてさすがにそれはちょっとな」
「そうね。それをすればユキトに何を言われるかわかったもんじゃないわね」
エリカがユキトの名を出した瞬間、カグヤは眉を潜めて不機嫌さを前面に出した。
その様子にエリカは苦笑する。
「顔に出てるわよ? ユキトがいないのがそんなに不満?」
「いないのが不満なのではない。来ないのが不満なのだ」
「どっちでも一緒じゃない」
「一緒ではない! ユキトは私の臣下なのだ! 私が来いといえば来るのが当然だ!」
「まぁ、そうね。普通はそれであってるわ。けど、彼は普通じゃないもの。諦めたほうがいいわよ」
ぐぬぬとカグヤは悔しそうに顔をしかめた。
エリカはそんなカグヤを見て、話題を逸らすことにした。
不機嫌なカグヤを見て、護衛をする兵士たちが青ざめているのに気づいたからだ。
「いない人間の話はやめましょう。さすがに戦っている人たちが可哀想だわ」
「そうだな……。せっかく集まってもらったのだ。見てやらねば礼を欠く」
今回の剣術大会は予選を行い、八人まで絞り込む。そして八人でトーナメントを行う手はずだ。
予選はバトルロイヤルで、参加者が一人になるまで戦う。
すでに五人が勝ち抜けを決めており、残りは三人。
そしてその三人も決まろうとしていた。
「やっぱりノックスの隊長陣が勝ち抜くか」
「さすがに予選じゃ落ちないわよ。ユキトが自ら見つけた部隊長たちだもの」
「そう言われると素直に応援できんな……」
「ふふ。ユキトがあなたをからかう気持ちがよくわかるわ」
「私はユキトにからわれたことなど一度もない!」
「そう? いつも軍棋をネタにからかわれてると思うのだけど?」
「ぐっ……あれは……ユキトが敗者の弱みに付け込んでくるのが悪いのだ!」
エリカは必死に反論するカグヤの様子を楽しみつつ、三つあるステージに目を向ける。
そこではアルス、ミカーナ、ロイが剣を振っていた。
さすがにいくつもの戦いを乗り越えてきたノックスの部隊長だけあり、乱戦はお手のもの。向かってくる敵を軽やかに倒している。
「聞いているのか!? エリカ!?」
「はいはい。聞いているわよ」
「そういう反応はユキトみたいだぞ!?」
「あら? そうかしら? 私も彼の影響を受けたのかしら?」
エリカは顎に人差し指を当てて思案する。自分が人に影響を受けるというのが珍しいことだったからだ。
「うーん、どうかしら? 受けているかもしれないわね。ずっと一緒だったし」
「ずっと一緒? エリカがか?」
「そうね。ミカーナだけだと一緒に頑張っちゃうから、私がブレーキをかけてたの。そうじゃないのと休まないから」
「ふん、自己管理ができないとは将失格だな!」
エリカはカグヤの言葉にクスクスと笑う。
カグヤもユキトに近いタイプだと知っているからだ。そして休ませるのはユキトの役目だ。
それがわかっているため、ユキトを批判するカグヤが面白くて仕方ないのだ。
「あら? もう終わったみたいね」
話をしている間に予選が終了していた。
ノックスの三人は余裕で予選突破で、八人の中に入っている。
「ここからが本番だぞ。抽選は運任せ。ノックス同士で当たるかもしれん」
「それならロイに頑張ってほしいわね。あの子、アルスやミカーナに認めてもらえなくて悔しがってたから」
「認めてないのか?」
「認めてるわよ。剣士としてはね」
「指揮官として未熟だということか」
「ロイは武勇に偏った指揮官だから、ユキトのように自分を上手く使ってくれる人の下でこそ輝くタイプよ。ただ本人としてはそれだけじゃ不満みたい。タイプは違うけど、ユキトもロイと一緒だと思うの。知将の極致みたいなユキトは部下によって自分の欠点を補ってる。ロイもそこに気づければもっと成長できると思うのだけど」
他人に頼ること。
それがロイとユキトとの決定的差であるとエリカは思っていた。
それさえできれば、ロイはより高みに登れる。それこそユキトと同じくらいの年にユキトと肩を並べられるかもしれない。
「それは難しいかもしれないな。私も……そこに気づくのに時間がかかった」
「あらあら。今は部下を頼みにしているような言い方ね?」
「頼みにしている。私は王だからな」
「ならユキトを信じてあげなさいな。彼は意味のないことはしないわ」
「それとこれとは別問題だ。なにか考えがあるなら私に真っ先に話すべきだ」
「何でもあなたに話すとあなたが頑張りすぎるから、話さなかったんじゃないかしら?」
「そうだと思うか?」
「ええ。彼はあなたに負担を掛けることを嫌うから。まぁでも安心しなさいな。最後は必ずあなたに頼るから」
そう言った瞬間。
貴賓室の扉がノックされた。
「二コラです。至急の知らせを持ってまいりました」
「入れ」
「失礼します」
二コラは扉を開けると、カグヤの近くに膝をついてユキトからの手紙を渡す。
「クレイ伯爵からの密書です」
「ユキトから? 来ない言い訳でも伝えてきたか?」
そう言ってカグヤが封を解くと、短い文が出てきた。
「帝国軍と思わしき一千の山賊が現れました。助けてください……ユキトには誇りというものがないらしいな」
「ふふ、ユキトらしいわね。シンプルでいいわ」
「ふん、帝国を警戒して自領に留まっていたなら、そう言えばいいだろうに……まったく」
そうは言いつつ、カグヤの顔には笑みが見えた。
エリカの言うように最終的に頼ってきたのが嬉しいのだ。
「仕方ない奴だ。どうする? 援軍に行くか?」
「あなたが動けば大事だわ。私たちで行ってくるわよ。まぁ、私と二コラだけでもいいのだけど」
「仲間外れにすると怒りそうですよね。あの三人」
「はぁ……しょうがない」
カグヤは貴賓室の前に設置されているバルコニーに出る。
すべての目がカグヤの下へ集中する。それは出そろった八人の予選通過者も同様だった。
誰もがこれから決勝トーナメントが始まると予感した。
しかし。
「これから予選突破した八人によるトーナメントを行う……予定だったが、少し邪魔が入った。帝国との国境、クレイ伯爵領にて大規模の山賊が現れたらしい」
カグヤの言葉にコロシアム内に動揺が走る。
それを鎮めるためにカグヤは言葉を続ける。
「由々しき事態だ。我がヴェリス内でいまだに山賊などという愚かしい行為に走る者がいるとは。いまだに私の臣下の力を過小評価する者がいるということだ! これを見過ごすことはヴェリスの武威を損なうことにつながる! よって……私は全力で叩き潰すことに決めた!」
カグヤがそう言うとコロシアム内がシーンとする。
誰もが次の言葉を待ち望んでいた。
「今、このときより私の直轄部隊としてノックスを復活させる! アルス、ミカーナ、ロイ。そなたたちの剣技を見れないのは残念だが、その剣は元より戦場で振るわれるもの。あるべき場所に戻ってもらう! 祭りが終わるまえに私の下に勝報を持ってくるがよい!」
カグヤは大げさに手を振って、命令を下す。
その命令にコロシアムの中央にいたアルス、ミカーナ、ロイは膝をつく。
「「「御意!」」」
命令を聞いた三人は意気揚々と出口へと向かう。
すると、いつの間にか先回りしていた二コラが三人のコートを渡す。
三人がそれを羽織ると、コロシアムが一気に怒号で包まれた。
「エリカ。頼んだぞ」
「ええ、しっかり連れてくるわ。この国は王は軍師がそばにいないと落ち着かないみたいだもの」
「なっ!? 私はそんなこと言った覚えはないぞ!?」
「顔に書いてあるわ」
そうエリカに言われてカグヤは猛烈に反論するが、それを聞かずにエリカは貴賓室を出ていく。
そして階段を下りると、エリカも黒いコートを羽織る。
「次の相手は帝国軍らしいわよ」
「上等だぜ。俺は向こうの陸軍将に借りがあるからな」
「そういえば殺されかけてましたね」
「殺されかけてねぇ! 剣が壊れなきゃ俺がやってた!」
「戦場で武器を失うってのは殺されたも同然だと思うけどな」
「皆、嬉しそうだなぁ……」
ノリノリな四人を見て、二コラはため息を吐く。
しかし、それを懐かしいと思う自分もいた。
「馬は用意してあります。皆さんの部下もすぐに来ますからすぐに出れますよ」
「さすが二コラの姉ちゃん! 用意がいいぜ!」
「そういうことならさっさと行くとするか。ユキトが首を長くして待ってるだろうしな」
こうして王都よりノックスが出撃したのだった。




