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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第五部 戦後編
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第一章 再始動 5

二十万字が吹っ飛んだせいでダウナーです。

俺も異世界に行きたい……





 自分の予想が当たったとき、大抵の人間は満足感を得ると思う。

 悪い予想でなければ、だが。


「敵は一千。服装が軍服でないのでわかりませんが、おそらく帝国軍でしょう」


 ボルドがこちらに迫る一千の軍隊を見ながら答える。

 俺たちは事前に予定されてたとおり、森に籠った。

 できるだけ目立つように。

 一応、街の住民は避難させたが家を壊されるのは避けたいからだ。

 どうせ狙いは俺だろうしな。


 俺がここにいる以上、彼らは安心してヴェリス領内には入れない。


「そろそろ王都じゃ剣術大会か。盛り上がるのかなぁ」

「よくまぁ、そんなどうでもいい話題を出せるわね? 二倍の敵が迫ってるのよ?」

「慌てても勝てないし、敵に一線級の指揮官がいるわけじゃない」

「どうしてわかるのよ?」

「一線級の指揮官なら俺が民を避難させた時点で、こちらに備えがあることを察する。正面から攻めてくるなんて愚行はしないさ」


 カグヤ様から手紙が来てから、今日で二日目。

 そろそろ来ると予想していた俺は、すぐに民の避難を開始した。

 そして今日。案の定奴らは来た。

 民はまだ避難中だけど、俺に釣られて森しか見てないから安心なはずだ。


「指揮官が平凡でも二倍は二倍よ。しかもこっちは戦を知らない兵がほとんど。向こうは精鋭。本当に二日も持ちこたえられるの?」

「君は意外に心配性だなぁ。前に君と戦ったときはもっと大胆な手を打つ指揮官に思えたけど?」

「私は常識的なだけよ。あんたがあんまりにも鈍いだけ。森にほどこしたのは簡易の柵といくつかの罠のみ。これでどうにかなると思うほうがどうかしてるわ」

「そうか。じゃあ俺はどうかしてるのかなぁ。俺からすれば二日というのはそんなにキツイ数字には見えないんだけどね」


 その考えの根拠は二つ。

 一つ目は、彼らはどう見ても帝国軍だが帝国軍と思わせる証拠は残せない。

 だから主力兵装である魔銃を持っていない。

 二つ目は、帝国軍というのは弱兵の集まりということだ。

 正確には強兵がいないというべきか。遠目からだからはっきりしないが、先頭集団のステータスはどれも大したことはない。

 だからこそ、魔銃に頼っているのに魔銃を捨てたなら脅威は格段に薄れる。


「帝国軍の戦法は物量作戦。数で押し、魔銃の雨で敵を蹴散らす。まとまった数の軍がいて初めて成立するのが帝国軍の強さだよ。だから少数での奇襲なんてまったく向いてない。もちろん、帝国軍にも強い奴はいるだろうけど」

「今回はいないってわけね」

「そういうこと。つまり、だ。彼らは哀れなかませ犬なのさ。帝国宰相はヴェリスの対応を見るつもりなんだよ」


 もちろん、俺を殺せるなら殺してしまいたいと思っているはずだ。

 そうでなければこの時期に仕掛けてくる意味はない。

 国を衰えさせるのに一番手っ取り早いのは優秀な人材を殺すこと。

 人材はすぐには育たないからだ。


「でも、訓練されている分、こっちの兵よりは強いことはたしかよ。そこはどうするの?」

「そりゃあもう指揮と作戦でカバーするのさ。あとは心理戦かな」


 そう言って俺は前に出る。

 アイリーンは止めようとするが、それをやんわりと払って森の外へ出る。

 すぐ近くに一千の兵が成立している。


「ここを任されているクレイ伯爵だ。指揮官と話がしたい」

「俺がこいつらの頭であるゲロルドだ。といってもお前は信用しないかもしれないが」


 見るからに山賊といった服装の男が前に出てきた。

 手には巨大な斧を持っている。戦闘力はなかなかの七十中盤。


「そうだな。整然と列を整える山賊なんて聞いたことはないな」

「そういう山賊だっているってことだ。勉強になっただろ? 竜殺しの軍師殿」


 ゲロルドは挑発的な笑みで告げる。

 どうやら敵さんも心理戦を行うつもりらしい。しかし、まだまだ甘い。

 その程度じゃ挑発にはなりはしない。


「ああ、よくわかったよ。どうやら帝国宰相は俺の敵ではないらしいってことがな」

「なに?」

「帰って飼い主に伝えろ。お前じゃ相手にならないとな」


 俺はゲロルドなんて眼中にない。そういう風に話を進める。

 ゲロルドの後ろにいる帝国宰相しか見ていないと、ゲロルドは取るだろう。

 こういうタイプは無視されるのを嫌う。自分の力に自負があるからだ。それで周りを認めさせてきたんだろう。だからそれを無視されるとアイデンティティーが崩れてしまう。


「貴様! お前の前にいるのはこの俺だぞ!」

「なんだ。理解してないのか? お前みたいな頭の足りない奴を送り込んでくるから、俺の敵じゃないって言ってるんだが?」

「おのれ!」


 ゲロルドは斧を地面に刺すと隣にいた奴が持っていた弓を奪い去り、俺に狙いをつける。


「取り消せ! さもなくば矢が貴様の脳天を貫くぞ!」

「どうぞ。やれるものならやってみろ」


 俺の魔法が教えてくれている。

 ゲロルドは弓矢が不得意だ。外れる可能性はほぼ百パーセント。

 恐れる必要はない。


「くっ!」


 それは本人も理解しているのか、矢を放つこともせずに弓を下ろした。

 それを見て俺は嘲りの笑みを浮かべながら背を向ける。


「さっさとかかってこい。仕方ないから相手をしてやる。光栄に思えよ? 山賊」




■■■




「お見事な挑発でした」

「ありがとう。自分でもなかなかだったと思ってるんだ」


 ボルドから褒められて俺は笑みを浮かべた。

 もしかしなくても演技の才能が俺にはあるのかもしれないと思い始めてしまいそうなほど、ゲロルドは激昂していた。


「そして相手は罠に陥るってわけね。性格悪いって言われない?」

「ソフィアは常に俺のことは優しいと評してくれるよ?」

「そう。よほど世の中の悪い部分を見てしまったのね。あんたが優しく見えるなんて」

「ひどい言い方だなぁ」


 俺とアイリーンはそんな軽口を叩きながら、事前に用意していた落とし穴に敵の先鋒隊が落ちていくのを見ていた。

 簡単な落とし穴だ。用心して進めば引っかかることはありえない。

 けどゲロルドは突撃を命じた。それを兵は忠実に守り、馬鹿みたいに罠に引っかかった。


「さてそろそろか。斉射用意……放て」


 後方に控えさせていた兵に弓矢を放たせる。

 狙いはもちろん落とし穴に落ちた兵だ。あとはその兵を助けようとしている奴ら。

 彼らは突然降り注いだ矢の雨に何もできず、ただ悲鳴をあげている。

 哀れなことだ。指揮官さえまともならあんなふうに死なずに済んだのに。


「終わりね。私は別動隊を率いて敵の残存部隊を追い立てるわ。いい?」

「任せるよ。ただし君は戦わないようにね」

「は? 何言ってるの?」

「君は目立つ。魔術も使わないように」

「それで助けられる兵がいるかもしれないのよ?」


 底冷えするような声をアイリーンは出す。

 その目には深い失望が浮かんでいた。

 けれど、どんな感情を向けられても許可はできない。


「たしかに血は流れるだろうね。だけど君がここにいるとバレれば、違う血も流れる。君は出奔したけどアルビオンの人間だ。それは変わらない現実だ。ヴェリスの貴族はそんな君のことを利用しようとするだろう。俺はそれから守り切る自信がない。最悪、アルビオンを帝国との戦争に引きずり出す材料にされかねない」

「なら……なんで戦場に連れてきたのよ?」

「逃げろといって君が素直に逃げるとは思えなかったからね。なら目の届くところにいてもらったほうがいい。俺の指示は了解したかい?」

「……わかったわ」

「……自分の身を護るときや危ない兵を守るときなら剣を使うことは許可する。けど、それは駄目だよ。それは本当にこっちが追い詰められたときだけだ」


 俺はアイリーンが持っている大鎌を指さす。

 アイリーンは不満そうな表情を少し見せるが、敵を追い詰める機を逃すと思ったのか、何も言わずに鎌を置いて別動隊を指揮しに向かった。


「素直に人を斬らせたくないと言ったらどうです?」

「意固地になるだけさ。それにだけど……今のアイリーンに人は殺せない。けど、俺の指示が言い訳になる。敵を殺さず、傷つけるだけに留めるのは俺の指示があるからだ」

「……彼女に一体なにがあったのですか?」

「辛いことさ。とてもね」


 そう言いながら俺は別動隊を指揮するアイリーンを見つめた。

 この日、帝国軍は三百ほどの被害を出し、こちらはほぼゼロだった。

 その後、罠を警戒した帝国軍は一度退いた。

 こうして俺たちは貴重な一日を稼いだわけだった。

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