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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第五部 戦後編
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第一章 再始動 3

予約投稿の日付を間違えてました。すみません。



 クレイ伯爵領。

 そう名付けられた土地は帝国とヴェリスの国境近くにある。

 二つの国を遮る険しい山脈を背にしており、特別これといった特徴のある場所ではない。

 領内には町が一つといくつかの村があり、どこもほぼ自給自足だ。

 正直、領地としての旨味はほとんどない。


「お帰りなさいませ。伯爵」


 そんな領内唯一の町の中心。

 質素な屋敷にはじめて足を踏み入れたのに、お帰りなさいませと言われるとは思ってもみなかった。

 俺の目の前には一人の老人と二人のメイド。

 どうやら彼らが俺の家臣団ということらしい。


「初めまして。ユキト・クレイといいます。来るのが遅くなって申し訳ありません」

「もったいないお言葉です。私は家のことを取り仕切っている執事のボルドと申します」


 ボルドの名は聞いていた。

 前は王家に仕える代官だったはずだが、どうして執事になっているのか。いや、突っ込むのはよそう。カグヤ様の命令にせよ、自分の判断にせよ、突っ込んでも意味はない。

 彼は優秀だ。それだけで十分といえる。


「領地のほうはどうです?」

「変わりなく穏やかです。魔獣も滅多に出ない土地柄ですので」


 厄介ごとがない領地だな。いや、そういう領地を選んでくれたのか。

 さすがにカグヤ様も俺を領地経営で悩ませる気はないようだ。

 当たり前か。領地経営が忙しくて、領地から出てこれない貴族は大勢いる。代表的なのはユーレン伯爵だ。あの人はヴェリス海岸部を任されているせいか、ほかの貴族の数倍忙しい。


「そうですか。では、とりあえず領民の視察に出ましょう。やっぱり目で見ないとわからないことだらけですから」

「今から……でございますか?」

「ええ。今からです」

「着いたばかりでお疲れでは?」

「多少馬車に揺られた程度じゃ疲れませんよ。戦場じゃ馬に乗っていますからね」


 馬の不安定さに比べれば、馬車なんか天国だ。

 王都からここに来るまで約一日。寝たり、領地の資料を読んだりと快適なことこの上なかった。


「さすがは英雄、ユキト・クレイと言うべきでしょうか」

「英雄ですか。ちょっと恥ずかしいですね」

「何をおっしゃいます。誰もがあなたをそう呼んでいます。ですので、しばしお待ちを。知らせを出さずにあなたが行けば領民たちが驚いてしまいます」

「そんなものですか?」

「そんなものです。ささやかながら食事を用意してありますので、まずはお食事を。その間に私のほうで知らせを出しておきましょう」

「できればいつもの領民を見てみたいんですが」

「ではそういう知らせを出しておきましょう。歓迎は不要と。ただ……」

「ただ?」


 ボルドはやや言いづらそうな顔を見せた。

 視線で促すとボルドは一つ頷き。


「領民たちは戦場や王都で活躍した伯爵にとても興味を持っています。姿を見せられるとわかれば、いつもどおりとはいかないでしょう」


 おやまぁ。

 いつのまにか俺はアイドルにでもなったのかな?

 しかし、言いたいことはわかる。

 この世界にネットなんて便利な物はない。

 自分の国の情報すら田舎に人間は知ることができない。

 そんな場所に戦で功績をあげた奴が来るのだ。注目は集まるってものだろう。


「それはまぁ、仕方ありませんね。では手はずをお願いします。あと、食事中にいくつか資料を読みたいので準備を」

「お食事中にですか?」

「時間がないので。申し訳ありませんが、ここには二、三日しかいられません。王都でやることもありますから。ですのでやれることはやっておきたいんです」

「わかりました。準備いたします。では、こちらへどうぞ」


 そう言って俺は屋敷の一室へと足を向けた。




■■■




「ふぅ……」

「お疲れになりましたか?」

「さすがに」


 馬車に乗りながら俺は苦笑する。

 屋敷のある町で外に出たら、いろんな人に声を掛けられるし、プレゼントを渡されてしまった。

 知らない人からありがとうと言われるのは変な感じだった。


「皆、戦争で勝てたのはあなたのおかげだと知っているのですよ」

「戦争に勝てたのは陛下のおかげです。俺は外で戦っていただけで、ヴェリスを守りぬいたのは陛下ですから」

「それでも、です」

「まぁ、そういうことにしておきましょう。次の村の規模は?」

「住人は百名ほどで、主に狩りをして生活しています」


 狩りか。

 ミカーナが育ったところと一緒だろうか?

 ミカーナみたいな子がいたら俺の部下にスカウトしたいところだけど。

 いや、さすがにヤバいか。戦争が間近に迫っているわけじゃないのに一般から人材登用というのはいただけない。


「着きました。ここです」


 ボルドの言葉を受けて、俺は馬車を下りる。

 すると、そこには村という言葉が非常に似合う集落があった。

 ただし寂れている感じはない。それは住んでいる住民たちの表情が温かいからだろう。

 馬車から降りると、一斉に俺へ視線が集まった。

 そりゃあ、こんな黒一色の男が出てくれば目立つか。


「お初にお目にかかります。村長を務めております、ムジルといいます」


 高齢そうなお爺さんがそう挨拶してきた。

 杖をつき、足元もおぼつかない。目も開いているのかどうか怪しい。

 けれど、その表情はなぜだか嬉しそうだった。


「この領地を預かることになりました。ユキト・クレイと申します。以後、よろしくお願いします」

「存じております。存じておりますとも。内乱から始まり、多くの戦いで勝利を収めてきたヴェリスの軍師。その名を知らぬ者などヴェリスにはおりますまい」

「恐縮です」

「正直申し上げれば……戦狂いの若者が領主になったかと思いもしました。しかし良き目をしておられる。あなたはやはりカグヤ陛下が認めただけのことはあるお方だ」

「戦狂いというのはあながち間違ってはいません。俺のいるところではいつも戦火が上がった。ここもそうなるかもしれません」

「それはあなたのせいではありますまい。仮にそうなったとしても……我々がすべきことをあなたは指し示してくださるのでしょう?」

「……全力を尽くします」


 俺の言葉にムジルは満足したのか、何度もうなずく。

 そして俺は村の見学を始めた。

 代り映えのしない村だ。大人たちは仕事をし、子供たちは遊んでいる。

 平和だった。

 そう平和だった。


「退屈ではありませんかな?」

「いえ……この光景を守れたと思うと、戦いは無駄ではなかったと思えます」

「素敵な感性をお持ちだ。同じことをいつぞや陛下が来たときも言っておられました」

「カグヤ様が?」

「はい。あなたの領地を決めている最中だとかで、この村で決心なさったようです」


 そうか。

 カグヤ様はこの光景を見て、俺をこの領地の伯爵に任じたのか。

 あの人らしい。


「村長。なにか困ったことはありませんか? あまり長居はできませんが、いる間は領主としてできることをします。なんでも言ってください」

「いえ、この村は困ったことは」


 ムジルがそう言おうとしたとき、俺のほうに小さな女の子が走ってきた。

 どうやら親の制しを振り切ってきたようだ。


「領主様! お姉ちゃんを助けて!」

「これ! アイナ! 下がっておれ!」

「も、申し訳ありません! 伯爵様!」


 少女の母親と思わしき人が少女を引っ張って、頭を下げる。

 しかし、アイナは俺の服を掴んで離さない。


「お姉ちゃんというのは君の?」

「ううん。他所の人。この村に流れてきたの。それで魔獣が出たときに戦ってくれたの。けど、すごい熱で!」

「他所の人?」

「も、申し訳ありません! 騙す気はなかったのです! しかし、他国からの流れ者でも見捨てることはできず!」


 なるほど。

 だいたい察しはついた。

 この場所で他所の国から流れ着くとしたら、アルビオンか帝国だ。

 そんな国から魔獣と戦えるだけの者をかくまうというのは、ヴェリスへの裏切りと取られてもおかしくはない。


「ボルドさん」

「はっ。いかがいたしますか? まずは王都に一報を」

「医者の手配を。その人を動かせるようなら屋敷に連れていきましょう」

「よろしいので? もしも他国の重要人物だった場合、あなたのお立場が」

「立場より人命です。それに十分すぎるほど敵はいます。いまさら増えたところで変わりはありませんよ。責任はすべて俺が取りますから、医者の手配を。アイナと言ったね。案内してくれるかい?」


 俺がそういうとボルドは何も言わずに一礼して、馬車へと向かった。

 アイナは目を見開き、何度も頷いて俺を引っ張る。


「こっち!」

「村長。その人が来た経緯を歩きながら聞かせてください」

「は、はい。数日前に突如、その人は現れました。年は十五、六ほどの少女で、服はボロボロでした。意識が朦朧としている様子だったのですが、突然現れた魔獣を撃退してくれたのです。しかし、そこで力尽きたのか寝込んでしまい」

「今に至ると。来た方角は?」

「アルビオンの方です」


 アルビオンから十五、十六の少女。

 しかも意識が朦朧とした様子なのに魔獣を倒せる?

 もしかして。

 いや、まさか。さすがにいくらなんでも。


「村長。一つお聞きしたい。その子の髪の色は赤でしたか?」

「はい。燃えるような赤です。ご存知の方ですか?」

「ええ、一応。殺そうとされたくらいの仲です」

「はい?」

「村長。あなたはアルビオンとの友好を守ってくださった。感謝します」


 そういうと俺はアイナを抱き上げて全力で走る。

 アイナはそれを楽しそうに満喫しているが、正直俺はそんな気分じゃない。


「そこ右!」

「はいよ!」

「ここ!」


 アイナは小さな小屋を指さす。

 そこに俺は無礼を承知で、突入する。


 すると。


「やっぱりアイリーンか……」


 そこには高熱にうなされているアイリーン・メイスフィールドの姿があった。

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