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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第五部 戦後編
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第一章 再始動 2


「珍しいこともあるものだな。そなたが自分から城に来るとは」

「ええ、昨日珍しい客人が来たもので」


 ザックが来た次の日。

 朝早くにカグヤ様の下を訊ねた俺は、そんな言葉でカグヤ様の反応を伺う。


「そういえば、ザック・ウィリアムズがそなたのところを訪ねたという報告があったな。力添えをと言われたか?」

「はい。アルビオンは有事の際に備えて、ヴェリスと密接な関係を築きたいようです」


 アルビオンとヴェリスのは同盟はほとんど休戦協定に近い。

 本来なら詳細に決められるはずの条項はほとんど決まっておらず、とりあえず戦争を終わりにして仲良くしましょうね、ということだけが決められたのだ。

 どうしてそんなことになったかといえば、どちらも戦争目的を失ったからだ。

 ストラトスの打倒がヴェリスの目的であり、アルビオンがヴェリスを攻めていたのもストラトスが原因だった。だからストラトスがいなくなった時点で、両国とも戦争を継続する意味がなかった。

 そして次に問題となったのは帝国の存在だ。

 ヴェリスは海から帝国に攻められていたし、アルビオンは陸から帝国に攻められる危険性があった。どちらも早急に手を結ぶ必要があったわけだ。

 そんなわけでザックはその詳細に関する下準備に来たわけだが、ここで問題となるのがヴェリスの重臣たちだ。


「そなたも知っているだろうが、我が国の重臣たちのほとんどはアルビオンに批判的だ。ヴェリスの内乱から始まり、すべてアルビオンのせいだという者もいる。それに侵攻してきたのはアルビオンであり、それを跳ねのけたのはヴェリスだ。戦勝国として多額の賠償金を要求するべきという声もある」

「まぁ、言いたいことはわかります。戦争には金がかかりますからね。でも、ヴェリスには皇国から多額の謝罪金が入ってきたのでしょう? 俺を売ったことへの謝罪金が」

「ああ。おかげで財政が傾かずに済んでいる」

「では、わざわざ復興途中のアルビオンから搾り取る必要はないでしょう。それよりも良き隣人とするほうが長い目で見れば効果的です」

「……長い目か。確かにその通りだろう。今回の戦争の件、アルビオンに対する貸しとして復興したあとに返してもらうほうがヴェリスとしてはいい。だが、彼らは恐れているのだ。アルビオンを今、叩いておかねば将来的に自分たちがやられるのではないかと」


 その恐怖、不安は理解できる。

 アルビオンは魔術の国。常に新たな魔術が開発され、新たな魔術による戦術が生み出されてくる。

 今回の戦、かなりの痛手を受けたわけだが、それはヴェリスとて同じ。

 ヴェリスが復興するころにはアルビオンも復興する。だから良き隣人とするべきだと言っているのだが、恐怖ゆえに攻撃的になる人間もいる。

 やられる前にやってしまおうという発想だ。


「侵攻を受けた以上、当然といえば当然です。しかし、ならばこそ手を結ぶべきだと思います。こちらが帝国に攻め込まれる可能性だってありますから」

「そうだ。帝国の戦力は恐ろしい。我々も相当な痛手を与えたはずだが、あの国はいまだに全力を出していない。兵の質では勝るが、数では向こうのほうが上だ。対抗するためにアルビオンと手を結ぶのは定石。しかし、だ。ユキト。重臣たちはアルビオンだけを恐れているわけではないのだ。恐れているのは最悪の展開だ。もしもアルビオンと戦争になったとき。そなたがヴェリスのために動いてくれないのではないか、という不安を皆が抱いている」

「……俺が裏切ると?」

「私はそうは思わん。だが、そなたとソフィアが特別な関係なのは皆知っている。ソフィアのためにそなたがアルビオンに付くのではないかと言う者も多いし、アルビオンよりの発言をするのは将来的にアルビオンにつくつもりだからだと言う者もいる」

「……困りましたね。こうして戻ってきたことが何よりの証と思ってほしかったんですが?」


 グワイガンとの戦いの後。

 俺にはアルビオンに残るという選択があった。

 たしかに俺はヴェリス側の人間ではあるが、あの混乱の後ならば死んだことにして身元を隠すこともできた。

 それをしなかったからこそ、カグヤ様は戻ってきたことを喜んでくれたはずだが。


「私は疑っていない。そんな表情をするな。私はそこまで落ちぶれてはいない」

「では、なぜそんな話を?」

「説得が大変なのだ。評議会も宰相もヴェリス一強の時代を作ろうと躍起になっている。私は五大国がそれぞれバランスを取るほうがいいと思っているのだが……」

「それは俺も同意見です。いずれ、大陸と統一する国が出てくるでしょうが……今ではありません。なぜなら、戦力があまりにも均等すぎるからです。五大国の中で差はあれど、一気に攻め落とせるほどの弱小国はありません。今、無理に統一をすすめれば血を流すだけかと」

「私も似たようなことを言っているのだが……」

「もしかして……俺に説得しろと?」


 カグヤは図星を突かれたように体をビクリと震わせた。

 まったく。この人は。

 どうしてそんなことを俺にやらせようとするんだか。


「説得が面倒だから俺を引っ張り出したら、余計に面倒なことになりますよ?」

「め、面倒などとは思っていない! ただ……うんざりしているだけだ」

「似たようなものでしょ。王として頑張ってください」

「そうやって厄介事を私にばかりに押し付けるな! そなたがいない間、私がどれだけ大変だったかわかっているのか!?」

「想像はつきます。けど、そのための評議会では?」

「戦時はそれなりに一つにまとまっていたが、今では評議会も一枚岩ではない。彼らも人だ。人並の欲がある」

「それを使いこなしてこそ、王というものです。申し訳ありませんが、俺が出るわけにはいきません。彼らの反感を買うだけですから」

「……今は正直息苦しい。まだそなたに小言を言われていたときのほうが気が楽だ」

「あの時は内乱後で人材不足でしたから。多くの事をやる必要がありました。けど、今は違います。ヴェリスは立ち直り、その後の戦争も終わった。これからは国を安定させるための戦いです。それには根気が必要になります。辛いでしょうが、アルビオンと結ぶことの利を説いてください」

「……」


 カグヤは不満そうに俺を睨む。

 自分はその間、なにをするんだ、といわんばかりの表情だ。

 そりゃあ仕事を押し付けられて、しかも押し付けた相手が遊んでいれば不機嫌にもなる。

 だから。


「俺はその間に領地の下見に行ってきます。もう休息は終わりですよ」

「領地の下見? まだ行ってなかったのか?」

「ええ。伯爵とは名ばかりで、俺は領地に顔を出していないんです。まぁ、カグヤ様が用意してくださった家臣団が優秀なおかげで領地の維持は問題ないようですが」

「当たり前だ。あそこはもともと王家の直轄地。そこを治めていた王家の人材をそのままそなたの家臣としたのだ。問題など起きようがない」

「感謝しています。なので顔を出さなくてもいいかなぁ、と思っていたんですが、さすがに伯爵としてそれはまずいと思いまして」

「そうだな。そなたも領地を持つ身となったのだ。領民のことを良く知らねばならないだろう」


 カグヤはそこで何を思ったのか、したり顔を浮かべる。

 一体、何を考えているんだろうと思ったら。


「なんなら私が民を統べる方法を伝授してやろうか?」

「遠慮しておきます。絶対に俺には向いていないので」

「な、なんだと!?」

「では、俺はこれにて」


 面倒なことになる前にカグヤに一礼して部屋を出ようとする。

 だが。


「ちょっと待て。久々なんだ。お茶くらい飲んでいったらどうだ?」

「心惹かれる提案ですけど、すぐに領地を見に行きます。お茶は帰ってきてからにします」

「そうか……では道中気を付けてな」

「はい。カグヤ様もお気をつけて」

「気を付ける? 何にだ?」

「カグヤ様は王として視野が広くなられた。けれど、狭い者もいます。彼らはきっとあなたが分からず屋だと考えるでしょう。こちらが向こうをそう思うように。そして視野の狭い者は短絡的な行動に出ます。ゆめゆめ油断なきように」

「そうだな。肝に銘じておこう」


 そう言ってカグヤ様は笑みを浮かべて俺を送り出した。

 そして俺は与えられた領地へと向かう。

 少し不安なのは、そこが帝国との国境に近い点だ。

 帝国とヴェリスとの間には大きな山脈があり、大軍勢の通行は不可能。しかし、少数ならそうではない。


「まぁ、国境守備軍もいるし平気だろ。たぶん」

 


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