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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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閑話 ミカーナとニコラ

 ヴェリス王国ユーレン伯爵領。


 その名のとおり、ユーレン伯爵が治めるこの地は、ヴェリスでもっとも魔獣の出現率が高い。

 そのため、定期的に魔獣の駆除が必要なのだが、相次ぐ戦と優秀な狩人が軍に引き抜かれたこともあって、最近は駆除が追い付いていなかった。


 ゆえにヴェリス王国の国王、カグヤ・ハルベルトは凄腕の狩人をユーレン伯爵領に派遣していた。






 木々が生い茂る山道を駆ける少女がいる。

 その目線の先には、最近、人里を襲った狼型の魔獣、ハウンドウルフ。


 このハウンドウルフは獰猛なことで知られ、しかも群れによる高度な狩りを行う魔獣だが、今は四匹まで数を減らし、舌を出しながら、必死に逃げ回っていた。


 そうさせたのは、それを淡々と追う栗毛をポニーテールにした少女。

 ヴェリス王国軍ノックス第四部隊長のミカーナ・ハザードだ。


 ハウンドウルフにとって災難だったことは、たまたまミカーナが近くにいたときに村を襲ってしまったこと。

 そして、逃げこんだ山がミカーナが幼少期から父と共に狩り場にしていた山だったということ。

 この二点だ。


 瞬間的な速さはハウンドウルフが圧倒していたが、ミカーナには必殺必中の弓矢があり、距離を取られることは問題ではなかった。

 加えて、狩人として育ったミカーナは、獣の追跡に慣れていた。

 足跡や物音を頼りに、正確に追ってくるミカーナを撒くことができない時点で、ハウンドウルフたちの敗北はほぼ決定していた。


 しかし、負けを認めたところで命はない。

 それはハウンドウルフたちもわかっていた。足を止めたが最後。残酷なまでに正確な矢が自分たちを射抜くだろうと。

 そうやってやられた群れの仲間を見ていたからこそ、彼らは必死だった。ゆえに気づかなかった。


 自分たちがある場所に追いやられていることに。


 ミカーナはあまり変わらない山の景色に懐かしさを覚えつつ、ときおりハウンドウルフに矢を放っていた。

 その矢はハウンドウルフの右や左に突き刺さり、ハウンドウルフたちを追いつめていく。


 追いかけっこが始まってからすでに数時間。

 効率よくハウンドウルフを追いつめているため、ミカーナはそれほど疲れていなかったが、それでもまったくとは言えなかった。


 まだまだやれるかと問いかけられれば、イエスと答えるだろうが、さらに数時間続けたいと思えるほど元気でもなかった。


「そろそろ待ち伏せは完了した頃でしょうし、頃合いですね」


 一人で呟き、ミカーナは弓を引き絞った。

 立て続けに三回も矢を放ち、部下が待ち構えているはずのポイントへハウンドウルフを追い込んでいく。


 実際、追い込もうと思えば、いつでも追い込めたのだが、部下たちの展開が十分に完了するまで待っていたのだった。


 しかし、既に命令が発せられてから数時間。これで展開が完了していなければ、訓練の量を増やさなければいけないと、ミカーナは思いつつ、ポイントへの一本道にハウンドウルフを追い込む。


 幼い頃、父と共によくこうやって獣を追い込んだものだと、ミカーナは懐かしさに浸りつつ、耳に届いてきた矢が風を切る音と、獣の悲鳴に眉を顰める。


「……悲鳴を上げさせるなんて……。もしもほかに仲間がいたらどうするつもりなんですか。まったく。訓練を増やさなければいけませんね」


 部下の練度に不満顔を浮かべて、ミカーナはゆっくりと部下たちがいるポイントへと向かっていった。




◆◆◆




 魔獣の討伐を終え、拠点としているユーレン伯爵城に帰還したミカーナは、先の戦災によって壊滅した村の復興を担当しているニコラとばったり出くわした。


「ミカーナ!? もう魔獣の討伐は終わったの?」

「お疲れさまです、二コラ。はい。一応、目撃情報があった魔獣はこれですべて片付いたと思います」


 二コラはミカーナの言葉に素直に感心した。

 それと同時に、自分が任された仕事の進み具合に焦りを感じた。


「そちらはどうですか?」

「うーん……ぶっちゃけると全然進んでないかな。まずは壊れた家を建て直さなきゃなんだけど、そもそも千人じゃ人手が足りないっていうね……それに家を建て直しても、生きるために必要な道具も用意しなくちゃだし、荒らされた畑もすぐには元には戻らない。これについては、お金が足りない」

「なるほど、予想はしていましたけど、大変ですね。魔獣の討伐もひと段落しましたし、これからは協力して当たりましょう」

「ありがとう。正直助かるよ。私たちの任期は約一か月。ユキト様が復帰したら、またユキト様の部下になる私たちはずっとはいられない。だから、交代でやってくるだろう部隊の人たちがやりやすいようにする下地だけは整えておかないと、申しわけないからね」


 二コラはそう言って、屈託のない笑みを浮かべた。

 それにつられて、ミカーナも微笑みを浮かべる。


 そんな二人に声を掛ける人物がいた。


「ミカーナ、ニコラ」


 この城で二人を呼び捨てにできる人間は限られている。

 二人はすぐに背筋を伸ばし、声を掛けてきた人物、オズワルド・ユーレンに礼をした。


「楽にしてくれ。二人に畏まられても困る」

「しかし……」

「ユキトならこういうときは、柔軟に対応するが?」


 楽にしろというお願いを渋るミカーナに、ユーレンはニヤリと笑って、ユキトの名前を出した。

 ユキトほどの柔軟さはないと言われたような気がしたミカーナは、少し不機嫌になりつつ、では、お言葉に甘えさせていただきます、と力を入れていた体から力を抜いた。


「ユーレン伯爵。私たちに何かご用だったのではないですか?」

「ああ、その通りだ。王都のカグヤ様から早馬が来てな。王都に帰還したあとに、祭りを開くそうだ。そこで武芸大会を催すから、ミカーナは出場するように、だそうだ」


 唐突な命令にミカーナは珍しく、気の抜けた表情を見せた。

 すぐにそこから立ち直るあたりは流石だったが、横にいた二コラは、そんなミカーナを見て、苦笑している。


「祭りやら大会っていうのは、気が紛れますからね。戦争が終わって、これから楽しいことが待ってるんだよって民に思わせることが狙いですかね?」

「当たらずも遠からずと言ったところだろうな。なにせ、カグヤ様にこの武芸大会を提案したのはベイド・ファーンらしい。戦争中はさすがにディオ様と協力していたが、共通の敵が倒れた今、なにをしでかすかわからん男でもある。なにか裏があるとみるべきだろう」

「裏、ですか?」


 ミカーナが首を傾げる。

 横にいる二コラも同様だ。

 それを見て、ユーレンは心の中で反省した。


 ユキトならばともかく、二人に政治の話をしても仕方がないからだ。

 ベイド・ファーンとディオルードとの勢力争いはあくまで政治的なもの。

 最前線に出る者には、かかわりが薄い事柄なのだ。


「いや、すまん。気にするな。武芸大会に出るミカーナに何かしてくるとか、そういうことではない。大方、自分の支持者を増やそうとしておるのだろうさ」

「そうですか。では、一応、気を付けておきます。ですけど……勢力争いとなると、ユキト様は嫌がりそうですね」

「嫌がるだろうな。だが、カグヤ様のことだ。ユキトは絶対に引っ張りだそうとするだろう。嫌だと言っても、命令されれば断れまい」

「うわぁ、目に浮かびますね。その光景。ユキト様なら武芸大会のデメリットなんかを説明して、やめさせることもできるだろうけど……」

「そもそも、それすら面倒だと思う人ですからね。嫌でも、説得する労力を嫌って、渋々受けると思います」


 ミカーナの言葉にユーレンと二コラが何度も頷く。

 それを見て、ミカーナは自分の上官が周りにどう思われているのか、再認識した。


「さて、伝えることは伝えた。おそらく武芸大会にはアルス・クロウやロイ・クライハウド。ほかにもヴェリスの手練が出てくるはずだ。他国からも使者が来るかもしれぬし、勝てば大陸中に名が轟くかもしれないぞ?」

「そうですね。ユキト様の副官として、恥ずかしい試合はできませんし、やれるだけのことはやってみます」

「頑張れ、ミカーナ! 私は祭りを楽しむけど」

「二コラも出たらどうです? 出たいと言えば、出させてくれると思いますよ? 最近、動いていないせいで、太ったと言ってたじゃないですか?」

「ふ、太ってないもん! 太った〝かも〟だから! それにヴェリス中から手練が集まるのに、私なんかじゃ出られないよ……。出たら瞬殺だよ。文字通りの意味で……」


 自分の剣の腕が並み程度だと自覚している二コラは、自分の腰にある剣を叩いて、これは飾りなの、とミカーナに言う。

 そんな軍人らしからぬニコラの発言を聞いて、ミカーナは笑みを浮かべて、頷いた。


「では、出場しないかわりに、私の稽古に付き合ってください。部下たちの訓練を増やそうと思っていたところですし、最近はあまり剣も使っていませんから、ちょうどいいでしょう」

「え!? 私の話聞いてた!? 嫌だよ! これからお昼なんだから!」

「少し動いてからのほうが、お昼もおいしいはずですよ」


 そう言って、ミカーナはユーレンに一礼して、ニコラを連れて去っていった。


「ふーむ、城にいたときは物静かな少女だと思っていたが、案外過激な面があったか。隠していたのか、ユキトのせいで変わったのか。どちらにしろ、あれを副官にしておくユキトは変わり者だな」


 そうユーレンはつぶやき、自分の執務室へと戻っていった。


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