閑話 ダンスパーティー 下
壁に寄りかかり、葡萄酒を楽しんでいると、カグヤが笑みを浮かべながらやってきた。
どうやら、貴族たちの挨拶が一段落したらしい。
「ユキト。いつまで壁に寄りかかっているつもりだ? 今日の主役の1人はそなただぞ?」
「主役はカグヤ様です。それに踊りは苦手なんです。誰かと踊れば足を踏みつけてしまいます」
「では私が踊ってやろう。私の足を踏めるものなら踏んでみるがいい」
そう言って、カグヤ様はイタズラめいた笑いを浮かべながら俺に右手を差し出した。
さすがにこれを断るわけにはいかないし、相手としても申し分ない。
「ご一緒させていただきます」
「うむ。まぁ緊張するな。これでもダンスは得意だ」
「体を動かすこと全般が得意の間違いでは?」
「それもそうだな」
カグヤ様の手を取り、会場の中央に向かって歩きながら、俺はそんな軽口をカグヤ様と交わした。
当然、周りには聞こえない小声で、だ。
カグヤ様はクスクスと笑いながら、優雅な動作で俺の腰に手を回してきた。
それに倣って、俺もカグヤ様の腰に手を回す。
意外なほどに細い腰は、力を入れれば折れてしまいそうな気すらする。
しかし、そんなことにはならないだろう。
どれだけ腰や手が細かろうが、目の前にいるのはカグヤ・ハルベルト。
一騎当千の剛の者なのだから。
俺なんかがなにかしようものなら、すぐに首が飛ぶだろう。本当に物理的な意味で。
「今、なにか失礼なことを考えなかったか?」
「いえ、そんなことはありませんが?」
さすがに鋭い。
ジト目で俺を見上げてきたカグヤ様に対して、俺は笑顔を浮かべて誤魔化した。
「まぁいい。さて、そろそろ曲が始まるが、緊張せず普通に踊るがよい。私が全部、なんとかしてやろう」
自信満々にカグヤ様は俺に言い放った。
それに答える暇はなく、曲が始まった。
俺はわずかな時間で教えられた動きを思い出しながら実行に移す。
ただ、カグヤ様の動きに合わせるような器用さもないため、始まってすぐにカグヤ様の足を踏みかけた。
やばい、と咄嗟に思ったが、俺にはどうすることもできなかった。
しかし、カグヤはそんな俺の足をいとも簡単に避けてみせた。
「だから言ったであろう? 踏めるものなら踏んでみろと」
「そういう意味だったんですか……」
カグヤ様は笑みを深めて、微かに動くペースを上げた。
それに釣られて、俺の動きも速くなる。もう頭で考えていては追いつけないスピードだ。
しかし、不思議なことにカグヤ様の足を踏むことはないし、俺の体勢が崩れることもない。
カグヤ様がそういうふうに俺をリード、もとい振り回しているからだ。
だが、振り回される俺の身にもなってほしい。
とりあえず、最初に思ったのは目が回りそう、だった。
続いて思ったのは、気分が悪い、だった。
もうこの時点で目が回っていたといえるだろう。
一曲が終わる頃には、俺の足はガクガクと震えており、まるで生まれたての小鹿のようになっていた。
カグヤ様が支えていてくれなければ、その場で座り込んでいただろう。
その点、カグヤ様には感謝しきれないが、もともとの原因はカグヤ様にあるわけで、素直にお礼を言う気にはなれなかった。
「情けないぞ?」
「情けなくて結構ですよ……」
どうにか壁際まで来た俺は、壁に両手をついて深く息を吐いた。
「ダンス程度でそんな有様では、ヴェリスの軍師の名が泣くぞ?」
「泣かしておけばいいんですよ。そんな名前は。ダンスができなくても、戦争には関係ありませんからね」
「そういう物言いが、なお情けないな」
カグヤ様は小さくため息を吐いた。
呆れたのだろう。
けど、呆れているというならこっちだってカグヤ様に呆れている。
あれほど自信満々に何とかしてやろうと言ったのに、結果がこれだ。
確かにカグヤ様の足を踏まずに済んだし、しかも他の者から見れば、カグヤ様の動きについていったように見えたかもしれないが、俺の気分は操り人形だった。
そろそろカグヤ様には配慮というものを覚えてほしい。
そう思い、カグヤ様のほうを見ると、その少し後ろにミカーナとロイが見えた。
どうやらしつこい誘いを断りきれなかったようで、ミカーナは背の高い20代前半くらいの青年と、ロイは10代中盤くらいの少女と一緒に会場の中央に歩いていた。
俺の視線に気付いたカグヤ様も振り返り、2人を見つけて笑みを浮かべた
「自慢の部下たちが取られて、不満か?」
「そんなことはありませんよ。部下が華やかな場で注目を集めるのは、嬉しいかぎりです」
「そんなものか。私は臣下のそなたが注目を浴びるのは少々、気に食わないがな」
「そんな器量の小さいことを言うなんて、らしくありませんね? どうしたんですか?」
「そなたが周りに取られるのは気に食わん。私は自分の所有物には拘りがあるのだ」
所有物。
そう言ってのけるカグヤ様に対して、俺が微妙な表情を浮かべていると、カグヤが俺の手を取った。
「さぁ、もう一曲だ! 今日は私のダンスパートナーを、私が飽きるまで務めてもらうから覚悟しろ!」
「ちょっ! せめてもう少し休憩を!」
俺の懇願にカグヤ様は耳を貸さず、笑みを浮かべるばかりだ。
どうやら、本当に飽きるまで解放してはもらえないらしい。
明日は筋肉痛かな、とため息を吐きつつ、俺はカグヤの腰に手を添えた。




