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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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閑話 ダンスパーティー 上




 王都の外れ。

 そこには巨大な館がある。

 王家が保有する別荘だ。

 何十人という使用人がいて、ようやく維持できるような館を、カグヤ様は平気で俺に譲渡した。


 将軍であり、貴族の爵位を持つ者が、城の薄汚い部屋に暮らしていては、下に示しが付かない上に、王としての器量を疑われてしまう、という理由らしい。


 断じて、薄汚くないし、結構気に入っていた部屋だったのに、俺はその日の内に立ち退きを要求され、館への引越しを強引に実行されてしまった。


「まいったなぁ……」


 とりあえず館に移ったものの、とにかくでか過ぎて困る。

 どうして、こんな大きな館に1人で住まなくちゃいけないのだろう、と寂しさのあまり涙が出そうだ。


 休暇を要求したのは確かに俺だし、いろいろと騒がしい王城では休むにも休めない。

 だからこそ、カグヤ様はこの館を俺にくれたのだろうけど、ここまで大きな館だと、ちょっと居心地が悪い。


 休暇といっても、ダラダラと本に埋もれて1日中過ごせれば、俺は満足なのだ。

 こんな大きな館はいらなかった。


 外を見れば、もう日が暮れている。

 使用人は明日来るという話しだけど、正直、よく知らない人と会うのは得意じゃない。


「いまさら、いりませんってわけにもいかないしなぁ……」

「王からの贈り物を送り返すなど、もってのほかです。ありがたく使うべきかと」


 館の中央にある一室で紅茶を飲んでいた俺に対して、そう言葉を返す者が現れた。

 チラリと見れば、予想通りの人物が扉の近くにいた。


「やぁ、ミカーナ。なにか用かな?」

「そんな質問をされるとは意外です。今夜は城で戦勝記念とノックス帰還の祝賀会を兼ねたパーティーです。お忘れですか?」


 キッチリとノックスのコートを着ているミカーナがそこには立っていた。

 そしてミカーナの言葉に俺はうな垂れた。

 そういえば、そんなことをカグヤ様が言っていたような気がする。


「軍服の着用は許さないっていう、まさかのパーティーか……やだなぁ」

「今のは聞かなかったことにします。王命ですから、ユキト様は絶対に参加ですよ」

「はぁ……王の戯れに付き合うのも臣下の務めか……」

「今のも聞かなかったことにしておきます。さぁお早く」

「ミカーナは嫌じゃないのかい? ドレスを着るんだよ?」


 いつも通りなミカーナに対して、俺はがそう問いかけると、ミカーナの形のいい眉が微かに釣りあがる。


「それは私がドレスを着ても似合わない、と言いたいのですか?」

「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ……。ただ、騒がしいのは苦手でしょ?」

「たしかに騒がしいのは得意ではありませんが、これはヴェリスの勝利を祝う会であり、あなたの帰還を労う会でもあります。軍人として、そしてあなたの副官として、私情は挟みません」

「それはどうも……」


 あくまで事務的なミカーナの態度にため息を吐きつつ、俺は座っていた椅子から立ち上がった。




◆◆◆




「動き難い……」

 俺の目の前でロイはそう呟いた。

 場所は王城の一室。

 そこで俺とロイは服を着替えていた。


 驚いたことに、身長の低いロイにもピッタリな燕尾服がしっかりと用意されており、ロイはそれを着ている。

 ただし、本人としてはあまりにもピッタリすぎて、不満なようだ。


「まぁ文句をいっても仕方ないよ……」


 そういう俺の服装はロイと同じく燕尾服。

 地球にある燕尾服と構造やら色やらは変わりはない。胸につけるのはホワイトタイであり、着け慣れていないせいかどうにも落ち着かない。

 ただ、落ち着かないのは着慣れていない燕尾服、着け慣れていないホワイトタイだけのせいではない。


「ユキトの兄ちゃんは完全にいつもとは別人だな……」

「触れないでくれ……」


 いつも無造作に放置してある髪には櫛を通され、綺麗に纏められている。

 顔の髭はしっかりと剃られ、眉毛も整えられた。

 それだけでも大分印象が変わるのに、服装は最高級の燕尾服だ。

 身だしなみを整えるのを手伝ってくれた使用人は、カグヤから俺のことを任されていたらしく、猫背は禁止、肩も下げずにしっかりと歩く訓練なんかもやらされてしまった。


「まぁいつもより数倍かっこいいぜ。貴族の女どもに食われないようにしろよ?」

「気をつけるよ。ロイも気をつけなよ? ダンスと敬語とか大丈夫かい?」

「平気平気。ダンスはもう覚えたし、敬語もできるだけ喋らないようにして対処するよ。ダンスに関してはユキトの兄ちゃんのほうが危うくないか?」


 ロイの言葉に俺は力なく頷いた。

 運動神経の差なのか、ロイはすぐにダンスを取得したのに、俺はどうにもぎこちない。

 相手の足を踏みかねないから、できれば誰とも踊りたくないというのが本音だ。


「……やっぱり是が非でも断っておくべきだったかなぁ」


 等身大の姿鏡に映る、いつもと違う自分を見ながら、俺は今日何度目かのため息を吐きつつ、先に部屋を出たロイの後を追った。




◆◆◆




 会場の入り口の前に、ノックスの隊長たちが集合していた。

 アルスは見事に燕尾服を着こなしており、若い貴族といっても通用するほど気品があった。

 けれど、そんないつもとまったく違う雰囲気のアルスよりも、俺は女性陣に目を奪われた。


 全員が肩や背中、胸元が大胆に開いているイブニングドレスを身に纏っていた。

 エリカは紫色、ニコラは黄色、ミカーナは緑色のドレスで、それぞれ装飾などがやはり違う。


 エリカのドレスは2人と比べて肌の露出が多く、大人びた印象を見る人に与える。


 ニコラのドレスは装飾が多く、可愛らしさを全面に押し出している。


 ミカーナのドレスは2人と比べれば、装飾も露出も少ない素朴なデザインだが、それが逆にミカーナの魅力を引き出していた。


 多分、メイドあたりが色々とセッティングしてくれたのだろうけど、3人ともいつもと違う髪形にしていたり、アクセサリーをつけたりしていて、とても煌びやかだ。


「3人とも綺麗だね。たぶん、貴族の子息が放っておかないだろうね」

「ありがとうございます。ユキト様もいつもより、ずっとかっこいいですよ。貴族の令嬢たちは多分、一番にユキト様を狙ってきますから、今日は大変だと思いますよ」

「それもそうね。今回の主役は間違いなく、あなただもの。女性が寄って来るわよ?」

「ニコラもエリカも脅かさないでよ……」


 そう言いつつ、俺はミカーナへ視線を向ける。

 何か声を掛けようと思ったのだけど、ミカーナは恥ずかしいのか、ニコラの後ろに小さくなって隠れてしまった。

 そんなミカーナの様子に苦笑しつつ、俺は5人を引き連れて会場の入り口へと向かう。

 広大な舞踏会用の部屋には、既に多くの貴族が入っていた。

 貴族の令嬢たちはドレスを褒めあい、男性の貴族たちは戦争について話をしているようだった。


 しかし、俺たちが入ってくると、話題は全て俺たちのことに変わった。


「ヴェリスの軍師か……若造め」

「しかし、此度の戦は奴が描いたとおりに事が運んだという。これが本当ならこの戦で最大の功労者は奴ということになる」

「平民上がりだと侮っていたが……親交を深めておくべきか……?」

「一番前にいるお方がユキト・クレイ様ですわ。後ろにいる方々はノックスの隊長の方々かしら?」

「男性の方々はやはり凛々しいですわね。それに女性の隊長たちは皆、美しいわ」

「なんでもクレイ様が全員を招いたそうですわ。女性の方々はクレイ様の愛人ということも……」

「まぁ……」


 反論したいことが色々とあるけれど、一々反論しているとどれほどの時間がかかるかわからないし、なによりキリがない。


「んじゃ、みんな好きにくつろいで。俺は俺で動くから」


 そう5人に言って、俺は壁に向かって歩き出した。

 目立つ中央になんていたら、どんな噂話をされるかわかったもんじゃないからだ。




◆◆◆




  ヴェリスの勝利を祝して始まった舞踏会。

 しかし、この場にいる大半の貴族は戦闘に参加すらしていない。

 当然、その関係者たちも戦闘に参加していない。


 つまり。


 この場にいる多くの者が戦争に勝ったという、結果は知っていても、どのようにして勝ったかという、内容までは知らないわけだ。


 だからだろう。

 ノックスの隊長陣は全員、乾杯から少ししたら質問攻めにあった。

 まぁ、この展開は予想通りだったため、俺は近くにいたミカーナに説明をすべて押し付けて、壁際に退避していた。


 別れ際にミカーナに恨めしそうに睨まれたが、副官としての役割と割り切ってもらおう。

 それに俺のほうにもまったく人が来なかったわけじゃない。


 壁に寄りかかっていると、何人かが話しかけてきたが、そのすべてを俺は追い返している。

 部下の隊長たちに聞いてほしいとか、気分じゃないとか言えば、しつこく食い下がる者はいなかった。


 それだけノックスの総隊長としての俺の名前は有名らしい。貴族が我を通せないほどに。


 冷たい石の壁に寄りかかって、手にあるグラスの中身を見た。

 グラスには少量の葡萄酒が入っている。それを少しだけ口に含み、カグヤ様のほうを見た。


 鮮やかな黒のドレスに身を包んだカグヤ様は、さすがに囲まれてはいないが、やはりカグヤ様の下に行く人間は多い。挨拶だけでもというところだろうか。

 そんな人間たちに対して、カグヤ様はカグヤ様で上手く対応しているようだ。といっても、あまり長く同じ者と話はしていないようだけど。


 カグヤ様の傍にいるのは大半が男だ。おそらくは若手貴族か貴族の息子たちだろう。

 名前だけでも覚えてもらうことができれば、将来の役に立つことは間違いないだろうし、話の聞き方や名前の名乗り方にはかなり気合が入っているように見える。


 それを見て、小さくため息を吐く。

 安堵のため息だ。

 カグヤ様の傍にいなくてよかったという安堵だ。


 これは話を聞かれるのが嫌とかそういう理由じゃなく、変に貴族の男たちから恨まれずに済むということだ。

 俺の名は俺の与り知らぬところでずいぶんと広まっている。同時に望んでいない影響力も俺にはつき始めている。

 平民出身の若造の台頭は、生来の貴族としては面白くない。しかも、今回、ほとんどの貴族たちは戦争で手柄を上げられなかった。

 その戦争の戦勝会で俺がカグヤ様の傍にいれば、他の貴族たちはとても話しかけづらかっただろう。

 そして不満は憤りへと変わり、それはやがて俺に向くことになる。


 壁際に1人でいることで、余計な敵を作らずに済んだ。これは大きな意味を持つ。

 これから先、いろいろと自分がやりたいようにやるなら敵は少ないほうがいい。

 自分と、そして自分の部下たちのためにも、これからは貴族との関係も考えるというのが、俺の方針だ。


 だから、この舞踏会では俺は壁の花に徹する。決して、貴族と喋ったり、ダンスを踊るのが億劫だからという理由ではない。


「よくも私を囮に使ってくれましたね……」


 そんなことを思っていると、いつも背筋を伸ばしてキリっとしているミカーナが、よろよろと俺のほうに歩いてきた。


 着ているドレスと相まって、儚げなお嬢様に見えなくもない。あくまで外面だけを見た場合だが。

 その目の奥には俺への恨みが渦巻いていた。よほど大変だったんだろう。


「お疲れ様。大変だったね」

「誰のせいですか!? 誰の!?」

「ごめんごめん。でもミカーナは俺の副官だし、説明って副官の仕事でしょ?」

「それはそうですが……」

「感謝してるよ。おかげで俺は壁際にいられるしね」


 俺のそんな一言に対して、ミカーナが反応した。


「壁際にいたいのですか? 今日の主役はユキト様ですよ?」

「そうだね。けど、人気を集めると嫉妬されるし、俺はもう十分すぎるほど手柄を立てたからね。戦勝祝いの舞踏会くらいはひっそりとしてないと恨まれちゃうのさ」

「気にしすぎでは?」

「気にしすぎるくらいがちょうどいいんだよ」


 そういうとミカーナは、わかりました、と言って俺の横に並んだ。


「では、お供します」

「それも副官の仕事?」

「……いえ、私個人があなたの傍にいようと思っただけです」


 そんな言葉を聞いて、俺は意外そうな表情でミカーナを見た。

 ミカーナは俺のそんな反応が気に食わなかったのか、微かに不機嫌そうな表情を浮かべた。


「一応、戦争が終わったとはいえ、なにが起こるかわかりませんし、一緒にいたほうが都合がいいですからね。そっちが本当の理由です。さっきのはちょっと気を使って言っただけです」

「そう。ありがとう」

「ですから!」

「それでもありがとう。傍にいてくれると助かるよ。俺は1人じゃなにもできないからね」


 ミカーナは俺のその言葉を聞くと、そっぽを向いてしまった。

 そんなミカーナの様子が面白く、俺は微かに笑みを浮かべた。






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