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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第7章 再会
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(前編)第五話 包囲の終わり

【第7章(前編)】

【第五話 包囲の終わり】


 完全な敗北だった。


 フリッツは壁際に追い詰められている。

 そこにマティオスの槍が突きつけられ、彼の意向次第でフリッツの命運などどうにでもなる状況だ。フリッツは肩で息をし、壁に背をもたせかけて、ただそうしているしかない。

 誰も声を発することはなかった。


 沈黙の中で、階上から物音がした。マティオスは槍をそのままに、上を見やる。

 何かを確認して、マティオスは槍を下ろした。


「おれの役目はここまで。どうやら、当面の目的は果たしたようだからね」


 マティオスは槍を収めた。呆然としているフリッツを見下ろし、マティオスは言った。


「きみ、そんなことじゃだめだよ。剣という凶器を持っているからには、それなりの覚悟が必要だ」

「凶器……?」


 思わずフリッツは呟いた。

 何を言っているんだといわんばかりフリッツの表情に、マティオスは軽く微笑む。


「一見人畜無害な木製のウッドブレード。切り裂く刃はなくても、その中には金属の芯が入っている。滅多打ちにすれば、人を殺せないわけじゃない。それに、曲がりなりにも、それは剣だろう?

 きみは剣を握った時から、剣士という逃れられない運命の中にいる。きみはまだ、それと向かい合っていない。それがきみの、決定的な弱点だ」


 フリッツは押し黙った。

 剣士や、武器を持つ者、誰もが通る関門。

 マティオスに言われたことに、思い当たる節がないわけではなかった。確かに、自分はまだそれと向き合っていない。

 マティオスは、フリッツの瞳から動揺を読み取った。


「相手は殺すつもりでやらなきゃ。自分が死んじゃっても文句は言えないよ?」


 マティオスはルーウィンたちに向き直る。


「勝負はきみたちの負けだ、いいね? おれたちは今から、ここを撤退する。命が惜しければ、絶対に動かないことだ。他の団員に見つかったら、武器を持っているきみたちは殺されかねない。このヒトラス氏の邸宅からおれたちの気配が消えるまでは、大人しくしていて。でないと、命の保証はない」


 すぐにでも主人の元に駆けつけたいであろうセバスチャンは、待つなんてとんでもないと言わんばかりだった。

 相手が漆黒竜団ブラックドラゴンであることも忘れて、噛み付かんばかりの勢いで声を荒げる。


「貴様!」

「……いいね?」


 マティオスはセバスチャンをぐっと見つめた。睨んでいる、というのには語弊がある。それは有無を言わせぬ瞳だった。さすがのセバスチャンも、その気迫に息を呑む。

 それを見て、マティオスはにっこりと笑った。








 ルビアスは仕事を終え、歩いていた。

 堂々とヒトラス邸を後にし、大勢いた部下たちは彼女の合図と共にどこかへと散っていった。残った数人と共に、ルビアスはロマシュの街を行く。

 無駄に広々とした道と、贅を尽くした庭と屋敷。昔からこの街の景色はなにも変わらない。


 イッカクの繋がれた馬車が止まっており、ルビアスの姿が見えると御者が扉を開ける。そこまで彼女を送り届けると、残りの部下たちも合図と共にどこかへ消えた。

 ルビアスが馬車に乗り込もうとすると、後ろから声を掛けられた。


「お疲れ様」

「なぁに、あんたか」


 ルビアスはあからさまに嫌そうな顔をした。そこに立っていたのはマティオスだった。

 槍を持ち、その端正な顔に爽やかな笑みをたたえている。


「アーサー=ロズベラーの弟と、ダンテ=ヘリオの弟子、ねえ。なるほど。ルビアスお嬢様の機嫌がいいわけだ」


 ルビアスは無視を決め込んで、馬車に乗ろうと取っ手を掴んだ。

 つれないなあと、マティオスは肩をすくめる。


「いや、ルビィお嬢様、かな。生家を襲撃する気分はどうだい?」


 ルビアスの動きが、一瞬止まった。そして観念したようにため息をつく。


「ちょっとぉ、ただの平団員が幹部のあたしに気安く話しかけないでくれる?」

「ごめんごめん。美しい女性を見ると、つい話しかけずにはいられなくてね。きみとは昔馴染みだし」

「本当、面倒くさい男」


 マティオスは馬車の中を覗き込んだ。


「それで、きみの敬愛するアーサー=ロズベラーは? きみだけにこんな役回りを押し付けて、まさか自分は高みの見物かい?」

「そのまさかよ」


 マティオスはぷっと吹き出し、それを見たルビアスは口の端を歪める。


「我らが鬼神様は相当な怠け者でいらっしゃるようだ。それとも、それだけきみを信頼しているということかな」

「一応、この辺りで別の命令を受けて待機してるわ」


 ルビアスが声を低くし、マティオスは目を丸くした。


「一昨日に決行が決まった、例のあれかい? ずいぶんと汚れ仕事じゃないか。一体ボスは何を考えているんだか」


 ルビアスは顔にかかる髪を耳に掛けた。


「さあね。ボスの真意なんて、詮索は無用よ。信頼が得られればそれでいい。あたしたち一団員は、それ以上のことは何も考えないお利口さんなお人形であるべきよ。それに」


 ルビアスは馬車に乗り込む。彼女が座ったのを確認して、マティオスはゆっくりと扉を閉めた。

 馬車の窓から、マティオスに向かってルビアスは笑う。紅い唇が、弧を描く。


「悪者が悪いことするのに、理由なんか要らないでしょ?」


 マティオスはその表情をしばし見つめた。そして優雅に、深く礼をとる。

 彼が一歩下がったのを見届けて、御者が鞭を鳴らす。イッカクは一歩を踏み出し、馬車の車輪はゆっくりと回り始める。

 次第に車輪は加速し、馬車はあっというまにロマシュの街を出て行った。










「旦那様!」


 セバスチャンが一目散に走り出して、ヒトラス氏の私室の扉をぶち破った。派手な音を立てて開け放たれた扉の向こうには、椅子にぐったりともたれかかっているヒトラス氏がいる。

 セバスチャンはヒトラス氏に駆け寄った。


「旦那様! ご無事でなによりです! 旦那様に万が一のことがあったらわたくしはもう……!」


 セバスチャンはヒトラス氏の無事を涙ながらに喜んだが、当のヒトラス氏は青い顔をしている。


「落ち着けセバスチャン。よく見ろ、わたしは無事ではない。肩をやられている」


 ヒトラス氏が渋い顔でそう伝えると、今度はセバスチャンが顔を真っ青にする番だった。


「おお、おいたわしや! なんということでしょう。おのれ漆黒竜団め! 今度遭ったら八つ裂きにしてくれるわ!」

「それはいい。早く止血してくれないか」


 フリッツたちは遅れてヒトラス氏の部屋に駆けつけた。肩から血を流しているヒトラス氏を見て、ティアラがすぐさま駆け寄った。


「失礼致します」


 混乱しているセバスチャンを押しのけて、ティアラはヒトラス氏の肩に両手を当てた。ティアラの回復魔法、ヒーリングがじわじわと効果をあらわし、ほどなくヒトラス氏の出血は止まった。


「お嬢さん、ありがとう」


 まだ顔色が良いとはいえなかったが、ヒトラス氏はティアラに礼を言った。

 ヒトラス氏は体つきのがっしりした、いかにも聡明そうな壮年男性だった。ヒトラス氏は傷が癒えて初めて、セバスチャンとともに現れた四人の若者に気づき顔を上げる。


「きみたちは客人か? こんな騒ぎに巻き込んでしまって、済まなかったね」

「いいえ。ぼくこそ、助けられなくて……すみません」


 フリッツは視線を落とし、唇を噛んだ。

 フリッツがあの青年を早く倒せていたなら、目の前のヒトラス氏は肩を貫かれるという恐ろしい思いをしなくても良かったのかもしれない。そう思うと、歯がゆかった。

 自分は、すぐそこまで来ていたというのに。自分がもっと強ければ。

 

 ヒトラス氏は首を横に振った。


「気にすることはない。この事態を予測できていなかった、わたしの落ち度だ」

「で、やつらの要求は?」


 ラクトスは不躾にヒトラス氏に尋ねた。

 しかしヒトラス氏は気分を害さず、冷静な様子で答える。


「武器の横流しと金の無心だ。呆れるほどに、ごく普通の要求だろう?」

「なんだ、やっぱりただの盗賊なんじゃない」


 ルーウィンが呆れたように言った。ヒトラス氏は少しだけ目を細め、セバスチャンを見た。


「他の皆は?」

「おそらく無事かと思われます。怪我人はいるでしょうが……皆、無駄な抵抗はしなかったようなので」

「それは良かった。だが、こんなに簡単に賊に手玉に取られてしまうとは。このヒトラスも落ちぶれたものだな」


 ヒトラス氏は事務机に肘を付き、両手を組んで額に当てた。やはり自分の屋敷がいとも容易く賊の侵入を許してしまったことにショックを隠しきれないようだ。


「申し訳ないが、しばらく一人にしてくれないか。セバスチャン、客人をくれぐれもよろしく」


 セバスチャンは何か言いたそうだったが、それを飲み込んでフリッツたちを部屋の外へと促した。









 誰も居なくなった私室で、ヒトラス氏は机の引き出しを開けた。その中から、細長い箱を取り出す。そしてそれを手に取り、開いた。

 中には未だに艶やかで、長い黒髪の束が入っている。娘のものだといって、数年前に漆黒竜団から送りつけられてきたものだった。当初は血で紅く染め上げられた布で乱雑に縛ってあったものを、セバスチャンが抜き取り、リボンに変えて纏めたものだ。


 実の父親といえど、さすがに髪だけを見て娘のものかどうかは判別しかねた。別の女性の髪の毛を、娘が死んだといって送りつけてきた可能性もなくはない。

 どこかで生きているのではないか、切り取った腕などを送られてこないだけまだましではないか。そう思ったヒトラス氏は、当時添えられていたカードを見て言葉を失ったのだった。

 思い出し、知らず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


『ルビィ=ヒトラスは死にました。これは遺品です』


 紛れもない、娘の字でしっかりと書かれていた。震えも乱れもしない、しっかりとした筆跡で。

 そしてその意味を理解した時、ヒトラス氏は『ルビィ』の最後の文字の書かれたカードを破り捨てたのだった。

 ヒトラス氏は、窓から外を見やった。屋敷の使用人たちは落ち着きを取り戻し、荒らされた部屋の片づけをしている。

 門の前に、先ほどの冒険者たちとセバスチャンがいるのが見えた。若い彼らは、また次の土地へと旅立つのだろう。

 ヒトラス氏は、長い髪をなびかせる娘のブロンズ像へと、視線を移した。


「……再会など、必ずしも果たすものではないのだな」


 ヒトラス氏は、そう呟いた。









「やつらは北の方へと出て行きました。皆さん、鉢合わせにならぬようお気をつけてください」


 セバスチャンに見送られながら、一行は色めき立ったヒトラス邸を後にした。

 チルルはミチルと合流し、また彼らの旅路へと戻っていった。

 ロマシュの騒動の幕引きは、恐ろしくあっけないものだった。

 

 再び街道に沿って一行は歩き始めた。街を一歩出れば、ロマシュの優雅な雰囲気は一変する。

 今までは森ばかりだったが、この辺りは山際に差し掛かかる地点だ。

 一行は、細く勾配の続く山道を進んだ。


「なんだったんだろうな。あいつら」


 ラクトスが呟き、ルーウィンが答える。


「お金目当てだって言ってたじゃない。考える必要なんてないわ」

「それにしても、案外すぐに遭遇してしまいましたわね。フリッツさん?」


 ティアラに顔を覗きこまれ、ぼうっとしていたフリッツは驚いた。


「えっ、えっ。なに?」


 フリッツはロマシュを出てから明らかに呆けていた。三人もそれには気がついていたのだが、特にモンスターや盗賊も出ず、実害がなかったため放っておいていたのだ。

 しかし、そろそろルーウィンの堪忍袋の緒は切れそうだった。ルーウィンはフリッツを睨みつける。


「あんた、なに? あの優男に負けたこと気にしてんの?」

「……そんなことは」


 フリッツは言いよどんだ。ティアラがまあまあと二人の間に割って入る。


「仕方ないですわ。強い方なんて、いくらでもいますもの。それよりも、フリッツさんにお怪我がなくてよかったです」

「ほら、とっとと行くぞ。フリッツ、お前も大概にしとけよ。もう終わったことなんだからな」


 言ってラクトスとルーウィンは上り坂を歩き始めた。ティアラが行きましょうと目で促して、フリッツは頷いた。

 怪我がなかった。それはマティオスが手加減をしたからに過ぎない。


 それにフリッツがもっと早く勝っていれば、ヒトラス氏は痛い思いをしなくとも良かったのかもしれない。ここ最近は、調子の良い勝ちが続いていた。自分は強くなったと思っていた。

 でもそれは、ただの錯覚だったのだ。


『きみは剣を握った時から、剣士という逃れられない運命の中にいる。きみはまだ、それと向かい合っていない。それがきみの、決定的な弱点だ』


 マティオスに言われた言葉を思い出し、フリッツは思わず俯く。


(……わかってるよ、そんなこと)


 フリッツはとぼとぼと歩いた。マティオスが言わんとしていることは、わかっている。

 フリッツが今まで、ずっと後回しにしてきたもの。


(他の人は、どうしてるんだろう。師匠は、どんな気持ちで剣を握っていたんだろう)


 しかしそのマルクスのいるフラン村も、今ではかなり遠い場所になってしまった。


(こんな時に、兄さんがいてくれたら……)


 流派は違えど、アーサーが同じ剣士であることには変わりはない。フリッツは剣士につきまとう『悩み』の解決をずっと先送りにしてきた。けれど、それはフリッツ自分ひとりで答えが出せるものではなかった。

 皆いずれは、自分で決めるものだとわかってはいるのだが、出来なかった。

 フリッツは坂道を登りながら、懐かしい兄を想った。


 ごつごつとした山道には、山賊も出ず、モンスターも大したものはいなかった。

 ラクトスが後ろのティアラとフリッツに向かって声を張り上げる。


「ほら、吊橋だ。ぼけぼけしてると板踏み外すぞ。ティアラ、フリッツのことしっかり見とけよ!」


 急な上り坂と、気持ちが沈んでいたこととで、フリッツの足は次第に遅くなってしまっていた。ティアラはそれに合わせて一緒にゆっくり歩いてくれていたのだった。

 先に行ったルーウィンとラクトスは、すでに吊橋に差し掛かっている。


「はーい! 今行きます! さあフリッツさん、急ぎましょう」


 ティアラは明るい声を出すと、フリッツを促した。

 吊橋の下には、深く巨大な谷底がぱっくりと口を開けていた。先人はこんなところによく橋を築いたものだと、フリッツは感心した。そしてしっかりしてはいるが、やはり風が吹けば揺れる吊り橋を渡るには、それなりの注意と緊張感が必要になる。

 渡り終えたころには、その不安定な状況から抜け出せたことにほっとして、フリッツの気持ちもいくらか楽になっていた。









「やっと着きました!」


 小さな町に足を踏み入れ、疲れ切っていたティアラは歓声を上げた。


「今日も脚パンパンだわ。さっさと宿屋探してご飯にしましょ」


 そう言ってはいるが、ルーウィンは疲労感をまるでみせない。彼女の体力と根性にフリッツは度々感心させられる。

 ティアラは町に着いたことでほっとした表情になり、ラクトスは宿代の確認のため財布を覗いていた。いつもの通りの、到着後の光景だ。


 クッグローフは町というよりは村と呼んだほうが相応しい、小さな山間にあった。

 地図に載らなかったとしても何ら不思議ではない町だが、冒険者の足を休める町としての需要があるため、ある程度の施設は揃っている。最近は大きな街ばかりを通ってきたため、こういったのんびりとした所は久しぶりだった。


 散々な日だったが、それとは裏腹にとても綺麗な夕焼けだった。

 オレンジ色に熟れた夕日が山間に沈みかけている。空も町も人も、皆オレンジ色だ。ルーウィンやラクトス、ティアラの顔も暖かな色に染まっている。木立や家並みと、影のコントラストが強くなる。


 フリッツは不意に、ぽつりとある黒い人影に目を遣った。

 そして目を疑った。

 フリッツは駆け出した。


 突然のことに驚いた三人を残したまま、走った。そんなことがあるはずないと、自分自身に言い聞かせながら。


 こんなところに居るわけがない!

 息を荒くして、フリッツは駆けた。

 そして、辿り着く。

 その人物の顔を見上げた。


「兄さん!」


 アーサー=ロズベラーが、そこに居た。






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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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