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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第6章 王都に潜む影
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第十四話 引き際

【第6章】

【第十四話 引き際】


「そろそろ潮時ね」


 一団員には知らされていない、地下迷宮の一室。今回の騒動の中心を担った幹部と、その伝令のみが足を踏み入れることを許された場所で、ルビアスは呟いた。

 

 そこはかつてのグラッセル文明の華々しさを集積したような空間だった。時の流れに逆らえず、光の当たらない地下でもやや色褪せてはいるが、壁や柱に描かれた精緻で優雅な模様はそのまま遺されている。

 金銀財宝で埋め尽くされてこそいないものの、質の良い様々な石材で組まれたモザイクは美しく、文明の栄華に思いを馳せるには十分なものだった。暗闇に向かって伸びる円柱の柱が力強く天井を支え、この重々しい空間を造り出している。

 しかし、明かりが部屋全体に灯されていないことで、ルビアスの目に入るのはほんの一部だった。

 数人の伝令専門の部下を前にして、ルビアスはパンパンと手を叩く。


「はい、撤収! そして退却!」

「王宮を攻めないのですか?」


 伝令の一人がルビアスに尋ねた。この王宮地下にグラッセルの兵力は集中し、肝心な地上の王宮はもぬけの空だ。グラッセルを手中に収めるには、またとないチャンスである。伝令のその問いは的確なものだった。

 しかしルビアスは、人差し指を振る。


「確かに今攻めれば、警備の手薄になった王宮は簡単に落ちるでしょうね。でも、それがうちのボスの目的じゃないのはわかってるでしょ。ちまちました国取りなんて、あの方の眼中にはない」


 ルビアスの紅い唇は弧を描く。


「今回のことで、グラッセルも思い知ったはず。うちが本気を出したらこんな古臭い国、簡単に引っかき回すことが出来るって。今はあくまで準備段階に過ぎないのよ。揺さぶりをかければ、簡単にこちら側に転がる人間を作るための、ね」


 複数人の伝令がその場に跪いている中を、ルビアスはゆっくりと歩いた。


「グラッセルに働いてもらうのはこれからよ。我が漆黒竜団は、まだ何の要求も突きつけてはいないのだから。今回の騒動は、ほんの挨拶程度。本当のおつきあいはこれからよ。さあ、お行きなさい」


 ルビアスが目配せをすると、伝令たちは頷き、姿を消した。


 滑らかな床から続く階段の先には壇があり、かつての玉座があった。これも石で作られており、座り心地など良くはないのだろうが、それでもここに何人かの王は鎮座していたのだろう。幅の大きくとった、肘掛椅子。王のためにと、様々な装飾が石材によって施されている。


 ルビアスはその先を見上げ、段に一歩足を掛けた。そしてゆっくりと昇る。

 ヒールの音が響く。段の脇には赤々と松明が燃え、踊るように濃い陰影を生み出している。ルビアスは段を上り詰めた。

 本来は空であるはずの玉座。

 今は男が一人、悠然と腰掛けている。


「アーサー!」


 ルビアスが憤然と声を上げると、アーサー=ロズベラーはゆっくりとその瞼を開いた。脚を組み、両手を肘掛に投げ出して、いかにもくつろいでいた様子だ。

 通った鼻筋に端正な口元。切れ長の涼やかな目には、何の感情も映し出されてはいない。

 鍛え上げられた身体と長い四肢。簡単なメイルを装備し、黒いマントが羽織られている。長く艶やかな髪は後ろで一つに束ねて背中に流されている。


 アーサーは、部下の言葉に僅かながら反応を見せた。

 しかしそれも、睫がほんの少し動いた程度だ。


「今回の指揮官はあんたなのよ。それを全部わたしに押し付けて自分はぼーっとしちゃって。まったく、ちょっとは働きなさいよ。この給料ドロボウ!」


 アーサー=ロズベラーはルビアスを一瞥した。

 そして、腰に吊るした剣の柄に手をやった。


「む、何よ。あたしの物言いが気に食わないからって斬り捨てるつもり?」


 アーサーはものも言わずに立ち上がる。

 そして、剣を抜いた。

 

 目にも留まらぬ早業とはこういうことを言うのだろうと、ルビアスはいつも思う。

 アーサーはルビアスを通り越した。そして剣を一振りし、その剣先に付着した血を払う。

 すると男たちが三人ほど、バタバタと音を立てて倒れた。黒い服を着てはいるが、団員ではない。悲鳴も発する暇がなかったようだ。


「グラッセルの隠密兵か。この部屋、嗅ぎ付けられてたのね」


 ルビアスも気配には気がついていたが、敢えて放っておいたのだ。いざとなれば手を下すつもりだった。ここまで辿り着いたのだ、よほど優秀な者たちに違いはない。だがルビアスも、彼らと渡り合う自信は十分にあった。


 しかし、ここまで鮮やかに始末は出来ないだろうと、息を呑む。

 アーサーは相変わらず涼しい顔をし、呼吸一つ乱さず立っている。その視線の先が何を捕えているか、ルビアスにはわからない。


 端正な顔立ち、恵まれた体格、そしてこの恐るべき剣の腕。

 天は二物を与えずと言うが、この男はそれをいくつも持っている。

 この男を目の前にすると、ルビアスはいつも自分の矮小さを思い知らされる。自分の剣など、所詮人より少し腕が立つ程度。

 この男は、人を斬るということを、命を奪うということを、まるで呼吸するかのごとく自然にやってのける。

 そこには苦痛もなく、快楽もない。

 

 アーサーはそのまま、段を下った。

 ルビアスもそれに習う。


「しかし、楽勝だったわね。さすが、内通者がいると勝手が違うわあ。ねえ」


 ルビアスは微笑んだ。下には、小刻みに震えているクリーヴがいる。

 顔を真っ青にして、跪いたままのクリーヴは唇を噛み締めていた。

 ラクトスの前ではああ言ったものの、やはりゴーレムの制御がしきれず、漆黒竜団にも被害をもたらした事実には変わりない。その上ゴーレムが、数名の一介の冒険者ごときに撃破されたとあっては。


「……わたしは、どうなるのでしょうか」


 クリーヴは小さな声で尋ねた。

 ルビアスはアーサーの顔色を窺った。アーサーの表情はまったく変わらず、ぴくりとも動かない。興味なし、といったところだった。

 ルビアスはため息をつく。


「仕方ないわねえ。……ジンノ」


 ルビアスは直属の部下の名を呼んだ。

 暗闇から現れたのは、小柄な魔法使いだった。背丈は小さく、歳はクリーヴと同じかそれ以下であったが、どこか疲れ切った老人のような印象を抱かせた。その幼い顔に似合わず、束になった白髪が黒髪に見え隠れしている。

 囚人たちにかけたくぐつの術やゴーレム召喚はクリーヴが、そしてティアラやシェリア女王を鮮やかに攫った魔法はこの少年が手がけていた。それゆえに、クリーヴは少年の実力を、嫌と言うほど知っていた。


 自分とは、格が違うことを。


 少年の杖の先に、紫色の光が宿った。

 それを見て、クリーヴは狼狽する。無感動な少年の瞳には、クリーヴの怯えた顔すら映されてはいない。

 声を上げようとするが、出せなかった。背中を見せて逃げることも出来ずに、自分の身に迫る死の予感を感じながら、それでもクリーヴは動けない。

 瞳いっぱいに絶望と恐怖を浮かべて、クリーヴは目の前が真っ黒になった。


「おやすみ」


 小柄な魔法使いが、か細い声で呟いた。

 地下迷宮に、クリーヴの叫び声が響き渡った。












 ゴーレムが姿を消してから、事態は目まぐるしく変化した。


 漆黒竜団の伝令がどこからかやって来たことで、残党が一気に逃げ出そうとしたのだ。ゴーレム撃破に歓喜していたグラッセル兵であったが、その気配を察すると対応は早かった。負傷していた漆黒竜団は捕えられ、そうでないものは姿をくらませた。


 しかし隊長は深追いをさせなかった。負傷者の手当てを優先し、グラッセル側もまずは撤退することを決めたのだ。

 

 石柱は倒され、壁は抉られた地下から脱出すると、そこは緑の生い茂る場所だった。連れ去られてきたフリッツは知らなかったが、王宮地下への入り口は立ち入り禁止の敷地内の中にあったらしい。普段は人の出入りもなく、寂れた場所らしかった。

 

 明るい場所へと出たフリッツたちは少し離れた場所で座り込んだ。

 地下への入り口ではグラッセル兵たちが行ったり来たりしていてせわしない。負傷した兵士を運んだり、捕まえた漆黒竜団を連行したりしていた。

 担架で運ばれていく人を見てティアラは立ち上がろうとしたが、ラクトスに無言で首を振られて引き止められた。後からまだ余裕のありそうな治癒師が何人かやってきて、それを見てティアラはようやく腰を地面に下ろした。


「いやあ、見事だった!」


 やってきたのは隊長だった。隊長は地面に座り込んでいるフリッツとラクトスの肩をバンバンと叩いた。すでに体力は風前の灯となっている二人は、叩かれるままに前のめりになった。


「恥ずかしながら、あの巨大なバケモノ相手に手も足もでなかった。きみたち、ティアラ殿が言うだけあってなかなかやるなあ」

「隊長さんはその前に悪い方たちとたくさん戦われているでしょう? わたくしたちは後から来ましたから」


 ティアラは隊長に微笑む。しかしそう言っている彼女も、その顔には疲れが浮かんでいた。


「フリッツくん、きみの逃げっぷり、なかなかのもんだったよ。敵から逃げ切るというのも、立派な特技だからね」

「は、はあ」


 まったく褒められている気のしないフリッツは苦笑した。


「ルーウィンくんの弓の腕前は素晴らしいし、ティアラ殿もあんなにお強いとは! ラクトスも、態度が大きいだけあって大したもんだな!」


 隊長はゴーレム撃破の興奮が冷めないらしく、豪快に笑っていた。

 しかし、目の前を負傷した兵士たちが運ばれていく。

 それを見て、隊長は視線を落とした。


「立場をわきまえず、少しはしゃいでしまったな……」


 隊長は姿勢をあたらめて黙祷した。

 ティアラは両手を合わせてその場に膝をつき祈りを捧げる。フリッツはその場で座りなおし、目を瞑った。

 しばらくして、ルーウィンは口を開いた。


「そんなに簡単に、めでたしめでたしとはいかないわね、やっぱり」

「ああ。しかし彼らの尊い命は、このグラッセルに息づいていくだろう。彼らの犠牲もあって、こうして賊を退けることができた」


 負傷者がみんな行ってしまって、隊長はラクトスに向き直った。


「それとラクトス。きみの採用についてだが、もう少し時間をくれ。まずはこの後始末をつけなければならん。ことが落ち着いたら、シェリア様とマーチン様とわたしとで話し合う」

「たかだかたった一人の人事に、ずいぶんとお偉いさんで話し合うのね」


 ルーウィンが呆れると、隊長は答えた。


「彼の採用は正規の入り口ではなく、あくまで私たちとの口約束でしかないからね。最後に、なにか言っておきたいことはないかい? 伝えておこう」


 ラクトスは顎に手をやって少し思案し、顔を上げた。


「特にないな」

「いいの? 誰よりも頑張りますとか、一生懸命働きますとか、そういう一言があったほうがいいんじゃない?」


 フリッツがそう言ったが、それでもラクトスは首を横に振った。


「いや、いい。魔法使いとしての腕で要るか要らないか判断してくれれば、それで。今更媚売ったところでなんにもならないだろ」

「まあ、そうだけど」


 二人のやりとりを見て、隊長は笑った。


「はは、わかったよ。返事が気になって眠れない、なんてことのないようにな。今日は疲れているだろうから、ゆっくり休むといい」

「ああ、そうさせてもらう」


 隊長は四人から離れると、すぐに大声を上げて指揮をし始めた。

 漆黒竜団の企みを食い止め、ゴーレムを倒したとはいっても、まだまだ問題は山積みだろう。負傷者の手当てに、兵力の強化、そして王宮地下の捜索だ。

 

 しかし正規のグラッセルの指揮下にない四人は、草むらの上で座り込んでいた。

 王宮関係者が慌しく行き来するが、誰も四人を咎めはしなかった。フリッツたちがゴーレムを倒したのを、その場に居るほとんどの人間が知っていたのだ。

 通り過ぎる人々は四人を労うほどの余裕はないが、フリッツたちとしては放っておいてくれるだけでありがたかった。王宮の人間であったら、負傷していなければこうはいかないだろう。


「良い返事だといいですね、ラクトスさん」


 不意にティアラがラクトスに向かって微笑んだ。ティアラがラクトスの件を知ったのは、つい先ほどのことだ。


「でもそうなると、あんたとはここでお別れになるわね。ま、あたしとしちゃ清々するけど」

「お前、本当いちいちカンに障るな」


 比較的体力の余っているルーウィンがかわいげもなく言ってのける。噛み付きそうなラクトスを見て、フリッツは二人の間に割って入った。


「まあまあ! せっかく一件落着したんだし。今日はゆっくり休もうよ、ね?」

「そうですわね。ゆっくりお湯でも使わせてもらって、ふわふわなベッドで眠りたいです」


 しばらくして、一行は疲労の溜まった身体に鞭打ち、重たい腰を上げ王宮へと向かった。

 そしてその日、疲労と緊張の開放から、四人は死んだように眠りについたのだった。











 数日間、グラッセル王宮は慌しかった。


 漆黒竜団の大元には、まんまと逃げられてしまった。騒ぎの後、隊長たちが地下を捜索してももぬけの殻だったという。幹部らしき人間が出入りしていたと見られる部屋には、グラッセルの隠密兵が殺されていた。

 あとは捕まえた団員たちを絞り上げて有益な情報が出るかどうかだったが、それはあまり期待できないとラクトスは言っていた。生かされていることが価値のない証拠で、重要な情報を持ちえる者なら今頃逃げるか殺されているだろうとのことだった。


 しかし、攫われた女王をなんとか無事に帰し、ゴーレムも撃破して、漆黒竜団の企みを打ち砕いた。 これは四人の成果だが、ラクトスの功績でもある。


 結果的にだが、ラクトスは女王と隊長の前で、彼の持てる力を最大限に披露している。フリッツがラクトスの採用に関して心配する点があるとしたら、それは人当たりの悪さだった。それさえなければ、ラクトスは実力も知識も十分にあり、王宮に召されても見劣りはしないはずだ。

 彼の内定は硬いだろうと、フリッツは思っていた。


 そしてそれは、ラクトスとの別れを意味していた。





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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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