第六話 真犯人を捜せ
【第六話 真犯人を捜せ】
自分たちの通う修練所の一角で火事があったというのに、門下生たちは平然としていた。
彼らの興味はすでに先日のボヤ騒ぎから離れていた。
皆おしゃべりをしたり、いそいそと次の講義や実技の準備にとりかかっている。クリーヴのようにゆったりとした時間割の門下生は少ないようで、早足で移動していく門下生がほとんどだった。
一見たわいもない会話をしているようで、その手にはしっかりと魔術書やノートが握られている。しかし、逆に本を開いてはいるもののおしゃべりに興じているという場合もあり、皆で寄り集まって教えあうことが効果的な勉強法かどうかは定かではなかった。
自分の目の前のことしか見えず、また興味もない門下生たちに例の一件を聞き込むことは容易ではない。ただでさえ人見知りの気があるフリッツが、無関心な門下生たちに「あのう」と声をかけるのは至難の業だった。声が小さくなってしまって聞こえないか、関わりたくなくて聞こえないフリをする者もいる。
そんなフリッツを見かねたルーウィンの助けもあり、言い換えれば彼女のイライラが絶頂に達し手を出さずにはいられなかったからなのだが、なんとか何人かの門下生に話を聞くことは出来た。
「ああ、あの子のことね。彼、無愛想だからよくわからないわ。他を当たってくれる?」
「あんまり彼とは話したことがないんだよね。というより、出来るだけお近づきにはなりたくないタイプなんだな」
「放火犯の彼? ああ、あの目つきの悪い。ぼくはなにも知らないよ。急ぐから、そこ退いてくれない?」
「ええ、彼犯人じゃないの? 犯人彼だって聞いて、すごく納得しちゃったんだけど。そもそもあなたが証言したんじゃなかったの?」
「あいつならやりかねないだろ。日ごろの鬱憤も溜まってただろうし。ねえ、きみかわいいね。良かったらお茶しない?」
二人で協力して、ラクトスに有効な証言を確保するために聞き込みをすること丸一日。結局情報は何一つ出てこず、無駄に時間を浪費するだけに終わった。
ラクトスは小火のあったあの時間、一人で木立の間のベンチにいて自習をしていたという。その姿を見た人物は居ても、まさに火の点く瞬間に彼が何もしていない様子を見た人物など居なかった。逆にラクトスがあのベンチにいたことが確実になり、やはり彼が犯人ではないかという疑いが強くなるばかりだ。
フリッツは深いため息をつき、修練所の庭の片隅の東屋で足を休めた。フリッツの苦労などよそに、暖かい午後の日差しがさんさんと降り注いでいる。
「こんなに探し回っても、なにもないなんて」
「だから言ってるじゃない。やるだけムダだって」
ルーウィンは買ってきたリンゴジュースを飲んでいる。フリッツは頭を抱え込んだ。
「しかも聞き込みすればするほど、ラクトスくんの悪い話ばかり耳にしちゃうし」
実際、ラクトスの評判の悪さは相当なものだった。
フリッツたちが話を聞きたいというや否や、彼とは関わりたくないからといって逃げてしまう門下生までいる。ついさっきも、優しそうな女の子の門下生に話を聞こうと試みたが、さっと視線を逸らして逃げられてしまった。修練所内でフリッツたちが事件について聞いて回っているのがすでに広まり、門下生たちは極力無視を決め込んでいるのだ。
しかし、話してくれる門下生も稀にいた。しかしそれも、有力な情報というわけではなかった。
目つきが悪いというただの悪口に始まり、金に汚いだの品がないだの、講義は居眠りして不真面目だの、挙句彼が授業料を盗んだという噂まである。
「掘れば掘るだけボロが出てくるわね。やっぱ犯人はあいつで決まりか」
ルーウィンは大きく伸びをした。フリッツはまた深くため息をついた。
「頑張っているみたいだね」
やってきたのはクリーヴだった。小脇に魔法書を抱えたまま、フリッツの横に腰を下ろす。
「まさかこんなかたちで、きみたちと修練所で会うとはね。それで、聞き込みの調子はどうだい?」
フリッツは首を横に振る。
「ぜんぜんだめだよ。ラクトスくんに有利な情報が、何一つ出てこない」
「ばかね。もともと上流志向強いところに飛び込んだ数少ない庶民なのよ。愛想もあんなだし、周りから良く思われてるわけないじゃない。最初からムリだったのよ、あいつを助けるような証言を集めようだなんて」
それを聞いて、クリーヴは端正な顔をしかめた。
「恥ずかしながら、ルーウィンさんの言うとおりだ。確かに彼はみんなから良く思われていない」
フリッツは肩を落とした。さすがにここまで周りに敵が多いとは予想していなかったのだ。
クリーヴは続けた。
「こんなことは言いたくないけど、やっぱり彼はどこか違うんだ。雰囲気とか所作に、それはいやでも表れてしまう。いろんな意味で目立っていたからね。でも、なんで放火なんて。彼、確か成績はいいほうだったと思うけれど」
「フォローありがと。もっとも、あんたからもらってもなんの役にも立たないんだけどね」
「力になれなくてごめんね」
ルーウィンの言葉をクリーヴはまともに受け取った。
「少し状況を整理してみようか」
クリーヴが言って、フリッツは顔を上げる。
「ラクトスくんは、あの火事のあった現場に元々居た唯一の人物。かつ、フリッツくんの、彼が火をつけたという証言があった。確かに状況から見て、あの火事をおこしたのはラクトスくんだろう。でも、フリッツくんには証言をしたときの記憶がない。それはおかしい、というわけだよね」
そう言われて、フリッツは頷いた。
「そこから考えられることは二つ。フリッツくんはくぐつの魔法にかけられ嘘の証言をさせられた。そしてそうなれば、犯人はあの場に居たラクトスくんではなく、別の第三者という可能性がある。ところでフリッツくん、きみは魔法にかけられた覚えはあるかい? 魔法陣の上に乗ったり、なにか魔法の道具に触れたりは?」
「そういうのはないと思います」
フリッツが答え、クリーヴはまた訊ねた。
「証言した時のことを覚えていないということだけれど、どこから覚えていないのかな?」
「火事、は言われてみればなんとなく覚えているんです。騒ぎに気づいて道を走って、その前は修練所の建物の前に居て……クリーヴさんと別れて、あれ?」
「ひょっとしてぼくと別れた後に、気を失ったりしていないよね?」
フリッツの顔からさあっと血の気が引いた。そうだ、確かに自分は地面に倒れていた。
フリッツはそのことを、唐突に思い出した。
「……してた、気がします。なんで地面に寝転んでるんだろう、って思った記憶が」
それを聞いてルーウィンが目を吊り上げた。クリーヴはやってしまったとばかりに頭を抱えている。
「なによ。あんた、完全にその間に魔法かけられてるんじゃない」
「うん、おそらくその線が強いだろうね」
「……ごめんなさい」
フリッツはまたしても謝った。ここ最近、なんだか頭を下げてばかりだった。
クリーヴは口元に手をやって考えた。
「となると、ぼくと別れ、四限の講義が始まり、火事が起こって講義が中断されるまでの間フリッツくんは気を失っていたわけだね。そのくらい時間があれば、くぐつの魔法をかけるには十分事足りると思う。この間に、自分がどこにいたのかはっきりと証明できない人物が怪しいと思わないかい?」
それを聞いて、フリッツは顔を明るくした。クリーヴも表情を緩める。
「じゃあ、その人物を特定できれば!」
「うん、かなり少ない人数に絞り込めるね。ここは修練所で、時間割もあるし、出欠もきちんととる。講義に出ていた門下生を除けば、数はかなり減ってくると思うよ」
今度は消去法で絞っていくやり方だった。
急がば回れ。ピンポイントで犯人を探し出すことはできないが、かなりの人数が犯人から除外されるだろう。まどろっこしい方法ではあるが、確実に人数を減らしていける。
「門下生の名簿は用意できるけれど、やっぱりこの作業も聞き込みになると思う。かなりの時間と手間がかかるだろう。それでも、きみはやる?」
「やります。なんとしてでも、本当の犯人を探さなきゃ」
フリッツは即答した。
クリーヴは少し驚いたような顔をしたが、彼も言い出してしまった手前腹を決めたようで、微笑んで頷いた。
「わかった、ぼくにできることなら力を貸すよ」
「助かります、ありがとう!」
頼れる助っ人も参戦し、もうひと頑張りしようとフリッツは意気込んだ。
しかし結局、その日もなんの進展もないまま終わってしまった。
遅くまでつきあってくれたクリーヴと別れ、フリッツとルーウィンは修練所をあとにして宿屋に向かった。
日はさっき沈んでしまったところで、薄暗い通りを二人は歩いていた。一定の間隔ごとにしゃれたデザインの街灯が並び、その灯はやはり魔法であるとのことだった。燃料を必要とせず、半永久的に燃え続ける明かりだという。
キャルーメルの街の中心はそこそこにぎやかで、夕闇が迫ると仕事帰りの勤め人や修練所帰りの門下生でにぎわっていた。立ち並ぶ店はいたって普通のものが多いが、軒先を魔法のおもちゃのようなもので飾っている店は多い。
色とりどりの輪っかの煙が次々と出てくるランプや、絶えず一定のリズムで揺れている花など、人々の生活の中に当たり前のようにして少しだけ不思議なものが混ざっている。魔法修練所の門下生を相手にしている店も多く、ただの文房具屋にはじまり、魔術書や古書などを揃えている店もあった。
時間を割いた割には何も得るものがなく、肩を落として歩くフリッツを見て、ルーウィンは言った。
「あんたさあ、自分の目的忘れてない?」
ルーウィンの非難めいた声に、フリッツは思わず身を硬くして構える。
「忘れてなんかないよ」
「じゃあ言ってみなさいよ。はい、あんたの旅の目的は?」
フリッツはルーウィンの言わんとしていることがわかって、つい下を向いた。
「兄さんを捜すこと。それで、父さんと母さんが悲しんでる理由をはっきりさせて、なんとかする」
「でしょ。なのになんでこんなことに巻き込まれてるんだか。さっさとしないと、兄さんの手がかりが消えちゃうかもしれないわ。ほっときゃいいのよ、あんな性悪ツリ目野郎は」
ルーウィンの言うとおりだった。確かにフリッツにはこんなところで余分に油を売っている暇はない。早急な旅でもないが、単なる物見遊山でもない。
ルーウィンの師であるダンテは彼女を捜して動き回ってしまっているかもしれないし、フリッツの兄アーサーもグラッセルにいるはずだがそれも定かではない。
一刻のすれ違いが、一生の行き違いになることだって有りうるのだ。
「でも……」
このままラクトスを放っておくことはできない。操られていたかもしれないとはいえ、フリッツが彼を追い込む原因になったことは事実だ。
「あたしは気が長くないの。とっとと片付けなさいよ」
しかしルーウィンがこう言ってくれるのは、彼女なりにかなり譲歩した結果なのだろう。本来なら、しびれをきらして怒鳴られてもおかしくないくらいだった。
「わかったよ」
フリッツは答えた。まだまだ諦めるわけにはいかなかった。
そしてその二人の様子を、建物の影から見つめる少女の姿があった。




