第2話 狼人王の国(後編)
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わが国ではさっそく、諸国の様子を探りました。
すると驚いたことに、とうに戦端は開かれ、各国の軍はザルバンの都を目指して攻め進んでいるというではありませんか。
どうも、テューラ、セイオン、カリザウの三国は、シンカイと密約があったようです。
いずれも緑炎石にひどく依存し、より多くの緑炎石が欲しくてしかたなかった国です。
いつのころからか魔獣の数が減り野獣もおとなしくなり、長距離の大量輸送は大昔に比べればはかどるようになっていました。
どこの国でも人口は増加傾向にあり、それを支えるための燃料を必要としていたのですな。
シンカイ、テューラ、セイオン、カリザウのやり口は、卑怯極まるものでした。
宣戦もせずにいきなりザルバン国に襲い掛かったのです。
盗賊のやり口であって、およそ名誉ある騎士の戦い方ではありません。
しかしザルバンは、緒戦で大きな被害を受けながらも、五か所しかない岩山の通路をふさぐことに成功しました。
ところがどうやったのかはいまだに不明ですが、シンカイは西の通路を抜いたのです。
ザルバンの側に裏切りでもあったのか、あるいは秘密の道のようなものでも知っていたのか。
ザルバンの防御陣は崩れ、テューラ、セイオン、カリザウもモルドス山系に突入しました。
つまり西と北と東から四国の軍団が津波のように攻め寄せたのです。
ザルバン公国は、そもそも人口の少ない国でした。
モルドス山系に囲まれた小さな盆地に、ザルバンの都はありました。
その周囲を取り巻くように、いくつかの街がありました。
いかにザルバンの騎士が強くても、あまりにも敵の数は多く、とても抵抗できないと思われました。
そのうえ、メルカノ神殿騎士団と、ガイネリア軍が参戦しました。
ザルバンの敗北は必定とみて、分け前を欲しがったのでしょうな。
ところが、諸国の兵はここで勢いを失います。
各部隊の将が次々と討ち取られ、混乱に陥っていったのです。
ザルバン公国の切り札というべき〈王の剣〉の働きによるものでした。
ザルバン公国には、〈王の剣〉と呼ばれる騎士がいて、国難の際に姿を現し外敵を退ける。
ただの言い伝えかと思っていましたが、本当にそんな騎士がいたのです。
いうまでもなく軍団の指揮をする有力騎士は手厚く守られています。
その警護の騎士たちの剣や槍を魔術じみた動きでかわし、あっという間に目的の騎士に致命傷を負わせて去って行く、黒い鎧の騎士。
その活動範囲の広さと移動時間の短さから考えて、〈王の剣〉、当時は黒騎士と呼ばれておりましたがね、黒騎士は一人ではなかったのではないかと思えるのですがね。
けれども、ザルバン公国の抵抗もそこまででした。
物欲将軍が前線に姿を現し、あれほど手強かった黒騎士をいとも簡単にたたき伏せたのです。
勢いづいたシンカイ軍は、ついにザルバンの都に侵入し、人という人を殺し始めました。
騎士を倒しても捕らえようとせず殺し、戦えない民衆も無差別に殺されました。
ふつう戦争では騎士は捕らえて身代金を取り、民は奴隷にするものです。
けれどこの場合は違いました。
この領地と緑炎石に所有権を主張できる者を一人残さず殺し尽くそうとしたのです。
そのとき、けがを押して黒騎士が再び出陣しましたが、やはり物欲将軍に倒されました。
黒騎士だけではありません。
物欲将軍は怪物じみた戦闘力で、ザルバンの軍勢を蹴散らしました。
巨大剣の一振りで十人の騎士が吹き飛ぶというのですからな。
最初聞いたときは、どうしてこんなあり得ない話をみんなが本気で信じるのか分かりませんでした。
ザルバンの君主を始め、王族ことごとくが殺されました。
このときパルザムの軍はすでにモルドス山系深く進んでいましたが、どちらの味方もしていませんでした。
ザルバン公国が防衛に成功するようなら、そのまま軍を引くつもりだったのです。
それどころか、戦争で傷ついたザルバン公国への贈り物にすべく、大量の薬と食料を用意しておりました。
私も医療救護隊の一員として同行していました。
少なくともパルザム王とその臣下は、長年にわたるザルバン公国の恩義を忘れていなかったのです。
かといって、圧倒的に優勢な侵攻軍に正面から戦いを挑む決断はできませんでした。
というより、はっきり状況もつかめないまま事態はどんどん進んでいたのです。
当時、パルザム軍の総指揮を執っていたのはライド伯爵バッケンボルグ・シード様でした。
ライドの街はパルザム王国の中で最もザルバン公国に近く、シード家は王家と縁戚でもあり、王の信頼の厚いかたでした。
ライド伯は、途切れ途切れに入って来る情報から、もはやザルバン公国の滅亡はまぬがれないと判断し、大胆極まる行動に出ました。
実は、ザルバン大公エニシリトルグ様はすでに物欲将軍の凶刃にお倒れでしたが、その奥様のトリエンタ様とお子様のスワハルトルグ様は、ザルバンの最後の抵抗拠点となったファロムの街に落ちのびておられたのです。
ファロムの領主は、ハドル・ゾルアルス伯爵でした。
おそらく、ハドル様とライド伯は親交がおありだったのではないかと思います。
スワハルトルグ様はわずか十三歳でしたが、ハドル様が先達となって宣誓を行って騎士となられました。
そしてスワハルトルグ様は大公位に就くことを宣言なさり、ハドル様がこれを承認なさいました。
ただちにライド伯はザルバン公国への宣戦を布告されました。
承諾の文書が発せられ、騎士一名同士による決闘が行われ、パルザムが勝利しました。
そしてスワハルトルグ大公と摂政ハドル様はパルザム王国に降伏なさったのです。
この奇術のようなやり方を、むろん物欲将軍が認めるはずはありません。
しかしライド伯は弁論の限りを尽くして物欲将軍を論破してゆきました。
物欲将軍には正式の宣戦布告をしていないという弱みがあり、対してライド伯には大義名分はありましたが、そのやり口は人からみれば火事場泥棒にひとしいものです。
遅れて到着したパルザム王太子、すなわち先王陛下がライド伯を全面的に支援なさいました。
諸国の代表も加わり、論戦は混迷の様相を呈し始めました。
ここで諸国はパルザムの主張を半ば認める態度を取ったのです。
諸国は、シンカイだけがうまみをすべて持っていくことを恐れたのですな。
パルザムの主張を認め恩を売ることで、自分たちも取り分を得ようとしたのです。
また、パルザムは確かに戦争の手続きを踏んでおりましたから、これを認めれば宣戦もせずに他国に攻め入った非道を繕うことができます。
物欲将軍は結論が長引くのを嫌い、大幅な譲歩をしました。
その結果、貴重な山々は、侵攻に参加した国のあいだで分けることになりました。
ザルバンの大公一族は残らず死なねばならぬことになりました。
生き残ったザルバンの民は、国を捨てて去ることになりました。
ここでライド伯が強硬に要求を出されました。
大公位を継いだスワハルトルグ様の死は避けられぬとして、妃であるトリエンタ様は何としてもお助けしたいと思われたのです。
物欲将軍は、けがれきった大公一族はどうしても滅ぼさねばならないと言ってゆずらなかったそうです。
しかし、トリエンタ様は大公一族の出ではありません。
ついに物欲将軍も折れ、奇妙な要求を突き付けて、トリエンタ様の助命に同意しました。
それは、黒騎士の死とその剣の引き渡しでした。
黒騎士は宮殿を守って死んだと思われていましたが、大けがをしながらもファロムの街に落ちのびていたのです。
各国代表の見守るなか、スワハルトルグ大公様は毒の杯でご自害なさり、黒騎士、つまり〈王の剣〉は、自らの喉を斬り裂きました。
黒騎士の剣は物欲将軍が持ち去りました。
各国の代表はほっとしていました。
正直なところ、物欲将軍が素直に山々を分けるとは思っていなかったのですな。
緑炎石の採れる山々はまるごとシンカイのものにして、採取する権利だけを売るのではないか、と心配していたのです。
下手をすれば、ザルバン公国時代に得ていただけの緑炎石さえ得られなくなるのではないか、と思ったのです。
中原の諸国はもっともっと多くの緑炎石が欲しい状況になっていました。
諸国をザルバンに攻め込ませたのは、緑炎石を得られなくなる恐怖だったのですな。
山々の配分については物欲将軍は鷹揚でした。
もっとも、おそらくシンカイの国にとっては、緑炎石はなくてはならないものではなかったはずです。
自国には山も森もふんだんにあるのですからな。
こうなってみると、なぜ急にシンカイがザルバン公国に攻め込まねばならなかったかが分からないほどです。
もちろん狼人などという亜人は発見されませんでした。
いえ、シンカイは、狼人の集落を発見して全滅させたと言っておるのですがね。
検分に向かった騎士の話では、見せられた死体はモルドス山系に住んでいた別の亜人だったということです。
とにかくこうして狼人王の国は滅びました。
各国の歴史官は、四千二百五十一年にパルザム王国がザルバン公国を滅ぼした、と記録したでしょうな。
その不名誉と引き換えに、わずかな人々を助けることはできたのです。
さて、各国代表が去ったあと、血相を変えた物欲将軍が戻って来ました。
私はそのとき、けが人の手当をしておりましてな。
この目で物欲将軍を見たのです。
バルド殿。
数々の恐ろしい噂は、ただのでたらめではなかったのです。
あれは人間ではありません。
身の丈は、そう、ちょうどあなたの倍ほど。
腰に提げた剣の刃渡りだけでも、あなたの背丈を超えましょう。
巨人族などというものが、この世にまだあったのかと思わずにはいられませんでした。
その巨人が、目を血走らせ、真っ白い髪を逆立てて怒っているのです。
耳が破れるかと思うほどの大声で、物欲将軍は言いました。
剣はどこにやった。
あれは偽物だ、と。
王太子殿下と、バッケンボルグ伯と、ハドル様のお三方が、あの剣は確かに黒騎士が持っていたもので、われらは隠し立てをしていない、と答えました。
物欲将軍は納得せず、誓いを立てよと言いました。
手近な神官ということで私が呼ばれ、それぞれの守護神に誓言をしたのです。
最後に物欲将軍は、お三方にこう誓わせました。
その剣が、〈ヴァン・フルール〉が見つかったら、必ず物欲将軍に届ける、と。
4
バルド殿?
どうなされた。
ご気分が悪いのですかな。
はは、湯あたりですか。
少し湯から上がって、あずまやで冷たい水でも飲みましょうか。
さて、どこまでお話ししましたかな。
そうそう。
〈ヴァン・フルール〉でしたな。
いやいや。
物欲将軍の口からその名が出たときは、耳を疑いましたな。
〈地を這うもの〉を知らない者はいないでしょう。
何しろ有名なおとぎ話です。
山々を巻き取るほどの大蛇が、狼人王に破れ、しもべとなることを誓って、剣の姿に身を変えた。
これが魔剣〈地を這うもの〉です。
大陸中の子どもが耳にするお話でしょうな。
あの物欲将軍は、本気でそんな剣が実在すると思っていたのでしょうか。
そしてそれが狼人王の国、すなわちザルバン公国にあると。
まったく信じられないことですが、あの剣幕を見た私としては、もしやその剣が欲しいがためにザルバン公国に攻め入ったのではないか、とさえ思えるのですよ。
いや、戯れ言を申しましたな。
そんな妄想のために殺され滅ぼされたとあっては、かの国の騎士と民が浮かばれませんわい。
さて、これでザルバン公国の滅亡については終わりです。
そのあと、生き残った民を連れてハドル・ゾルアルス伯爵が辺境に渡り、クラースクの街を作ったのです。
あなたから、クラースクの発展ぶりをお聞きし、伯のご健在をお聞きして、どうしてもこのお話をしておきたいと思ったのですよ。
もっとも、これで話が終わりではありません。
もう一つ、ひどく奇妙な後日譚をお話ししておきたいのです。
そして、もしもいつかもう一度クラースクに行かれることがあれば、しかるべきかたにこの話をお伝えいただきたいのです。
下僕たちは下がらせましょう。
気心の知れた者たちではありますが、さすがにこの話は聞かせられませんのでな。
5
ささ。
もう一杯ワインをどうぞ。
ああ。
持ち込んだ食べ物が多すぎるとお思いですか。
はは。
これは持っては帰りません。
余った食べ物は、地に捨ててくださいませんか。
まあ地べたといっても乳練石ですし、よく湯に洗われていますから、汚いということもありません。
皿に残った物は、決して下僕たちが手を出してはいけないのです。
しかし地に捨てた食べかすは、掃除しなければなりませんからな。
彼らが腰に付けている袋には、木の葉が入っておりましてな。
その食べかすを包んで腰の袋に入れるのですよ。
私が今日温泉に来たことを知れば、あの者たちの家族は、うまい食べ物を期待するでしょう。
はっはっは。
いやいや。
わざと残されるには及びませんよ。
じゅうぶんにお召し上がりになって、それでも残ったら、下に捨ててくださればよいのです。
それで、お話の続きですがな。
ゾルアルス卿が民を連れて旅立ったあと、大公妃トリエンタ様は、ライド伯のもとにとどまりました。
ライド伯が監視するという約定でしたし、ひどく体調を崩しておられたのですな。
再婚は許されず、死ぬまで城の奥で静かにお暮らしになるはずでした。
ところが、トリエンタ様は、エニシリトルグ様のお子を宿しておられたのです。
それが分かったとき、トリエンタ様は生き返ったようにお喜びだったと聞きます。
ライド伯は困惑なさいました。
王太子ともご協議なさり、生まれた子が男であったら殺さねばならないが、女であれば死ぬまで幽閉すれば誓いを破ったことにはならないだろう、と結論なさったのです。
腹の中の子は新たに生まれたのではなく誓約以前に身ごもっていたからです。
果たして生まれたのは女のお子でした。
トリエンタ様はささやかな幸せを味わいながらご帰幽になられました。
この姫のことは秘密にされ、ライド伯の居城の奥深くで静かに暮らすことになったのです。
そして時が流れ、姫は二十歳になりました。
母上様に似られたとすれば、大変な美姫にお育ちだったでしょう。
困ったことが起こりました。
ライド伯のご長男ツバイボルグ殿が、どうしてもこの姫と結婚したいと言い出したのです。
ライド伯はなかなか子どもができず、四十歳になって迎えた若い側室にやっと生まれたのがツバイボルグ殿とその弟でした。
姫が十五歳のとき髪上げの儀が行われたのですが、そのとき見かけて以来、ツバイボルグ殿は姫に恋い焦がれ、やがてひそかに会う間柄になっていたというのです。
実のところ、結婚は不可能ではありません。
ただし、絶対に子どもを作ることは許されないのです。
形ばかりの側室にして済むのならそれでもよいのですが、どうしても正室にしたいというのです。
これは許すわけにはいきません。
他の側室から生まれた子でも正室の子として扱われるのですから、周りからみれば姫の子と同じです。
かの大公家の血を絶やすために幽閉したはずが長男の正室としたのでは、あまりに不誠実なやりようであり、ライド伯の名誉は失われてしまいます。
しかしどうしても諦めないツバイボルグ殿に、ライド伯は条件を出しました。
一年のあいだに一万ゲイルを百万ゲイルに増やすことができたら結婚を許す、と。
ただし、身に着けている物も含め、城の物はいっさい売ってはならない。
人から金を借りたりもらったりしてもいけない。
また、ツバイボルグ殿自身は城から一歩も出てはならない。
ひどいにもほどのある条件ですな。
騎士としての能力はあっても商売などしたこともないツバイボルグ殿には、この条件で百万ゲイルを得ることはとても無理です。
ところがツバイボルグ殿には親譲りの戦略の才がありました。
出入りの商人を呼び出すと、一万ゲイルの半分を与え、知識を買いたいと申し出ました。
投資についての知識です。
そしてその場で得た知識に基づいて、残りの半分で投資を命じました。
むろん、適正な手数料を払ってのことです。
その投資は成功しました。
その後、時にはもうけ、時には損をしながら、着実に金を増やしていきました。
約束の一年が近づくころ、ツバイボルグ殿は、南方の国から来た高級な茶葉を大量に買い込みました。
非常に高額で売れるもので、それが全部売れたら百万ゲイルを超える金が手元に残るはずでした。
最後の最後は、人の商売に投資するのでなく、自分自身で商品を買って売ろうとしたのですな。
宣伝のしかたがうまかったこともあり、茶は飛ぶように売れました。
ここでライド伯は、いささか卑怯な振る舞いに出ました。
同じような茶葉を買い込み、ツバイボルグ殿が茶葉を売らせていた店の隣の店で相場より安く売り出させたのです。
ツバイボルグ殿の茶は、ぴたりと売れなくなりました。
いよいよ日が迫ってきました。
ツバイボルグ殿の手元には九十万ゲイルを超えるお金が入ってきていましたが、あと十万足らずの利益を得るのは絶望的でした。
くだんの商人は自分で買いたかったようですが、これはあらかじめ禁止されておりました。
そんなとき、姫がおっしゃったのですね。
残りの茶葉は私が買います、と。
姫は九万ゲイルを差し出されました。
それでツバイボルグ殿の持ち金は、ぴったり百万ゲイルになったのです。
ライド伯は憤慨して、姫に金を渡したのは誰だ、とわめいたそうです。
姫は金などまったく持っていなかったのです。
赤ん坊のころから面倒をみてきたのですから、それは間違いないのです。
だから、誰かが姫に金を渡したに違いないのです。
でも、家族親族や使用人たちを徹底的に調べても、誰も城主の言いつけには背いていませんでした。
しかし妙な事件があったことが分かりました。
ちょうどそのことがある数日前、姫の部屋近くを警護していた兵士がごく短い時間気を失っていたようなのです。
警護兵を気絶させ誰かが城に入り込んだのではないか、とライド伯は考えました。
さらに調べると、数か月前にも警備中の兵士が眠りこけていました。
姫は外部に協力者がいるのではないかと考えたライド伯は、姫に問いただしました。
すると姫は、ザルバン大公家に恩義のあるというかたからお金を頂きました、と認めたのですな。
最後の売り上げは無効だ、とライド伯はおっしゃいました。
ツバイボルグ殿は、こう言ったそうです。
姫に売った金額は相場通りであり、どこに問題があるのか。
まったくその通りでした。
姫がどこから金を得たのかは別の問題です。
取引自体はまったくルールに反していないのです。
ライド伯は、城中の人々に茶を買うことを禁じましたが、姫にだけは禁じていませんでした。
禁じる必要があるなどとは夢にも思っておられなかったからですがね。
勝負は、ご長男の勝ちでした。
ついにライド伯は覚悟を決め、二人に祝福を与えて結婚させました。
そのあとでツバイボルグ殿を廃嫡し、一生子どもを作らないことを誓わせました。
街の人々には、息子が得た妻は跡継ぎを産むにはふさわしくないため、廃嫡したと知らせました。
しかしたった数日間とはいえ、姫はいったんライド伯爵家後嗣の正室であったことになります。
ツバイボルグ殿に万一のことがあったとき姫をわずかでも守るための、ライド伯のご配慮ですな。
それが去年のことなのですがね。
バルド殿もライドの街でご宿泊なさったのですな。
今でもあの街では、この噂がずいぶん盛んなのではありませんかな。
恋を取って身分を捨てたご長男は領民から慕われ、商売の手腕をめきめきと発揮し始めておるそうですぞ。
やがてはご次男の補佐として、ご領地の経営を支えていくに違いありませんな。
え?
私がどうしてこんなことまで知っているか、不思議ですか。
ふむ、む。
私も不思議です。
たぶんこういうことではないですかな。
真実は誰かが知っていなければならないのです。
でないと、いつか事が起きたときに対応できませんからな。
秘密にしておかなければならないことだけれども、誰かが知っていないといけない。
その誰かに、たまたま私が選ばれたのでしょう。
私があなたにこのことをお話しするのもそうなのです。
誰かが真実を知っていなければならない。
あなたこそがこれを知るべき人だと、私には感じられたのです。
さあ、もうずいぶん遅くなりました。
ひと眠りしませんか。
4月13日「カントルエッダ」に続く




