第5話 細剣部門戦(前編)《イラスト:シャンティリオン》
1
「バルド殿!
何という、何という試合だ。
私は、いや私だけではない。
皆、震えるような感動を味わわせてもらった。
わが国の強者を一蹴したあの騎士を、まるで子ども扱いではないか」
またもドリアテッサが飛び込んできた。
この部屋に入るのに何の抵抗も感じていないようだ。
これでいいのかと疑問に思う。
とはいえ、ドリアテッサが周りからどうみられるかが心配なのであって、バルド自身に不快感はない。
ちょうどよい機会なので、気に掛かっていたことを聞いてみた。
バルドが武器を選んだあと、会場が妙な雰囲気だったのだが、なぜだろうかと。
「は?
い、いや、あれは。
皆、あっけにとられたのだ。
あの長大な剣を片手でひゅんひゅんとこともなげに振り回すバルド殿に。
しかも、盾と剣を構えたバルド殿は、何というか格が違った。
体の大きさが違う以上に、相手の騎士より二回りも三回りも大きくみえたのだ。
私はそれまであの騎士を憎々しく思っていたのだが、急にかわいそうになった。
優勝したのがわが国の騎士でなくてよかったとさえ思った」
これはずいぶんな言いようだ。
実のところ、バルドはやぶれかぶれで試合に臨んだ。
幸い肩と肘の痛みは治まっているから、せいぜいやせ我慢をしてよいところを見せようと思ったのだ。
そう言うと、ドリアテッサはむきになって否定した。
「それは違う!
前から思っていたのだが、バルド殿は、自分に対する評価が低すぎる。
ご自身が英雄であることにお気付きでないのか」
これは笑えた。
大声で笑った。
英雄とは。
とはいえ、なるほどドリアテッサからみれば、バルドは英雄だ。
絶体絶命の危機から救い、手の届かないはずのものを与えてくれたのだから。
だが実際には、ドリアテッサを見つけたのはジュルチャガだし、騎士隊を撃退できたのはカーズの力が大きい。
魔獣との戦いも、情報を寄せてくれたのはカーズだし、バルドがいなくても勝てた戦いだった。
否定してもむきになるだけだろうから、そのことにはふれず、バルドは、明日の戦いは大丈夫か、と訊いた。
「え?
ああ、もちろん、修行に怠りはない。
まさかこんなことになるとは思ってもいなかったが」
煮え切らない言い方を不思議に思い、わけを訊いてみた。
「え?
ジュルチャガからお聞きでないのか?
いや、実は」
ゴリオラ皇国の細剣部門の出場者が、例年にはあり得ない顔ぶれだという。
まず、マジストラ・ゲリ。
この人物は不自然ではない。
男爵家次男で、父親は近衛の一隊を預かったこともある人物だ。
マジストラ自身、早くから剣才を現し、武で身を立てると公言し、今回の出場は確実視されていた。
残る二人が問題だ。
まず、ガッサラ・ユーディエル。
五十一歳になる現役の将軍だ。
先の大戦では大功を挙げ、北征将軍の異名を持つ。
すでに十数年前、第四部門と第六部門で優勝している。
キリー・ハリファルス。
近衛武術師範である。
手練れぞろいの近衛騎士たちに武術を教える立場にある人物だ。
若いころの武勇伝は数知れない。
武器全般を使いこなすが、特に細剣が得意で、達人中の達人といってよい。
ドリアテッサの師でもある。
ガッサラ将軍にしてもキリー師範にしても、これから身を立て名を挙げる人物ではない。
今さら辺境競武会に出場するような人物ではないのだ。
この顔ぶれになったのは皇王の決定であり、意図するところはドリアテッサの第五部門優勝で、まず間違いない。
この三人ならパルザム王国から出場する若手武人などに負けることはない。
ドリアテッサに当たれば負け、そうでなければ勝つ。
しぜん、ドリアテッサは第五部門の優勝を拾う。
ああ、なるほど、と思った。
ジュルチャガから聞いた話によれば、今のドリアテッサはひどく注目されている人物なのだ。
簡単に負けさせれば国民ががっかりする。
「最初は腹が立ったし悔しかった。
だが、考え直すことにした。
それなら私は第六部門で優勝して、皆の度肝を抜いてやるとな。
いや、それだけではない。
第五部門でも、思わず本気を出すほどに追い詰めて、堂々の勝利をもぎ取ってやると」
「難しいぞ」
そう言ったのはカーズだ。
声を聞くのは久しぶりのことだ。
バルドはカーズのほうをみて、おや、と思った。
カーズはいつもは眠たげに細めている切れ長の目をわずかに見開いている。
上まつげも下まつげも長いので、少しでも見開かれるとひどく印象的だ。
その瞳は、ふだんは琥珀色なのだが、今は黄色に近い。
高揚しているしるしだ。
この男が本当に心を高ぶらせると、瞳は金色になる。
滝のほとりで騎士の誓いをさせたとき、それを知った。
ジュルチャガも興奮すると目の色が変わる体質だ。
薄茶色から明るい緑色に変わるのだ。
人間誰しも感情や体調や環境により瞳の色が多少は変化するものだが、この二人ほど顕著に変わるのは珍しい。
ドリアテッサは、きょとんとしたが、やがてまなじりをきりりと結び、
「だが、やる。
あなたの教えを無駄にはしない」
と言った。
かつて魔獣を倒した山の中で、ドリアテッサは不思議にも行きずりの恩人であるバルドに、辺境競武会で勝利を得られるよう自分を導いてほしい、と膝を突いて頼んだ。
バルドは養子にしたばかりの剣鬼カーズ・ローエンにドリアテッサの指導をゆだねた。
つまりカーズはドリアテッサの師にあたる。
この冷めた男も、さすがに弟子の戦いは気になるのだろうか。
ドリアテッサはたぶん、第六部門での優勝が難しいと言われたのだと思っている。
だが、本当にそういう意味なのだろうか、とバルドは思った。
「大事な用事を忘れるところだった。
バルド殿。
姫が大変にお喜びだ。
まさかあそこまでのお言葉を頂けるとは思わなかった、天にも昇る心持ちだとおっしゃって、それはお幸せそうだった。
さっそく侍女を庭にやって、太陽神様に恩寵を感謝なされたそうだ」
あそこまでのお言葉というのが何のことだか分からなかったので、訊いた。
会談の最後のほうで、ジュールラントが、赤いソリエスピの花が咲くころには手紙を出せるであろう、と言った。
ソリエスピはシェルネリアの母の実家で女紋に使われている花だ。
シェルネリアもその女紋を受け継いでいる。
赤は燃えるような恋情を指す言葉だ。
つまり、ジュールラントの言葉は結婚の申し込みにもひとしいのだという。
ソリエスピの花は秋に咲く。
半年後だ。
立太子式の済んだ直後ということになる。
むろん、この縁談についてパルザム王や元老院が何というかはまだ分からない。
だが、ジュールラントとして最大限の意思表示がなされたことは間違いない。
それにしても、太陽神に恩寵を感謝とは。
この手のことにうといバルドにも、これは分かる。
貴婦人が騎士に恋をすると、その騎士の守護神に恩寵を祈る。
供物や祭儀を捧げ、その神に気に入られようとする。
そうすればその神が、騎士の心をこちらに向けてくれるからだ。
だから騎士をみそめた貴婦人は、まず相手の奉ずる神を知ろうとする。
ジュールラントが誓言を預けた神は、太陽神コーラマなのだ。
かわいらしい姫じゃのと考えて、ふと気になった。
まてよ。
シェルネリア姫は、どうやってジュールの守護神を知ったのじゃ。
守護神というものは、まったく秘密にするようなものでもないが、あまり軽々に人に話すものでもない。
悪いまじないに利用されては困るからだ。
パルザム王の臣下がジュールラント王子の守護神を人にふれて回るわけはない。
騎士同士ならともかく、貴婦人が騎士に直接守護神を尋ねたりするのは、ひどくぶしつけだ。
実際、あの会談のときにもそんな話は出なかった。
では、いつどうやってシェルネリア姫は、ジュールラント王子の守護神を知ったのか。
底の知れん姫じゃわい、とバルドは思った。
じつのところ、シェルネリア姫の女紋をあらかじめ把握していたジュールラントも同様なのだが、このときのバルドはそれに気付かなかった。
2
ユエイタンの様子を見に行った。
放馬柵の中は、野生馬であるユエイタンにとっては狭いだろうが、あまり不機嫌にもならず過ごしている。
競武会が終わるまでは、馬といえどロードヴァン城を出られないのだ。
ユエイタンは、ゆうゆうと走っている。
さすがにここには立派な馬たちが集まっているが、その中でもユエイタンの白い巨体はひときわ目立つ。
ユエイタンが進む先で、ほかの馬たちが道をあけている。
王者のような風格だ。
その横に、少し遅れてクリルヅーカが走っている。
クリルヅーカはドリアテッサの馬だ。
バルドたちがドリアテッサと行動を共にしていたあいだに、この二頭の馬はすっかり仲良くなった。
カーズの馬であるサトラも仲は悪くないのだが、主人に似たのかあまり群れようとしない。
馬場長が走り寄ってきて、バルドにあいさつをした。
バルドは礼を言った。
馬たちが餌も運動もじゅうぶんに与えられ、よく手入れもされていることは、一見してあきらかだ。
「いえいえ。
こちらこそ、結構なお酒をいただき、ありがとうございました。
あんな上等な焼き酒は初めてでございます。
それに、馬たちがおとなしくしておりますのは、ユエイタンのおかげです」
前線で戦う騎士の馬は、気性が荒い。
馬同士でいさかいも起こす。
これに人間が口出ししすぎるとよくない、と馬場長は言う。
馬たちの秩序は馬たち自身が決めるべきもので、無理に押さえつければ不満がたまるらしい。
馬は賢い生き物で、怒ったり悩んだりする心を持っているのだ。
とはいえ、けがをするほどの争いを起こされては困る。
だが、今回はまったくけんかが起きなかったらしい。
起きかかったのだが、手強そうな馬たちをユエイタンがにらみつけ、あっという間に上下関係が決まったらしい。
ボスが決まれば、馬たちはもめごとを起こさないのだ。
人間も馬のようにいさぎよければよいのにのう、とバルドは思った。
そこにパルザム王国辺境騎士団長のザイフェルトが来た。
馬たちの様子を視察に来たのだろう。
ちょうどよいと思い、バルドは気になっていたことを訊いた。
第六日には第二部門、第三部門、第四部門、第五部門の各優勝者と準優勝者による総合部門戦が行われる。
見たところ、第二部門から第四部門の出場者は非常に重厚で上質な防具を着けているのだが、第五部門つまり細剣部門の出場者は戦いにくいのではないかと。
ザイフェルトは、
「私の知っている限り、細剣部門の出場者が総合部門で優勝したことはありません」
と答えた。
そうじゃろうのう、とバルドは思った。
つまり、ドリアテッサは第五部門と第六部門の両方で優勝する気まんまんだが、それは非常に難しいことなのだ。
3
空が低い。
この季節には珍しい曇り空だ。
大きな雲がいくつもいくつも、高く低く、東から西に流れてゆく。
この雲は、いったいどこから来てどこに行くのだろう。
抽選が終わった。
ドリアテッサは第四試合に出ることになった。
第一試合は、キリー・ハリファルスとシャンティリオン・グレイバスターの対戦である。
ゴリオラ皇国の近衛武術師範であるというキリーは、短く切り詰めた黒髪と口ひげが似合う初老の武人だ。
黒い革の服で全身を覆っている。
おそらく下に鎖かたびらを着込んでいる。
しっかりした骨格の持ち主だが、上背があるため、むしろすらっとした立ち姿だ。
対するシャンティリオンは、黄金の髪と白い肌を持つ貴公子然とした若者だ。
黒いズボン。
襟付きの白いシャツ。
革のブーツと、革の胸当てと、額に巻いた革のバンド。
それだけだ。
ゴリオラ皇国側からは、ざわめきが上がっている。
キリーは口を閉ざし、厳しい目でシャンティリオンを見ている。
二人は武器を選び終え、位置について合図の鐘を待った。
審判長が合図を送り、かーん、と鐘が鳴らされた。
その余韻が風に消えても、二人は動かない。
二人とも、右手に持った剣を相手に向けたままの姿勢だ。
二人の間には五歩の距離がある。
剣を振り回しても当たらない距離だ。
それなのに、まるでお互いの間合いの内にいるかのように、二人はお互いを見ている。
キリーが剣先を少し突き出すように、腕を伸ばした。
シャンティリオンは、腕を曲げて剣先を自分の左肩の前まで動かした。
シャンティリオンが右に移動した。
遠ざかりもせず近づきもしない円の動きで。
これに合わせるように、キリーも右に移動した。
二人ともゆっくりと右に回転し。
シャンティリオンの姿が消えた。
まっすぐ切り込んだのだ。
五歩の距離は一瞬で消えた。
左から右になぐ剣筋は、空気を切り裂くほどに鋭い。
キリーは上体を後ろにそらしてこれをかわした。
これほどに速い剣を、きちんととらえているのだ。
しかもそれは単なる回避動作ではない。
右足は後ろに引きつつ、左足は残しているのだ。
重心を後ろに移すことによって生まれた右足のためで、直ちに反撃するために。
シャンティリオンの剣が胸の前を通り過ぎるのと同時に、キリーは右足の筋肉を反動により爆発させた。
そのまま反撃するつもりだったのだろうが、それはできなかった。
キリーの体を捉えそこねたシャンティリオンの剣が空中で反転して、キリーの右足を刈ったからだ。
あれほどの速度で振られた剣が、直ちに戻ってくるなど、誰に予測できよう。
キリーの動きが一瞬止まった。
シャンティリオンは、さらに踏み込んでくる。
それでもキリーは、シャンティリオンを迎え撃つべく、やや突きぎみに剣を左から右に振った。
その剣をかいくぐったシャンティリオンが、剣をキリーの右脇に押し当ててぴたりと止めた。
止めていなければ、いくら刃引きした剣であっても、キリーに大きな損傷を与えていたろう。
副審二人が黄色の旗を上げ、それを確認してから審判長が黄色の旗を上げて宣告した。
「一本!
シャンティリオン・グレイバスター殿」
この部門は他と違い、審判の判断による一本勝ちがある。
パルザム側は大いに歓声を上げた。
ゴリオラ側は、凍り付いたように静まり返っている。
二人は再び位置についた。
キリーと相対して立つと、シャンティリオンは小柄で細身にみえる。
おしげもなくさらされた顔は、女性のように調っている。
背中に流れる金の髪と、ひだのある瀟洒な白いシャツが、かぜに吹かれてそよいでいる。
対するキリー師範は、武威の塊そのものだ。
全身から闘気が吹き上がっているかのようにみえる。
鐘打ち係が、左手でぶら下げた筒鐘に、右手のハンマーを打ち当てた。
間髪を入れずキリーが飛び出した。
縦に横に素早く斬撃を繰り出す。
三、いや四連撃だ。
シャンティリオンは真後ろに下がってこれをかわした。
バルドの位置から見て当たっているのではないかと思えるほど、剣先近くに身を置いている。
次の瞬間、攻撃をかわしきったシャンティリオンが反撃に出た。
四連続の攻撃を浴びせる。
キリーは後ろに下がって、最小限の動きでこれをかわしきった。
キリーが神速の足さばきをみせた。
左に、そして右に移動するそのあまりの速さに、一瞬姿を見失いそうになった。
これほどの距離を置いて動きを見失いかけるのだから、至近の距離ではなおさらだろう。
キリーは左右の二連撃を繰り出した。
うまくないのう、とバルドは思った。
ここは思い切り踏み込んでただ一撃に賭けるべきではなかったかと、バルドの勝負勘がささやいたのだ。
キリーの気迫の踏み込みをさらりとかわしたシャンティリオンは、逆に相手の懐深く攻め入った。
放ったのは左右の三連撃。
その速度は、さきほどの四連撃よりはるかに速い。
さきほどの攻撃は、全速ではなかったのだ。
二撃目までをかわしたキリーも、最後の斬撃はかわしそこねた。
シャンティリオンの三撃目、キリーの胸を確かにとらえた。
キリーは後ろに飛びのき、二人はしばし動きを止めてにらみ合った。
キリーの胸元が左から右に大きく斬り裂かれている。
革の服は破れ、その下の鎖かたびらも裂けて、傷は肉に達しているのが、バルドの位置からでも分かる。
刃引きされた剣がここまでの切れ味をみせるとは。
師である流浪の騎士から、
「剣の達人同士の戦いでは、刃と刃がふれ合うことは、あまりない」
と教わった。
それはこんなにも恐ろしい意味であったのだと、今知った。
それにしても、上背も勝り腕も長い練達の武人の懐に深々と踏み込むのは、いくら技と速度に自信があっても容易にできるものではない。
シャンティリオン・グレイバスターという若者は、獣の王のごとき勇気を持っている。
シャンティリオンは、悠然と剣を構えて動かない。
キリーに存分の反撃をさせ、それを受けて立とうというのか。
「ふおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!」
キリーが息吹を吹き上げ、剣を高々と振りかぶった。
肉を切らせて骨を断つ。
技ではなく一撃に込めた精気で敵を討つ。
それはもう試合の剣ではなく、命懸けの決闘の剣だ。
必死必殺の一撃が真上からシャンティリオンを襲った。
シャンティリオンは、その息吹に呼応するかのように、剣を左に引いて何か技を出しかけた。
が動きを中断して左に素早く移動し、剣でキリーの右腕を打ち据えた。
軌道を乱された剛撃がシャンティリオンの右肩をかすめかけるが、絶妙の見切りでこれをもかわした。
キリーは剣を取り落とした。
その右手首は、あり得ない角度に曲がっている。
「勝負あり!
シャンティリオン・グレイバスター殿」
判定を聞き、キリーは左手で剣を拾った。
二人は最初の位置に戻り、互いに、次に審判長に、最後に主催者席に礼をして、自軍へ引き上げた。
キリーが歩くそのあとに、点々と血の跡が続いた。
救護班があわてて駆け寄ったが、キリーは手当を謝絶し、そのまま闘技場の外へと出て行った。
あっさりと二本、シャンティリオンが取ったが、二人の実力はそれほど離れていなかったように、バルドには思えた。
それどころか、最初に足に打撃を受けなければ、キリーは経験を生かしてシャンティリオンを翻弄したかもしれない。
相手の様子をみようとしたキリーと、最初から全力の攻撃に出たシャンティリオンの違いが勝敗を分けた。
しいんと静まりかえった闘技場に、馬鹿でかい笑い声が響いた。
「はっはっはっはっ、はっはっはっ。
こりゃあ、驚いた!
とんでもない顔ぶれをそろえるもんだと思っていたが、あちらのほうが、もっととんでもないのを用意してたか。
痛快だっ。
大いに痛快だっ。
あんなやつと戦れるなら、はるばる北の果てから駆けつけたかいがあるってものだ!
うわっはっはっはっはっ」
大赤熊のごとき巨漢が、闘技場の反対側まで届く大声で、そう吠えた。
あれが北征将軍ガッサラ・ユーディエルだろうか。
よく通る声だ。
乱戦の中で多くの味方に届く声を出せることは、将たる者に必須の資質の一つだ。
実戦で磨かれたもののふの匂いがする男だ、とバルドは思った。
イラスト/マタジロウ氏
4
第二試合は、ゴリオラ皇国のガッサラ・ユーディエルが勝った。
第三試合は、これもゴリオラ皇国のマジストラ・ゲリが勝った。
いよいよ第四試合である。
ドリアテッサの相手は、ベンナ・テルモという若者だ。
今日のドリアテッサは革鎧を着ている。
ただし、胸の部分には金属の補強が入っているようだ。
兜は目と口以外を覆う形の物で、これも補強が入っているようにみえる。
金属の全身鎧と違い、いかにも女性らしい体つきがあらわに見える。
兜の後ろからは、栗色の髪がさらりとこぼれ出ている。
呼び出しがかかり、ドリアテッサが進み出たとき、パルザム側からは相当に大きなざわめきが上がった。
名を聞いて女だと知り、驚いているようだ。
ベンナ・テルモが審判長に何事かを言いつのったが、審判長は首を振った。
武器を選んでいる。
細剣は二種類しかない。
長さは同じで、剣の厚みが違う。
二人は相対し、鐘が鳴らされた。
ベンナは真正面から剣を振り下ろした。
なかなかに速度と威力のありそうな一撃だ。
ドリアテッサは右足を強く踏み込んで前に飛び出し、左から右になぐ刺突ぎみの斬撃を繰り出した。
次の瞬間。
ドリアテッサの剣は相手の首筋に突き付けられていた。
パルザム王国側からはどよめきが、ゴリオラ皇国側からは歓声が上がった。
「一本!
ドリアテッサ・ファファーレン殿」
副審二人と審判長の青旗が上がり、早くも一本目の勝負がついた。
再び鐘が鳴らされ、二本目が始まった。
ベンナ・テルモは火のような猛攻をみせた。
技ではなく荒々しさで相手を威圧しようとしているが、それは心の弱い敵にしか通用しない。
ドリアテッサは、すべての攻撃を見切ってかわした。
やがて、攻撃に疲れてベンナ・テルモの動きが一瞬止まった。
その隙を突いて、ドリアテッサの剣が相手の首に突き付けられた。
「勝負あり!
ドリアテッサ・ファファーレン殿」
ゴリオラ側からは先ほどに勝る歓声が上がった。
パルザム側は、ざわめいている。
「うわあ、ひどいねえ」
とジュルチャガが言ったので、何がひどいのかと訊いた。
「いや、だって。
ひどいじゃん、あの言い方。
女を出すなんてひきょうだ。
まともに相手できるわけがない。
抗議して出場を取り消させよう、とかって」
これだけ距離が離れていれば、がやがやと言いつのっている中身など分からない。
ジュルチャガの耳は特別製といってよい。
小さな丸っこい耳なのに。
しかし、まともに相手できるわけがない、というのは笑える。
ベンナ・テルモは、たった今本気そのもので攻撃を仕掛けていたというのに。
負けてから言うべきセリフではない。
係員である辺境騎士団の幹部が近づいて何事かを言い、一団を静かにさせた。
1月22日「細剣部門戦(後編)」に続く




