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心のどこかでわかっていたのかもしれない【後日談】

ハッピーエンドで終わらせたい方は決して読まないでください。


バッドエンドでも良い方だけ読んでください。


本当にバッドエンドでも良いのですか?


それでも良い方だけどうぞ

「大好きよ、紫乃」


「愛しい愛しい紫乃」


「大切な大切な紫乃」


周りの子供たちには当たり前のようにお父さんもお母さんもいて、愛されていた。

お父さんの分の愛を補うようにお母さんから沢山の愛をもらった。


「今日は紫乃の誕生日だから、張り切ってご飯作ったわよ!」


「今日、雨強いから送っていこうか?」


「熱が出ちゃったの? 今日はずっとお母さんがいてあげる────」


 お母さんから愛されて育った。


 ううん、愛されていると信じたかっただけ。


 私はね、知っているの。知らなかったらどんなに幸せだっただろうか。


 お母さんは私の良い母親を演じるという仕事をすることで心を必死に守っていたことを。

 お母さんを守ってくれる人はだれ一人いなかった。

 いつも寂しそうな顔で過去を振り返り、私に隠れて泣いていた。

 

 お母さんは私を愛してなんていないことを本当はわかっていたの。

 お母さんが愛するのはただ一人だけ。お父さんでも、私でもない。


 優しく微笑む瞳の奥の温度は友達のお母さんとは違い、酷く冷え切っていた。


 お母さんは私を愛していない。


「子供に罪はない、私の血の分けた娘だ」


 繰り返す言葉はお母さんが自分自身を暗示する言葉であることを私は分かっていた。

 子供に罪はない、そう思いたいのに私を憎んでいることを私は知っていた。


 幼い私も母と同じように心を守るのに必死だった。

 


 お母さんは私を心の底から愛していると呪文のように唱え、自分を洗脳した。お母さんは私を愛していて、私もお母さんを愛している、そう思うことが私の救いだった。

 こうしてお母さんに依存している私が出来上がった。

 純粋とは程遠い歪な幼い娘が出来上がった。


 お母さんのために復讐をし、お母さんが幸せになる事だけを想って行動した。それしか、生きる方法ほ知らなかったのだ。まるで乙女ゲームのヒロインのような義母も攻略対象のような義母の愛人たちもお父さんも嫌いで気持ちが悪くてたまらなかった。


 私は本当はいつだって怯え、逃げ出したかった。けれどお母さんに依存する私は残り少ない正常な私を許さなかった。


 私の馬鹿な努力は実を結び、お母さんは愛する人と結ばれて幸せにすることが出来た。


 お母さんはやっと守ってくれる人が隣にいる。


 無償の愛を与えてくれる人が。


 お母さんが唯一愛した人はこの人なのだとお母さんの幸せそうな顔を見ればすぐに分かった。その顔を見るたびに私は愛されていないのだと見せつけられているようで惨めだった。それでも、お母さんが幸せで良かったと歪な笑顔を顔に貼り付けた。

 

 私も蒼も日々、笑顔で過ごした。

 私も蒼も既に壊れていたのだろう。いつも心で泣き叫び笑顔を貼り付ける私と、感情をなくしただ笑顔を貼り付けるだけの蒼。

 




 お母さんも、義父となった皐月も私たちに優しかった。


 

 お母さんと義父の気持ちに気付きながらも笑顔で接した。

 鏡に映る自分は満ち足りたように大きく口を開けて笑っていた。心と顔が嚙み合わない。


 飲酒運転をした車に轢かれそうになった時見た二人の顔が鮮明に覚えている。


 靴ひもが解けてしまったため、皆に遅れて信号を渡った。勿論、青で点滅もしていない。

 いつも通り渡っていた。しかし、いつもと違う点が一つだけあった。それは聞いたこともないような甲高い音がしたという点であろう。体に衝撃を受け、ゆっくりと空を飛んだ。きっと実際には一瞬の出来事なのだろうが、ゆっくりに感じた。二人の顔をしっかりと見ることが出来るほどに。再び衝撃を受けた、落ちたのだと分かった。体が痛い、きっと大きな傷になっているのだろうが恐ろしくて自分の体を見ることが出来なかった。

 不安の中、三人を見れば硬直して顔色が悪いが、お母さんと義父は間違いなく私が死ぬことにほっとするように小さく口を歪めていた。

 

 初めてはっきり見た悪意だった。


 一緒に暮らす月日が経つごとに、憎む男の子達と暮らすことにストレスが溜まっていくのだろう。

 ゲーム感覚で人生を壊し、自分たちが苦しんでいる間楽しく暮らしていた男が憎くないはずがない。


 段々お父さんに似てきた蒼の顔をみれば

「似てきたな」

「ええ、そうね」

 と二人で耳打ちする。汚いものを見るかのように顔をゆがめた。


 私が気を抜いて笑えば

「あの男の笑い方だわ」

 そう言って笑い方を矯正するように促された。私は道化師のように笑った。笑った。こんな自分を嗤った。


 私たちを陰からこっそり睨んでいることを私たちは知っている。

 その視線で傷が付くならば、きっと私たちは何度も何度も殺されているだろう。


 お母さんも義父も中途半端な優しさで私達はとっても苦しい。


 普段のことを償うかのような高価なお土産にプレゼント、そして私たちが与えられるには多すぎなお小遣いも私達には要らない。

 あげた後、満足そうに笑うお母さんと義父。

 私達が望んでいないことすら気付かずに押し付けるように渡す。

 私たちは二人の負担を受け取るのだ。もう抱えきれないほど重くなっている。

 

 少しずつ心が削られていった。

 


 それでも私はまだお母さんに依存している。

 お母さんに依存することに執着していた。


 


 私はお母さんが好き



 お母さんの一番じゃなくてもお母さんが幸せならいい



 お母さんがいましあわせでよかった



 おかあさんがしあわせなら、わたしもしあわせ



 なんてしあわせ



 


 お母さんが幸せそうに、あの頃では考えられなかった鼻歌を歌って夕飯の準備をしていた。痩せていた体はふっくらと女性らしい丸みを帯び、傷んだ無造作に束ねられていた髪は茶色に染め、パーマをかけていた。優しく弧を描く唇には紅をさしており、あの頃のお母さんとは比べ物にならないほど変わった。


 きっと頭の中には義父がいて、私はきっといない。

 私の良き母にこだわっていた母はもういない。

 私はただの”あの男の子供”。もう”愛する娘”ではない。

 お母さんには守ってくれる愛する人がいる。もう、あの頃のように必死になって心を守る必要はない。


 お母さんが幸せなら私も幸せだと思っていた。


 確かに、私は幸せだった。自らを洗脳していたが、それは解けてしまった。


 私は幸せじゃない。



 お母さんのためだけを想って生きた人生は私を形作っていた。しかし、もう洗脳は解けてしまった。

 私の基盤が儚く崩れ去ってしまった。

 お母さんに依存していた私がいなくなってしまった。その代わりに別のものに依存する私が生まれた。



 私と蒼は初めてお小遣いを使って買い物をした。その金額はわずかで一か月分のお小遣いですら、まだまだ余る。

 買ったものを抱えて、樹林へと向かう。獣道をひたすら歩き、湖を目指した。枝が足や腕にかすり傷を作るが気にせずどんどん前に進む。

 木々の隙間から太陽の光が差し込む。まるでこれから神が舞い降りるのかと想像してしまうほど神々しい。神を迎えるかのように嬉しそうに風に揺らされた木々によってその光の形はどんどん変わる。

 光を反射させた湖は宝石のようにキラキラと輝き、美しかった。

 優しく包み込むような優しい少し土のにおいがする緑の匂いはあまりに優しく、涙した。


 ここは有名な場所だ。


 







 私たちのような哀しみに溺れ、弱り切った人間が神に助けを求める場所。























 丈夫そうな太い枝にロープを巻き付け、輪を作る。

 

 そこに首を通して、



 私は死への依存を抱いて



 蒼は眩しいほど幸せだった世界の現実に絶望して



 

 足元にある台を蹴飛ばした。
















































































 

  

 



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