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真説・街道上の怪物

 ドイツ軍でのVorhut(前衛?)とSpitze(尖兵?)というふたつの言葉の使い分けを厳密に説明するのは困難です。部隊が移動するとき、先頭に立つ中隊~大隊規模の部隊を前衛と言います。前衛の中でも最先頭に立って先行する小隊~中隊を尖兵と言います。敵にいつ遭うかわからない場所では、尖兵の任務と斥候(Spähtrupp)の任務は重なりますし、主力部隊より先に師団の捜索(偵察)大隊から斥候が出るのが普通です。


 狭い意味での偵察をもっぱら担当したのが、無線装甲車と20mm砲(あるいはもっと強力な兵器)搭載装甲車のチームです。2~3両でチームを組み、遠くの司令部まで状況を打電しながらパトロールしたり、ひとつの位置にしばらくとどまって報告を続けたりしました。


 逆にすぐ近くに本隊がいる前衛では、自分が戻って報告できますし、銃声・砲声そのものが警報になります。前衛には砲などをつけて、当面は戦えるようにするのが普通でした。そのあとどうするかは本隊の指揮官が判断します。戦車連隊や戦車大隊が出す前衛は、本隊と無線通話ができる程度の距離にとどまりましたから、こちらの仲間になります。


 この中間にあたるのが、オートバイや自転車に乗った歩兵や、装甲兵員輸送車に乗った偵察部隊です。すぐ本隊の指示を仰ぐことはできませんが、敵がいたら逃げて帰るのが常に正解というわけでもありません。昔の騎兵のように、一戦交えて有利なら撃退し、不利なら退く自分の判断が必要でした。斥候と出くわす敵部隊も、やはり限られた戦力の斥候である可能性は高いのですから。歩兵や偵察隊との協力を欠いた戦車部隊は、敵歩兵に直接撃破はされなくても、位置を報告され罠を一方的に暴かれて、不利に追い込まれました。


 偵察部隊は退却時の時間稼ぎ(遅滞戦闘)にも使われました。こうなると装甲車と歩兵が協力することもできます。例えば位置のわかった対戦車砲なら、こちらに気づいて向きを変えられる前に装甲車が20mm砲で制圧するチャンスもありました。50mm砲を積むはずだったII号戦車L型や、その砲を流用したSd.Kfz.234/2装甲車は、攻撃より後退支援が仕事になったドイツ装甲部隊の現状を背景に登場したのでしょう。


 偵察の話はこれくらいにして、戦車部隊主力のぶつかり合いに戻りましょう。前話で「戦場の霧」を晴らすための数々の努力について述べました。それならば、相手にとっての戦場の霧を濃くしてやるには、どうすればいいでしょう。相手が得る情報を錯綜させ、相手の判断能力を飽和させる方向へ、状況を動かすには ? そう。挟撃です。奇襲ならもっといいでしょう。それを目指して柔軟に運動できるのが、車長の負担が軽く無線機完備のドイツ戦車が持つ利点でした。


 しかしドイツ戦車ではかなわない敵に、ドイツ戦車部隊はたびたび出くわしました。こうなると連隊長から上のレベルで支援の話をまとめなければなりません。対戦車砲部隊や、88mm対空砲などの貴重兵器を呼び出して罠を張り、敵をそちらに誘導するのです。1940年のアラスの戦いでロンメルがやったのがまさにそれでした。戦車部隊に遅れていた歩兵たちがイギリス戦車に襲われたので、自分だけ戻ってきたロンメルは砲と歩兵で、爆撃機や戦車が集まってくるまで耐えしのいだのです。


 もうひとつ例を挙げましょう。小林源文先生の劇画で「街道上の怪物」というのをご存知の方も多いでしょう。1941年6月24日、第6装甲師団が出くわしたKV-IIの話です。


 小林先生がKV-Iでコミックスを書いてしまわれたのは有名な話ですが、この日にふたつの戦闘群に分かれて進んでいた第6装甲師団は、実際あちこちでKV-IとKV-IIに遭遇しました。このころ装甲師団には、4門だけ105mmカノン砲がありましたが、ラインハルト軍団長が異変を聞いて現場近くまでやってきて、その承認で88mm砲も送ってもらえることになりました。


 午後になって88mm砲も到着し、この砲と105mm砲の活躍で、数両を撃破することができました。1両だけ「対戦車地雷5個の集束爆薬」で破壊されたものもありました。柄つき手榴弾の先っぽだけ6つ足した「集束手榴弾」は絵的にイケている兵器ですが、大戦中期のドイツ軍対戦車戦マニュアルには、「キャタピラを切るには集束手榴弾では火力が足りない。むしろエンジングリルの上に乗せろ」と書いてありました。まあそれはそれでホールインワンみたいな投げ方が必要だと思いますが……。


 そんな中で、1両のKV-IIが師団の補給路に迷い込むように現れ、街道に居座ってしまったことにラウス大佐は気づきました。このころの装甲師団には昔の名残で「戦車旅団」と「自動車化歩兵旅団」が含まれていて、それぞれの指揮官が戦車と歩兵と砲兵を少しずつ混ぜた「戦闘群」を率いていたのですが、ラウスは歩兵旅団長でした。


 なにしろKV-IIが動きませんからどこにも誘い込むことはできません。88mm砲をそろそろと近づけましたが、距離800mで気づかれ、砲を破壊されました。


 夜になって車体に爆薬を仕掛けたり、主砲に爆薬をひっかけて折ろうとしたり、工兵が奮闘したのですがダメでした。


 翌朝、師団の戦車隊が決死のおとり攻撃を敢行しました。第6装甲師団というのは、旧式の35(t)戦車を集中運用していた師団で、沼にはまった35(t)戦車がKV-I戦車に丸ごと踏まれた戦例があったくらい隔絶した性能差があります。それでもカンカンと砲を当て、夜のうちに移動した88mm砲が真後ろから撃てる位置にKV-IIをおびき出しました。そして1発。2発。3発目でようやく砲塔の回転が止まりました。さらに4発。5発。心配でならないドイツ兵は7発の88mm砲弾を撃ちました。


 しかし近寄ってみると、その用心は全く正しかったことが分かりました。ラウスたちが見たものは、2つの穴と5つのへこみでした。


 そして砲塔が再び回り始めました!


 KV-IIを最終的に撃破したのは、工兵が88mm砲の開けた穴から放り込んだ手榴弾でした。


(あたらしい第2次大戦期ドイツ戦車のはなし 完)


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