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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【二十二章】時の女神の時計

 再度馬車に乗り、今度はハーヤネンへ向かう。


「師匠……」

「うん?」

「ルーカスがルースってなってました」

「……だな」

「もげてしまえといったから、ですかね」

「ぶはっ。……なるほど、あそこも名前ももげてるな」

「ずっとそれを言いたくて!」

「……そ、そっか」

「言えてすっきりしました」

「お、おう」


 ハーヤネンは城下町から徒歩で半日だが、馬車で移動しているのでそれほどかからない。

 ほどなくして村の入口に着き、降ろしてもらった。

 そしてふたりは村の中心部を通り、真っ直ぐに教会へと向かった。

 教会への道には人が通ると反応する魔術が組み込まれているため、ヘルガは気がついているだろう。

 予想通り、教会へたどり着くと扉の前にヘルガが立って待っていた。


「よく来た」

「突然の訪問で申し訳ない」

「いや、そろそろ来るだろうと思っていた」


 そういってヘルガは笑った。


「さて。私に用か? それともなにか見たいのか?」

「あの……無理を承知でお願いなのですが、また、あの壁画を見せていただきたいのです」

「……壁画を?」

「はい。とても引っかかるのです」

「あれは……。夜まで待ってくれないか」

「あ……はい! ありがとうございます!」

「それまで宿でゆっくりしていればいい。ハユリュネンという名の宿屋にユリウス殿の名前で部屋を取ってある。場所は村の中心部にある大きな建物だからすぐに分かるだろう」

「ああ、ありがたい。それではアイラ、行くか」

「はい」


 ヘルガに見送られ、ふたりは再び村の中心部へと移動した。

 行くとすぐにヘルガが取ってくれた宿は分かった。村の中心部に接していて、まつりの日はこの宿からだといろいろと便利そうだ。

 宿に入り、ユリウスが名前を告げるとすぐに対応してくれたのだが。


「……一部屋?」

「ええ、ヘルガさまからは一部屋でよいと言われましたので」


 ユリウスとしてはふたりで一部屋に異存はないのだが、アイラはどうなのだろうか。

 隣にいるアイラに視線を向けると、真っ赤になって俯いていた。


「え……と?」

「ひ──ひ、ひ、一部屋で、いいいい、いいですっ」

「……アイラがいいというならいいけど」

「それでは、こちらが鍵になります。簡易ですけど風呂もついてます。ごゆっくりー」

「…………」


 ユリウスは真っ赤になって妙に固まっているアイラを連れて最上階の五階に赴いた。

 指定された部屋の扉の前に立ち、ユリウスはどう反応すればよいのかかなり悩んだ。

 ここって宿で一番よい部屋……なのではないだろうか。

 いわゆる『新婚さん』が泊まるような……。


「ぜってーあのばーさん、なんか勘違いというか変に気を回しすぎてるというか」


 やれやれとユリウスは言いながら鍵を開けようとしていたが、アイラは隣でうーと唸っていた。


「アイラ? 調子が悪いのか?」

「あ……、いえ。調子は悪くないですよ」

「ならいいんだが」


 調子が戻ってきているとはいえ、王の元へ行き、そのままここへ来たのだ。疲れてはいるだろう。休めるときに休んでおかないと倒れてしまう。

 だからと扉を開けたのだが。


「…………」

「…………」


 うっすらと予想していたとはいえ、広い部屋に大きいとはいえ寝台はひとつしかない。


「アイラは寝台を使え」

「え……でもその、師匠は」

「俺は適当に寝る」

「えと、あのっ。ひ、広いですから、そのぉ……」

「先に言っておくが、端と端に寝るはなしだからな」

「どうしてですか」

「寝返り打ったら落ちる」

「ぅ……。そうですね。で、でも! い、いいいいぃ~、いまさらって気もしないでも」

「アイラ、落ち着け」

「えやまとっ! お、落ち着いてますって」

「意味の分からん言葉を発するな」

「それでは、こうしましょう」

「なんだ」

「真ん中に仕切りをしましょう」

「…………」

「半分こにしましょ、ね?」

「アイラはどうあっても俺と一緒に寝たいと?」

「そっ、そういう訳では」

「まあ、あってもなくてもどっちでもいい。アイラが俺と結婚すると言わない限りはなにもしない」

「ぇ……。なにかする気があったのですか」

「おまえは無防備すぎるぞ。少しは危機管理をしろ」

「師匠はわたしが嫌がることはしないって信じてますから!」

「…………」


 ユリウスはその一言にどっと疲れを感じた。

 アイラの信頼を自ら踏みにじれるほどユリウスは大胆ではないので、結局のところ、なにもしないでおくことしかできないのであった。哀れ。


 ふたりはそれぞれ部屋の中を見て回り、夜まで休むことにした。


     +◇+◇+◇+


 陽が沈んで夕食を食べた後、ふたりは教会へと赴いた。

 やはり扉の前でヘルガは待っていた。


「さて、行きますかな」

「お願いします」


 ヘルガの後をふたりは黙ってついて行く。

 前と同じように扉が開かれ、中へと入った。

 アイラは真っ直ぐに壁画まで歩み寄り、じっと見つめていた。

 ユリウスも再度、壁画を見る。

 時の女神伝説を描いた壁画だと思われるのに、女神が左端なのが気になる。どうして村の青年が真ん中で、右端に見たことのない獣が描かれているのだろうか。


「……ん?」


 待てよ。


「これ」

「前に見たとき、しっくりこなかったので確認にきたのですが、この絵、よくよく見るとますますおかしいのですよ」

「ヘルガ、これって本当に『時の女神伝説』の冒頭・・を描いたものなのか」


 ユリウスの質問にヘルガは笑った。


「だれもが最初、そう勘違いする」

「違うのかっ?」

「ああ、違うのだよ。これは時の女神が天に帰る・・・・場面だ」

「……天に?」


 それでも、なにかがおかしい。


「それでは、村の青年の後ろにいる獣が天からの迎え……?」


 にしても、しっくりこない。


「いや、それは違う」

「違う?」

「師匠! 見てください、これ!」


 アイラはなにかを見つけたようで、ユリウスを呼んだ。


「青年の首もと」

「……ん?」

「鎖が生えてます」


 そう言われて村の青年をよく見ると、どこかで見たことのある鎖状のものが青年の首の辺りからうっすらと描かれていた。それをたどると……。


「獣に繋がっている?」


 前に見たときは気がつかなかったが、そこに確かに鎖が描かれていた。


「これの意味するところはなにでしょうか」

「……うーむ」


 絵の描かれている壁は周りよりはだいぶ均されて平らに近くなっているとはいえ、磨かれているわけではないので凹凸がある。しかも彫った人物の描写力もあまり高くないようでわかりにくい。


「鎖……ねえ」


 アイラの首からも見えない・・・・鎖があったけれど、あれは第一王子に襲撃されたときにアイラの中へ収まったはず。

 そう思い、アイラの首元を見ると鎖はなかった。時が戻ったからといってそこまで戻ったわけではないようだった。

 それにしても、この符号はなんだろうか。


「んー」


 ほかになにか手がかりはないかとユリウスが壁画をにらみつけていると、横にいたアイラは別のことに気がついたようだ。


「教会長」

「なんだ」

「この間、時の女神の宝物といって片づけていたのはそこですか?」


 アイラの指先をたどると、壁画の下が丸くくり抜かれていて、そこになにかがはまっていた。大きさは手のひらくらいだろうか。


「そう。時計・・だよ」

「時計……?」


 この世界にも時計はあるが、金属はとても貴重なので盤面や針などは木でできている。それなのに壁に埋め込まれているのはすべて金属でできているように見えた。


「時の女神が持っていたと言われる時計だ」

「時の女神が……?」


 教会と同じように新しく見えるのに古いと感じてしまう。やはりこれにも時止めの魔術がかかっているのだろうか。


「触ってみてもいいですか?」

「触れるくらいならば」


 ヘルガの許可を得て、アイラとユリウスは時計の縁に触れた。

 その途端。


「────っ!」


 ぐらりと世界が歪んで見えたと思ったら。


「ユリウス殿っ! アイラっ!」


 ヘルガの目の前でふたりはふっと姿を消した。


     +◇+◇+◇+


 上も下も分からない妙な感覚。まるで時を戻っているかのような……。

 時を戻るっ?

 アイラはあわてて目を開いた。

 目の前には金色に輝く空間。そしてたまにふわふわとした固まりが流れていく。


「ここは……どこ?」


 発した声は響くことなく吸い込まれていく。

 辺りを見回しても端が見えそうにないくらい広くて金色の空間。

 不安に思いつつも歩みを進める。しかし、足音さえしない。

 このまま進んでもいいのかと足を止めると、少し先にぼんやりとなにかが見えた。かなり遠いように見えたが、アイラはひとまずそれに向かって進むことにした。

 一歩、二歩……と歩みを進めると遠くに見えていたはずのなにかがぎゅいんと近づいてきてアイラは驚いて止まったのだが、それはさらに近づいてきた。

 そして、アイラがそれがなにか認識できる距離まで寄ってくると、止まった。

 アイラの目の前に、見たことのない金色に輝く獣──がいた。

 そう、それはまるであの壁画にあった村の青年の後ろに描かれた獣そのものだった。



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