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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【十三章】時を乗り換える?

 アイラの言葉にユリウスは言葉を失った。想像もつかないとてつもなく大きな存在を背後に感じたのだ。


「たとえばだが」


 怖じ気ついたものの、ユリウスはどうにか口を開くことはできた。だが口内が思ったよりもからからに乾いていた。だから紐の奥に置いた器に手を伸ばし、一気に飲み干した。


「分離した時はそのまま複数個、存在しているということは?」

「ありえないような気がするのです。だってだれも必要としない料理をいつまでも処分しないで放置しておいたらどうなりますか?」

「……腐るな」

「腐るだけならともかく、腐臭を放ったり、それに虫が群がったりと考えるとそのまま放置がどれだけよくないことか分かりますよね」

「分かるが。分かるんだが、それってどういうことだ?」

「師匠、わたしがいたのは教会です」

「う? おう」

「あの教会はどんなところかご存知ですか」

「知っている。時の女神を信仰している……って、時の女神クロノス・デアっ?」

「はい、そうなんです。……なんだか因縁めいたものを感じませんか」

「ふぅむ。……もしかしなくても、あの教会には時の魔術がかけられているのかもしれない」

「時の魔術?」

「ああ。アイラを迎えに行った時、あの教会、変な感じがしたんだ」

「変な感じ?」

「なんと説明すればいいか分からないけれど、新しいのに古い……といって分かるか?」

「いわんとしていることはなんとなく分かります。あの教会、相当古いと聞いていましたけど、見た目だけならとても古いように見えませんでした」

「すごく新しく見えたが……古いのか? あれ、建て替えたわけでは?」

「建て替えるような財力があの教会にはありませんでしたよ」

「え……? 古いってどれくらい」

「それこそ、この国の建国より古いと聞きましたが」

「マジかっ!」

「はい、マジです」

「……建って一年やそこらだと思っていたんだが、違うのか」

「ええ。少なくともわたしの記憶にある時からあの建物はあのままです。……まあ、わたしが何度も壊してますけど」

「だけど直っている、と」

「はい」

「時止めの魔術がかかっているんだろうな、教会に」

「時止めの魔術とは?」

「あまり得意ではないんだが、たとえばだ。……この紐でいいか。普通ならこうやって紐を持ち上げて手を離すと……」

「落ちますね」

「そう、見た通りだ。しかし、ここで時止めの魔術を使うと……だな。……むっ。これでいいか?」

「え……? なんで真っ直ぐに紐が立ってるのですか……?」

「く……っ」

「あ……落ちた」

「はぁはぁ……。ま、まあ、そんな感じだ」

「え……? 師匠? なんでそんなに真っ青に?」

「いや、少しこの時止めの魔術は難しくて、しかも大量に魔力を消費する。……すまないがアイラ、ちょっと膝から降りてくれるか」

「……いやです」

「は?」

「やだ。……ユリウスが死んじゃう」

「それは大丈夫だって。いきなり大量に魔力を消費して反動で疲れてるだけだからだって。少し休めば直る」

「ぐす……。嫌です」

「極端だな」


 アイラは不安なのか、無言でユリウスの身体にしがみついてきた。その仕草がかわいくて、ユリウスはアイラの身体に腕を回した。どうやらアイラはユリウスのことをひどく心配しているらしい。

 とそこでユリウスは気がついた。

 どうやらアイラはユリウスが死ぬかもと思ったら素直になるようだ、と。

 名前を呼んでもらえるのはうれしいけれど、複雑な気分だ。


「とまあ、時を止める魔法というのは見ての通り膨大な魔力を必要とする」

「……はい」

「それがこの国よりも古い教会にずっとかけられている……ということは」

「時の女神が関与しているということですか?」

「そうなるな」

「……あの」

「なんだ?」

「わたしをあの教会に連れて行ってくれませんか」

「なんだ、唐突に」

「あの教会には辛い思い出しかなくてずっと目を背けていました。でも今、それではいけないのではないかと思ったのです」

「まあ……連れて行くのは問題ないが、その」

「なんですか? はっきり言ってください」

「死なないか?」

「それは分かりません。けど、それを気にしていたらなにもできません」

「……確かにな。分かった。今日は無理だから明日な」

「はいっ! ありがとうございます!」

「……まあ、教会に行くのは決まったが、それで問題が解決するわけではないからな」

「はい。でも前進すると思います」

「それならいいんだが、ますます謎が深まりそうだという懸念もある」

「それはそれで新たな情報を得ることができたということですよね」

「そうだな」

「ちょっと怖いですけどね」

「俺がいる」

「はい」


 アイラの腰に回っていたユリウスの腕に力が加わったことでアイラは今の状況を思い出して慌てた。


「わわわわっ!」

「どうした?」

「わっ、わたしっ」

「うん?」

「なんでこんなに密着してるのですか? さては師匠のせいですねっ!」

「……そういうことにしておいていいよ」

「離してください!」

「いやまあ、いいけど」


 ユリウスはアイラから手を離したが、アイラは降りなかった。特にそのことに指摘することなくユリウスは口を開いた。


「世界は第二王子を不要とみなしたということか」

「そうなりますね」

「どうしてだろうな?」

「え……?」

「アイラに害をなしたからか?」

「それは……どうなんでしょうか」

「用済みは容赦なく存在そのものを抹殺するなんて恐ろしいな」

「……そうですね」

「俺もそのうち、要らないと思われたら消されるのかな」

「──っ! 嫌です! そんなのっ! 駄目です!」

「……いやまあ、すまない。やっぱり泣くよな」

「意地悪……」

「すまない」


 素直に謝るユリウスの胸に顔を埋めてアイラは泣いた。


 ──十年、か。


 思わずユリウスは胸の内でそんなことを思う。

 ユリウスがアイラを引き取ったのはアイラが八歳の時。産まれてすぐに教会に捨てられていたという話だから、アイラはユリウスが引き取るまで教会で育った。

 教会という場所柄、孤児や事情があって育てられない子どもなどが捨てられたり引き取られてくることがある。ユリウスがアイラを迎えに行ったときも何人か子どもがいた。そしてみな、身ぎれいな恰好をしていたし、独り立ちできるようにときちんとした教育も施されていたようなのだ。分け隔てなく、平等に。だから問題児であるアイラも例外ではなかった。

 アイラは実はとてもとんでもない力の持ち主なのだが、アイラの力を正しく認識していた人は皆無だったのだろう。なので教会ではちょっとばかりおてんばが過ぎる子どもという認識でいたと思われる。

 アイラの持つ力は共同生活を送る上でなにがしらもめ事の種になっていた可能性もある。それゆえに教会の人たちはアイラに少しばかりきつく当たられていたのかもしれない。

 そしてなにか分からないが、決定的な事件が起こった──のかもしれないし、なかったのかもしれない。

 あるいはアイラが成長するにつれて力は強くなっていっただろうから次第に手に余るようになったのだろう。

 そちらの方がしっくりくる。

 そして教会が自然に直るのはアイラの力ではなくて教会が持つ──教会に掛けられた魔術のせいなのだが、それでも教会が壊れるのはアイラの力のせいだったのだろう。

 と考えると色々とつじつまがあってくる。

 どちらにしろ、ユリウスは王の命令とはいえアイラを引き取り、育てることにした。

 最初、話を聞いたときはまったく乗り気ではなかったのだ。なにしろ女の子だ。ひどく戸惑ったのを覚えている。それでも引き受けたのは、自分の境遇に似ていたからだ。

 アイラにも言ったが、同情だった。

 らしくないと思ったが、しかしユリウスも早くにきちんと力の制御の仕方などを教えてくれる人と出会っていれば人生が変わっていたかもしれないと思ったからだ。

 ユリウスのような不幸な子どもが一人でも減ればと思ったのだが。

 引き取って家に連れて帰っても特に問題はない。

 確かに人並み外れたというよりは人としてはあり得ないほどの魔力を持っていたが、制御ができていないというわけでもなさそうだった。むしろどうしてこの歳でここまで魔力を制御できているのだろうか。それが疑問だった。

 とはいえ、ユリウスの家は魔力の制御がされやすいような造りにしていたからそのためだったのかもしれない。

 アイラを引き取ってしばらくは平和だった。

 しかし。

 今、思い起こせばアイラが来てから事件が起きやすかったような気がする。それでもユリウスがすべて撃退していたから大して問題にならなかった。頻度の高さに相手をするのが面倒になったから結界を張った。そうするとやっかいごとはほぼなくなった。

 そうして二人はそれなりに穏やかに暮らしていた。

 ──と思う。

 別にやらなくていいと言ったのに、アイラは引き取ってもらったせめてものお礼にと家事と掃除を一手に引き受けてくれた。そのあたりは得意ではなかったからユリウスは助かっていた。

 そう、引き取ってから十年。

 決して短くない時間をアイラとユリウスはともに生きてきた。

 そしてなにがきっかけだったのだろうか。

 アイラは死んでしまうという最悪な結末を繰り返さなければならなくなったのだ。


「あの……師匠?」

「んあ?」


 アイラが泣き止むまでと思ってぼんやりと回想をしていたらその当の本人が声を掛けてきた。


「その……すみません。何度も泣いてしまって」

「いや、悪かった」

「……はい。それではその、夕飯を作ります!」

「その前にひとつ確認だ」

「なんでしょうか」

「第二王子は本当に存在していたん……だよな?」

「すでに時が変わってしまったので断言はできませんが、わたしたちが経験した別の時には存在していました」

「そうか、分かった。ありがとう」

「はい。師匠、夕飯のおかずはなにか食べたいもの、ありますか?」

「特にはない。任せる」

「分かりました。それでは作りますね」

「よろしく」



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