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何度だって甦る~伝説のパラドックス~  作者: 倉永さな


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【十二章】時の流れ

 家に帰ってアイラはすぐに着替えた。それからユリウスに確認したくて部屋を出るとユリウスも同じことを思ったようで部屋を出てきたところだった。全身真っ赤な服から茶色の地味な服へと替わっているのを見て、アイラはほっとした。

 ユリウスは目鼻立ちがしっかりしているから少し派手に見える顔立ちをしている。服まで派手にすると濃くてげっそりしてしまうのだ。

 アイラは城に行くときの格好よりも普段着のユリウスが好きだった。


「奇遇だな」

「いろいろと話したいと思うのですが、よろしいですか?」

「場所はどうする?」

「え……と」


 またもやこの選択を間違えると死が待っているような気がして躊躇するが、帰ってきて喉も渇いていたので台所へ移動することにした。

 アイラはお湯を沸かしてお茶を用意した。


「ほら、座れよ」


 ユリウスはやはり前の時と同じように長椅子の座面に足を乗せて横に座っていた。ユリウスは太股部分をアイラに指し示した。

 アイラはすねの上にわざと乗ってやろうかと思ったけれど、自分が痛そうだと思い、止めた。

 お茶を置くと少し考えて、アイラはユリウスに近づいて素直に座ろうとした。

 のだが。


「うぎゃあ!」


 この人が一筋縄でいかないのはアイラも長い付き合いで分かっているはずなのに油断していた。

 長い腕が伸びてきて腰を掴まれたかと思ったら引き寄せられた。


「あの……?」

「アイラの温もりだ」

「っ!」

「んー。丸太体型もなかなか捨てがたいな」

「なにをっ!」

「まあまあ、そう嫌がらずに。昨日の夜、俺にしがみついてきてかわいかったなあ」

「ひぃっ! 引き寄せないでっ!」

「遠慮しないで膝の上に座れ」

「うわぁ、これはなんの罰ですか!」

「俺へのご褒美」

「うっ……」

「どうした?」

「……嫌です」

「ん?」

「なんですか、そのご褒美って」

「えっ? うわ! な、泣くなよ! 泣くほど嫌だったのか?」

「師匠がいなくなるなんて……」

「アイラ? ……いやまあ、おまえから抱きついてきてくれるのは歓迎なんだが……。それにしても困った。今のどこに泣く要素があったんだ」

「師匠……嫌です。わたしを残して死なないでください」

「……ったく」


 ユリウスはぐすぐすと泣き出したアイラを抱き寄せて向かい合わせで膝の上に乗せた。ぎゅっと頭を腕で巻き、子どもをあやすように背中を撫でていると落ち着いてきた。

 ようやく泣き止んだと感じたユリウスは腕の力を緩めると、アイラはユリウスの胸元に顔を擦りつけて顔を上げた。


「……あの」

「なんだ」

「離してください」

「このままでも話はできるよな?」

「…………できますけど」

「けど、なんだ」

「恥ずかしいです」

「恥ずかしがることはない。……喉、乾いただろう? ほら」

「ありがとうございます。……って、違いますって!」

「まあいいから飲め」


 アイラは言われるままにお茶を飲み干し、ユリウスは器用に茶器からお茶のお代わりを注いだ。


「それでだ」

「……このまま話を続けるのですか」

「不都合か?」

「うー……」

「まあ、いいから」

「……重くないですか?」

「幸せの重みだ」

「重いということですね」

「そりゃあ、肉体があるのだから重たくて当たり前だ」

「……どうしてでしょう。師匠が『肉体』と言うと妙に卑猥な言葉に聞こえるのは」

「ずいぶんな偏見だな」

「偏見ではないですよ。事実です」

「…………」

「師匠に迷惑を掛けたみたいですし、師匠がこれでいいというのなら今日は甘受いたしましょう」

「甘受って……。話が進まないからすすめるが」

「はい」

「俺たちの記憶の中にはこのクロヴァーラ国には第一王子のルーカスと第二王子のレーヴィがいると認識されていた」

「そうですね。わたし、第二王子に殺されました」

「……ふむ。聞くのは辛いんだが、どういう状況でおまえは死んだ?」

「え……と、ですね。…………え?」

「どうした?」

「え、いえ。それがですね」

「おう」

「……思い出せないのです」

「思い出せない?」

「はい。……ひどい痛みは嫌になるほど鮮明なのですが、でもこれも時間が戻ってきてこちらで感じた痛みのような気もします」

「覚えていない?」

「それがですね、師匠」

「う、うむ。そんなに顔を近づけてこなくても」

「あ、ごめんなさい。つい、興奮して」

「まあ、俺としてはそのままチューっとしてくれたら大歓迎なんだが」

「遠慮いたします」

「それは残念」

「……それでですね。前にも少しお話をしましたけど、わたし、すべてを覚えているワケではないのです」

「二日酔いのような状態だと言ったな」

「ちょっと語弊がありますけど、自分が体験したはずの出来事なのに、体験したかもしれないというぼんやりとしたことは覚えているけれど、詳細は思い出せないというか覚えていないというか……なんでしょう、このなんとも言えないむずがゆさ」

「うーむ」

「師匠は時の流れがどうなっているのかご存知ですか」

「話が飛ぶな。……答えるが、分からない」

「わたしも分からないのですけど、少し考えてみました」

「ほう」

「時は目には見えません」

「見えないな」

「だけど昔の人たちはそれを可視化しようとしました」

「時計か?」

「そうです。時計が作られるまでは太陽が昇り、沈む。そしてまた昇る……で一日とわたしたちは認識していたと思います」

「あとは月の満ち欠けも合わせて」

「はい。そしてわたしたちのもう一つの共通の認識。太陽と月は規則的に同じ方向へ毎日動いています。それらは進むことはありますが後退することはありません・・・・・

「……そう、だな。後退はしないはずだ」

「ですが、わたしは何度も時を遡って戻ってきてやり直しています」

「アイラの存在が異質ということか?」

「そうなります」

「いや、まあ……なんだ。アイラはそういう希有な力を持って生まれてきているが世の中の理からは外れていないだろう」

「どういう意味ですか?」

「ありえないものはこの世に存在しない・・・

「…………」

「世界がアイラを異物・・と認識したら、アイラが死んだ時点で時が戻るなんておかしな現象は起こらないだろう?」

「……そう、なのでしょうか」

「そうしないと説明がつかないだろう、時が戻ることの」

「それでは……わたしはここに存在していても問題ないのでしょうか」

「あるわけないだろう。あったとしても俺が必要としている」

「……はい」

「泣くことはない」

「それでも、すごく……悩みました」

「俺がいつでもアイラを肯定してやる」

「はい」

「続けてもいいか」

「はい、大丈夫です」

「ここまでのアイラの説明は分かった。でもこれは前提だろう?」

「そうです。たとえとして適切かどうかはわかりませんが、わたしが今から夕食を作りますといって台所に立ち、料理をします。だけど残念なことに失敗してしまいました」

「なんとも生々しいたとえだな」

「もっと師匠にとって生々しいたとえを出しましょうか?」

「いや、いい」

「攻撃魔術を放ったものの相手に当たらなかった場合」

「……まあ、まったくありえない話ではないな」

「失敗した料理は失敗作が残りますし、当たらなかった魔術は対象以外にぶつかりますよね」

「うむ」

「それでは、ここからが本題です」

「前置きが長いな」

「仕方がないではないですか、分かりにくいものを分かるように説明しようとしているのですから」

「そうだな」

「先日の話が分かりやすいのでこちらを使いますが、王に呼ばれたという今日、師匠は第二王子に殺され、わたしもたぶんですけど第二王子に殺されました」

「…………」

「わたしが死んだことで時間が戻り、師匠もわたしも生きています。だけど、時間が戻る前の世界では存在していた第二王子がなぜか消えています。しかもわたしたちは同じ時間をやり直していて、しかも今回は前回の終わりになった時間より先に進めています」

「……そう説明されるとなんだかややこしいな」

「これからさらにややこしくなります。存在していた第二王子がきれいさっぱり消えて最初からいない人となっているのはどうしてでしょうか。そして前の時間とは変わってしまった状態ですが、前の時間が存在していなかったわけではないです」

「……ん? ちょっと待てよ。なんだそれ、おかしくないか」

「そうです、おかしいのですよ。わたしたちは複数の時間・・・・・を経験したことになります」

「……時は一方方向にしか流れないというのが前提だという話をした」

「はい」

「俺たちは連続した世界に生きていると思ったが、なぜか戻っている」

「そうです」

「むむむ? ……なんだこれ?」


 ユリウスはアイラを抱えたまま、またもや眉間を指で叩き始めた。


「なんで同じ時間が複数・・存在しているのだ?」


 ユリウスは顔を上げ、じっとアイラの頭を見つめていたかと思うと腰に回していた片腕を解き、アイラの頭上へと持ち上げた。

 そしてアイラの耳にしゅるりという音が聞こえた。そしてすぐに肩に髪の毛が落ちてきたのが分かった。


「あ! 師匠、なにをするのですか!」

「……時というのはこの紐のように一本になっているはずだ。とても単純で、それでいて美しい」

「……わたしの髪を結っていた紐」


 ユリウスはお茶の入った器と茶器を机の端に寄せ、紐を伸ばして置いた。


「しかし、時が戻るということは、だ」


 紐の半ばをユリウスはつまんで折りたたんだ。


「こういう同じ時間が時間が戻った分だけ存在しているということか」

「師匠、それはちょっと違いますよ」

「違うのか?」

「そうです。時間が戻ったからといって必ずしも前と同じ流れをたどるとは限らないのです」

「……なるほど、そうだよな。同じことの繰り返しになるのなら時を戻す必要はない」

「そうです」

「……となると、この紐が時の流れその一だとすると、時が戻ると流れその二が自然発生するということか?」

「はい。さらに複雑なことに未来が変わったことで過去も変わってくるということです」

「……なんだそれは」

「そうなんですよ。わけがわからないのです」

「時は一つではないのか」

「本来はそうなのかもしれませんが、わたしという存在が時を複数に分けてしまっているようなのです」

「……だけど俺たちは一つで……」

「だと思います。それぞれの時にわたしたちが存在しているわけではなく、わたしが死ぬ度に人々は新たにできた時に移し替えられる、と」

「それでその移し替えの時に世界に不必要だと認定されてしまった存在は振り落とされる、と」

「そうだと思います。……料理を複数個作って、すべて失敗ではなくて五つ作ってその中の一つが失敗だったら、食卓に上らずに処分されてしまうのと似ています」

「……処分?」

「はい。そう考えないとつじつまが合わないのです。だって本来は時は一つだけなのですよ? だけど失敗だからといって捨てられる時が今まで複数個も存在していたのです。ですが時は変わることなくひとつとして流れています」

「……今まで俺たちが乗っていたと思われる時はどこに消えたのか、か」

「それってすごく怖いことではないですか」


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