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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

舟屋暁屋

ふてほど川下り

作者: 山本大介

 ふてほど時代の川下り。

 

 昭和40年夏、柳川にて。

 昭和30年代にて、にわかに始まったとされる 柳川の観光川下りは、高度成長期の時代ともに相まって、生活にゆとりのできた人々たちの遊興娯楽として注目し始めていた。

 いわゆる観光ブームである。


 一郎は桟橋でハイライトのタバコをふかしている。

 夏のさかり、こんな日に川下りをする人なんて酔狂なやつだ。

 彼はそう思いながらも、ぼんやりと掘割の水面を眺めていた。

 だけど、客がいないと川下り(商売)は成り立たない。

「因果なもんだ」

 一郎はそう呟く。


 すると、ボロ小屋の乗り場から切符を買い、こちらへと向かってくる客がいた。

 スーツを着てパリッとした身なりの中年男性は、

「よう 坊主 いいかい」

「ああいいよ」

「見たところまだ 中坊のようだが」

「なんだい、なんか文句でも」

「いやいい」

「なんだよ、それ、 子供だからって、タバコ吸うなって言いたいのかい」

「まあな 俺は教師だから」

「先公かよ!」

 自嘲しながら言う男に、一郎は大げさに驚いてみせた。


 一郎はどんこ舟にお客(男女)たちを案内し、竿置きから長尺の竹竿を手に持って舟の端に立つ。

「じゃあ行くよ」

「頼むよ」

「お願いします」

 男と品の良さげな婦人は頷いた。

 一郎はゆっくりと竹竿の先端を水底に突き刺し押しだすと、どんこ舟は進みだす。


 陽は真上にのぼっている。

 舟は柳川橋を抜け、2つ川の両際、雑木と柳並木を横目に舟は城堀水門へと入った。

 幅2.6mメートルの隙間を、1.7メートルのどんこ舟が水門の壁をかすりもせずくぐり抜ける。

「うまいな」

「当たり前だよ」

 一郎はそっけなく 答えた。 

「そっか」

「そうだよ」

 掘割は二つ川より狭くなり、両側には古い家が建ち並ぶんでいる。

「ここは昔の城下町だったところね」

 婦人がそう言うと、男と一郎は頷いた。


 ほどなくして、一郎の顔が曇った。

 向こう正面から、側面が黒色のどんこ舟がやって来る。

「あれは?」

 男が指さすと、一郎は、

「よその舟」

 と言い、舟を右岸へと寄せる。

「くそっ!」

 が、彼がすぐに苛立ちを表し叫ぶ。

 なんと、前方の舟が同じ動きで通せんぼをしたのである。

「お客さん、ごめんっ!」

 一郎は竿を巧みに扱い、舟の左側面を岸辺に当てると、

「ふん!」

 竿を底へねじ込み、後ろへ下がる。

 危機一髪で舟は衝突を回避した。

「ヘタクソ!」

「うるさいクソジジィ、避けれただろ。わざとするな!」

「なんだと!」

「下り(こっち)優先だろ」

「俺が知るか!」

「・・・・・・」

 一郎は目を閉じ無言となって諦めた、言ったとて暖簾に腕押しだからである。

 その表情をみた船頭は激昂する。

「覚えとけよ!」

 捨て台詞を吐いてから、わざとゴツンと一郎の舟にあて離れていった。

「・・・なんだ今の」

 男は驚いて呟く。

「むかしの連中はここが自分の場所って思ってるからさ」

「大丈夫?」

 婦人は心配そうに呟くが、一郎は笑顔を見せ、

「気にしないで」

 と言い、舟を進める。


 岸辺のバラック小屋から声があがる。

「お客様さん!お酒あるよ」

「ったく」

 一郎は竿に力を入れ、その場を通り過ぎようとする。

「あれは?」

「悪徳売店、通常の倍の料金をとるんだ」

「おいっ!」

 店の店主が怒鳴る。

「寄っていいわよ」

 婦人がそう言う。

「いや、いい」

「おいっ!一郎っ!お客様さんが寄りたいって言ってるだろ!寄らんか、こらっ!」

「はあ」

 一郎は溜息を一つつき、

「じゃあ、寄っていいの」

「ああ」

 男性は頷いた。


 舟が店の桟橋に止まると、店主が揉み手をしてでてくる。

「一等酒ありますぜ」

「じゃあ、それもらおう」

「私は何か冷たいのを」

「じゃあ、舶来品のラムネを・・・」

「嘘つけ、そこの酒屋のラムネだろう」

「お前はいちいち五月蝿いな」

「ふふふ、じゃあ、一郎君にもとっておきのラムネをくださいな」

「毎度、毎度」

「・・・だったら、俺、酒がよかっ・・・」

「駄目だ」

 男はぴしゃりと言った。


 舟が弥兵衛門橋を抜けると、掘割が開けてくる。

「それじゃ、歌うかな」

「待ってました」

「白秋の「この道」を・・・」

「白秋先生だろ」

「どうだっていいじゃん」

「よくないよ」

「じゃあ、白秋先生の「この道」」

「よし」

「なんだかなあ」

 一郎は息を吸い込むと歌いはじめる。

「♪この道・・・」

「五月蝿いよっ!」

 待ち構えたかのように、前の家の住民が飛びだしてきた。

「・・・・・・」

「赤ん坊が寝られないだろう」

「アンタ家、子どもいないだろ」

「このクソガキ。口ごたえなんかするんじゃないよ」

「すいません」

 婦人が一郎に変わって頭を下げる。

 女は身なりのいい婦人を一瞥すると、

「この忙しいご時世に呑気に川下りとは、さぞかし、いいご身分のお方なんでしょうね。だけど、人様に迷惑かけるとはずいぶんな了見じゃないかしら」

 と、嫌味たっぷりに言った。

「悪かったね」

 男も続いて謝る。

「こんなババアに謝ることはないよ」

 一郎は言った。

「誰がババアだ。わたしゃまだ30だ」

「見た目が」

「クソガキっ!」 

「まあまあ」

 男は宥めると、手を伸ばし、そっと女の手にお札を握らせた。

「・・・気をつけておくれよ」

「ああ」

 女はそれで満足したのか、家の中へ戻っていった。

「・・・あんなの無視しとけばよかったのに」

 一郎は呟く。

「ああ、確かにそうだな。一郎君、歌ってくれよ」

「・・・いいよ」

 一郎は北原白秋の童謡を3曲歌った。


 ほろ酔い気分で川下りを楽しんでいた男は、急にそわそわし始める。

「・・・でそう」

「アナタ、飲み過ぎよ」

「一郎君、便所に行きたいのだが」

「・・・このあたりには無いよ」

「そうか」

 男はおもむろに立ち上がった。

「ちょっと失敬」

 舟の端まで移動すると、ズボンのジッパーをずらしはじめる。

「あなた、何を!」

「致し方ないじゃないか」

「・・・」

 一郎は肩をすくめた。

 掘割に響く、小水の音。

「こらもまた乙」

 男は笑ってみせる。

「水神様に怒られらあ」

 一郎は笑って返した。


 舟は柳川の町中、古い町並み、田園風景を巡り、終点の御花へと辿り着いた。

「ありがとう」

「また柳川へ、おいでめせ(来てください)」

 挨拶を交わした3人は汗だくで笑いあった。

 全部NG(笑)。

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― 新着の感想 ―
雰囲気のあるとても素敵な作品ですね。その時代を生きたことないですが、画が浮かぶようです。 良くも悪くも、今より「自由な時代」って感じですかね。自由と言うより緩い、ですかね。 うまく言葉にできませんが、…
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