67話
……ついに来てしまった、この瞬間が。
俺の目の前にはアーノルドさん。横にはオリビアさん。これから俺が何を言おうとしているのか、これが何なのか。そんなことは愚問だ。
く……、これは陰キャな俺が最も恐れるシーンそのものじゃないか。それがこの「娘さんを俺にください!」と自分が言い、父親に「やれるかー!」とちゃぶ台返し&殴られるというシーン。
どうしてこうなった。
「あの、アーノルドさんっ!」
俺が手に汗を握りそう切り出そうとした瞬間だった。
「こういうことだから」
「オリビアさん……!?」
オリビアさんが俺の左腕に自分の腕を絡みつかせてきた。オリビアさんの豊満な胸が俺の腕で変形した。
「なんだその腕は……」
ヤバイ……、アーノルドさんが阿修羅仁王像の形相に……。
「私たち結婚するの。今まで育ててくれてありがとう!」
きっついシーンにきっついセリフのオンパレードだ。アーノルドさん、心中お察しします。
「…………。おめでと……、ううっ」
おそらく彼の中で複雑な感情が渦巻いたのだろう。アーノルドさんに百面相のような表情変化があった後、頑張って笑顔で俺たちを祝福する「ありがとう」の「う」のところで崩れ落ちてしまった。
「ちょっと隊長! 見てらんないよ! あんたら一旦出てっておくれ!」
「すみません……」
ミランダさんは号泣するアーノルドさんを抱え兵舎の奥へ。今日は荒れるだろうな……。相手が有象無象の見知らぬクソ野郎ならいざしらず、親交の深く仲の良い俺なのがもう。感情のぶつけ先がないというかなんというか。
本当にごめんなさい。
俺は兵舎でむせび泣くであろうアーノルドさんに合掌し、兵舎を後にした。
その後俺とオリビアさんは、アルカナ教会の司祭様に儀式の予約をした後、オリビアママのマリーさんに報告するためお家へ行くことにした。
教会では10日後の午前中に儀式をすることが決まった。丁度いい。結婚パーティーはどこか場所を確保してその日の夕方頃から始め、次の日に出発する、というのが良いかなと思う。
あと教会では気になっていた22英雄について示す啓示【セフィロトの刻】を司祭様に確認してみた。啓示が降りる聖典【セフィロトの書】によれば、討伐期限が最も近いのが5年後で、討伐対象は【戦車の英雄】だと教えてくれた。その他の英雄たちの討伐期限もそれぞれ聖典に啓示がなされているとのことでスラスラと暗唱して教えてくれた。
きっとこういった聖典の内容を覚えるのも司祭の仕事なのだろう。
前回【恋人の英雄】討伐の失敗で世界の人口の8分の1が死滅したということもあり、【戦車の英雄】がセフィロトの刻を迎えてしまった場合、この町もどうなってしまうのかわからないとも言っていた。
……他力本願にどこぞの勇者様が討伐してくれるのを待つのが普通なのかもしれないけど、俺はこの世界で何かを成そうと決めたんだ。
だから今の俺の目標はこれを倒して世界を救うこと。遊戯神の与えたこのゲーム、存分に喰らってやる。
今はまだまだ実力不足だけど、いつかきっと。
俺たちは次にオリビアさんの母マリーさんに結婚報告をすることにした。
アーノルドさんとは対照的にマリーさんは「あら~素敵じゃない!」と素直に喜んでくれた。
そのまま俺はマリーさんに誘われるまま夕食を一緒することになり、そこには当然失意と絶望の渦中にいるアーノルドさんも同席することになり、弟君たちは「姉ちゃんチューしたの?」とか余計なこと聞いてくるし、味などまともに覚えちゃいない地獄の様相を呈していた。
だけどまあそんなわちゃわちゃも、それなりに楽しかったので俺も結構成長したのかも。俺はこのオリビアさんの家族のことが好きだからな。
マリーさんはこの間のように泊っていってと言ったけど、遠慮した。アーノルドさんからしたら今日は人生で一番泣きたい日。その邪魔を俺がして良いはずがないだろう。
オリビアさんの家を出た俺は足取りも軽く、秋の星々を見上げながら帰った。




