2巻発売記念SS
「ノエルはおさいふが欲しい」
ノエルがそんなことをつぶやいた。彼女は「お金」という概念を覚えたばかりで、皆と同じもものが欲しくなったのだろう。
「私も持っていないのよ。お揃いの財布でも買いましょうか」
そう提案すると、ノエルは首をかしげた。
「おさいふ、おかねないのにどうやってかう」
お金を入れるには財布が必要、けれど財布を買うためにはお金が必要。ノエルはその矛盾ににぶつかって、真剣な顔をしていた。
「……私はお金を持っているから大丈夫よ。買ってあげるわ」
そう言うと、ノエルはじっと私の顔を見つめて考えこむ。もちもちの頬がとっても愛らしいからついつい指でつつきたくなってしまうけれど、本人は真剣だもの、からかってはいけないわよね。
「アリエノールがノエルにおさいふくれるの?」
「ええ」
「でもノエルは、アリエノールにかわりになにをあげたらいいの」
「そうね……どんぐりでいいわ。どんぐりはお金じゃないけれど、ノエルからもらえたら嬉しいもの」
私の言葉に、ノエルは腕を組みながら、何かを考えている。
「どんぐりじゃなくても、お花とか、きのことかでもいい?」
「ええ、もちろんよ」
「わかった」
ノエルはこくりとうなずくと、とことこと書斎を出ていった。
「ただいま」
しばらくして、ノエルが戻ってきた。
ちいさな足音を立てながらまっすぐに私の元へやってきたノエルは、手に一本の青い野バラを持っていた。
「あら」
思わず、書斎の棚に目をやる。そこには、かつてカシウスが私の誕生日に贈ってくれた、青いバラの乾燥標本が飾られている。
森の奥で見つけたと彼は主張していたけれど、それ以降誰もその花を見つけることはできなかった。
「ノエル。このバラ、どこで見つけたの」
「森にはえてた」
「そこまで案内してくれる?」
「いっぽんずつしかはえないからいまいっても、もうない」
ノエルの言いぶりだと、やはりとても珍しいもののようだわ。……数年ぶりに青いバラを見つけるのがノエルだなんて……やはり血筋なのかもしれないわね。
「これ、おさいふのお礼になる?」
「え、ええ。ありがとう」
バラを受け取ると、ノエルはにっこりと笑った。
「これで新しくて、とっても素敵な、ぴかぴかのお財布が買えるわ」
「あたらしいおさいふって、だれもつかってないおさいふのこと」
「そうね。普通はね」
「ノエル、にんげんのつかってたおさいふがいい」
「どうして」
せっかくのお買い物なのに、ノエルは中古品がいいと言う。
「れきせんのおさいふのほうが、おかねがあつまるから」
ノエルの中で、それはしっかりとした理屈らしかった。彼女の希望を叶えてあげたいのはやまやまだけれど、私の財布をあげることはできない。だって、持っていないのだもの。
私は困って、メイドのラナに相談することにした。
「ねえ、ラナ。使っていないお財布があったら譲ってもらえないかしら」
「わ、私のですか? 本当にボロいですし、お姉ちゃんのお下がりですけど……」
「それがいいのよ。ノエルの希望なの」
頼み込むと、ラナは家から小さな古い革財布を持ってきてくれた。くたびれてはいたけれど、花の刺繍が施されていて、どこか優しい雰囲気がある。
ノエルはそれを受け取って、じっと見つめ、うなずいた。
「これでいい。おかねがよろこんではいってくれる」
「お金が?」
「うん。れきせんだから。おかねにくわしいの」
私とラナは思わず吹き出しそうになるけれど、ノエルは大真面目だ。
そして次の日。
ノエルは得意げにお財布を開いて見せてくれた。中には、小さな銅貨が三枚入っていた。
「どこで手に入れたの?」
「おさいふが、おかねが落ちてるところをおしえてくれる」
「それって……拾ったってこと?」
「そとのおかねとか、おへやのおかねはだれかのもの。でも、そこらへんにおちてるおかねはノエルのもの」
……なんとなく、理屈が通っているような、そうでもないような。でもこの屋敷の中なら、確かにノエルのものでもいいのかもしれない。
「ノエル、お金持ちね」
「うん」
ノエルはにっこりと微笑み返してくれた。
8月1日に書籍2巻が発売しました!WEBを大幅改稿したものになります。
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