森へ出かけましょう
エレノアが提案してきたのは、このまま馬に乗って二人で逃避行しましょう、と言うものではなく。何やら彼女には作戦があるらしい。
翌日、気晴らしのために今日も散歩に行くのだと告げると、あっさりと許可が下りた。けれど、昨日と違ってエレノアの兄たち率いる騎士がぴったりと周囲を囲んでいて、周りの景色も見えないほどだ。
騎士たちはエレノアが私をさらうと思っているかのような厳重な警戒ぶりだ。
──作戦通りに、上手くいくのだろうか。
「このエレノア、作戦がございます」
「……どんな?」
「王家の管理する森がこの近くにあるのをご存じでしょう?」
「ええ。エメレットの精霊の森から木を移し替えで育てた人口の森で、精霊の森と似た性質を持つ、と聞いているわ」
「そこは精霊が干渉する力が、城よりずっと強いのです」
精霊が魔力を持つものに語りかけることができるとするならば、祈りの神殿で行われたように、私にだけ問いかけをすることができるかもしれない、とエレノアは言うのだ。
「その作戦、誰が考えたの?」
エレノアも、そして恋人であるレイナルトも精霊を感じ取る力はない。あるとすればカシウスだけれど、彼の指示だとは考えにくい。
「あの詐欺精霊です」
「ほ、本当!? ノエルがあなたの前に姿を現したの?」
彼女が私と連絡をとろうとしてくれている。こんなに前向きな報告はなかった。
「正しくは、一方的な情報のやりとりなのですが」
エレノアは一旦言葉を切った。
「アリー様が立って数日、エメレット伯爵は一人で供も付けず、精霊の森に何回か赴いていました。そして、精霊の力が強まっているからと今後の立ち入りを禁じたのです」
「まあ。お供え物は誰が?」
「彼が。その後、どうしても話を聞きたいと、屋敷のものが何人か向かったのですが、どうにも魔力に当てられてしまって。まあ、私とレイナルトは魔力がかけらもありませんので、平気でしたが」
「禁止されているのに、森に入ったの?」
性格は若干違えど、お互いに真面目で通っているレイナルトとエレノアが堂々と領主直々の命令を破るとは、誰も思っていないのかもしれない。
「恋人同士が人目を盗んで逢い引きの為に森に入ったところで、誰が領主に通報すると言うのでしょう」
「まあ」
「最初は罠を張ったのですが、さすがに学習能力がありますね。かかりませんでした」
「精霊の怒りを買うのが怖くないの?」
「アリー様の薫風を受けて令嬢に化けようとしたのですから、そのぐらいで怒りはしないでしょう」
エレノアは話を続ける。森に行って、お菓子や料理を広げて、それを食べながら、大声で話す。カシウスの事、私のこと、その他ノエルの興味を引きそうな事を、とにかく手当たり次第。
「そのうち、少しづつ、持ってきた飲食物が減っていくのです。気づかないふりをすると、段々と大胆に──カシウス様は、アリー様とちがってシンプルな昔ながらのお供えしかしませんからね。屋敷の味が忘れられないのでしょう」
「それで……ノエルは、姿を現したの?」
「ええ。王都から取り寄せたチョコレートを一箱。もったいぶって食べていると、耳元で『おいてけ…我は大精霊だ』だなんて格好付けた事を言うのですよ」
──やはり、ノエルが大精霊。
「欲しければ、私達に奥様を取り戻す知恵を授けろ、と言うとセファイア城近くの森に連れて来い、と。ですから、私はこうして単身敵地に乗り込んできたのです」
「そう……。ノエルが教えてくれたのね。ところで、チョコレートをあげたの?」
「あげましたよ、一つだけ。物足りないと思わせた方が、次に呼び出すときに便利でしょう?」
──彼女、中にキャラメルが入っているチョコレートに非常に興味を示していました。そう言ってエレノアは片目をつぶった。
まだ、エメレットを想うなら。きっと精霊は語りかけてくれるはず。──そう、信じるしかない。
「あら?」
急に、あたりが静かになった。私はエレノアと一緒に馬に乗っていたはずなのに、それすらもなくなっている。私は一人で、森の中に、ただぽつんと立っている。周囲には人の気配はない。ただ、静かな緑が広がるばかりだ。
「これはつまり、そう言う事……かしら」
腰に付けたポシェットからチョコレートの包みを取り出す。手の平に乗せてしばらく待ってみるけれど、あたりの景色に変わりはない。
「ノエル?」
不安になって声を上げると、木の向こうからがさがさと音がした。
『アリエノール、アリエノール』
私を呼ぶノエルの声がする。
「ノエル、どこ?」
『こっち、こっち』
ノエルの声に導かれて、私は一人、森の中を進む。
「ぜ……ぜんぜん、何も、起きないわ……」
精霊によって導かれたとしても、私の体力には特に変わりがないらしい。ノエルの声は聞こえるけれど、行けども行けども、姿は見えない。
『もうすぐ、もうすぐ』
「ま、待って。少し……少しだけ、休ませて……」
息を落ち着かせるためにひときわ目立つ巨木の幹にもたれかかると、人の足音が聞こえてきた。だんだんとこちらに向かってくる。
──もしかして。
足音と、自分の心臓の音が混じり合って、うるさいほどだ。
「おい、なんだ、こんなところに呼び出して……何もないじゃないか」
──幹の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。カシウスだ!




