私だって一応は令嬢なのですよ①
「王女殿下、どうか公爵閣下に微笑みかけてくださいませんか」
侍女にそんな事を言われたところで、顔の筋肉がぴくりとも動かなくなってしまったのだからどうしようもない。それに笑えばなにかいいことが起きるのかと言うと何も起きないわけだから、そんな事に心を砕きたくはない。
興奮しすぎて発作を起こし、倒れた私は療養の為に自室にこもっている。正しくは、王家とエメレット伯爵家の真実を知ってしまった私は今、自室に軟禁されている。
外出もままならず、外部と連絡を取る事もできない。この状況を作り出しているのは何もルベルだけの考えではない。
国王である父と母も同じ──エメレット家をあの土地に押し込めたまま、地霊契祭を成功させる。私が契約に成功すれば大精霊との契約がエメレット家ではなくセファイア王家とのものに上書きされるのだ。そうすれば、全てが丸くおさまり、皆に幸福が訪れると思っている。
卑怯だと思う。けれど、人質に取られているのは私の王族としての身分ではない。大精霊との契約に失敗することは、この国の衰退を意味する。
「八方塞がりだわ……」
なんにせよ、精霊との契約に失敗することはできない。ノエルが──大精霊が先代との約束を違えた事をどう考えているかはわからない。けれど私に絵本の内容を指摘してきたのだ、あれは自分が真実を知っているという主張だろう。
──都合良く使われている。
私がエメレットと、この国にも情があるのを分かったうえで利用されているのだ。腹立たしいけれど、義務と言われてしまえばそれまでだ。
せめてもの反抗として、私はルベルをはじめ、王家の主要な人物をとことん無視している。
けれどそんな事をしても、今更どうにもならないのだ。望みは隙を見て外部から連絡を取れるかどうか──連絡を取ったところで、カシウスは王位継承権がありますよ、といわれたところで喜びはしないだろう。
単純に私が、夫を──元夫を軽んじられていたことに、ひたすらに腹が立っているのだ。そしてその王家の一員である、とびきり愚かで愚鈍な自分に一番。
「王女殿下」
侍女が控えめに声をかけてきた。彼女にはルベルの息がかかっている。何を言っても、私に協力してくれるはずもない。
「祈りの時間まで放っておいてくれる?」
精霊はあれから呼びかけには答えてくれない。私に失望しているのか、それともこの国を見捨てることに決めたのか。
「それが、新しい侍女がどうしても挨拶したいと……」
「……わかったわ、通して」
ドアの向こうで様子を窺っていたのか、中の様子を伺うようにゆっくりと扉が開く。
「……っ!」
顔を上げて驚いた。そこに居たのはすっかり都会の衣装に身を包んではいるけれど、間違いなくエレノアだったから。
「レンズビー伯爵家より参りました。エレノア・レンズビーと申します」
短い挨拶のあと、エレノアは優雅な礼をした。
「エレノア! 来てくれたの?」
「私はアリー様の侍女で、剣です。使ってくださる御方がいないのでは、さび付いてしまうでしょう」
令嬢のドレスに身を包んだエレノアはとても窮屈そうで、今にも胸元のリボンやコルセットを引きちぎってしまいたそうにむずむずとしている。
「ああ、エレノアだわ。なんて嬉しいの……」
感情的になりすぎて、泣くつもりもなかったのに、エレノアの胸にすがりついて泣いてしまった。
「アリー様、随分お辛いことかと思います」
「会いたかったの。本当、本当によ……両親があなたを呼び戻したの?」
もし私のせいでエレノア達まで引き裂かれてしまったのだとしたら、あまりに申し訳がない。
「いいえ、自分で志願いたしました。一応、家格も実績も手に職もありますし」
「……あなたの能力に疑いはないけれど……よくルベルがあなたをここに戻してくれたわね」
エレノアは騎士団長の娘で名家の出身ではあるけれど、今や私以上にエメレットと離れがたい関係であることはルベルも理解しているはず。
「はい。私もエメレットを飛び出してきたはいいものの、殿下は再婚を控えているから里心をつけるような真似はさせられないと一族郎党から押さえつけられていたのですが。アリー様の侍女を新しく募集するとのことで、こっそり家を抜け出して採用試験を受けました」
「よく落ちなかったわね」
心の底から正直な感想を告げると、エレノアは身をかがめ、耳元で小さくささやいた。
「面接官がルベル公爵だったのですが」
……それはますます奇怪な話だ。エレノアは家族を人質に──例えば兄達の進退など──取られて、私を説得するように送り込まれたのかもしれないと、体がかたくなる。
「アリー様を笑わせてみろ、そうしたらお前がそばにいる事を許してやる、と」
「許すとか許さないとか、どうしてルベルが決めるのよ?」
また些細なことで憤慨してしまった。最近本当に怒りっぽい。今までは自分の命を大事に大事に、おっかなびっくり生きてきたけれど、もうどうにでもなってしまえと思えば自分はこんなにも感情的なのだ。
「まあまあ。私もそう思いましたが……なんだかんだ、あの方もアリー様の事を大事に思われているのは本当なのです」
「……その発言も業務の一環?」
皮肉を言うと、エレノアは困ったように片目をつぶった。
「まさか。個人的な感想です」
「そう。なら、そういう事にしておくわ。ああ、でも……本当に嬉しいわ。でも、あなたがここにいるとレイナルトが……」
今頃、レイナルトはどんなに神経をやられているだろう。普段は明るく振る舞っているけれど、人一倍責任感の強いレイナルトはエレノアまでいなくなって、毎日ため息をついているに違いない。
「今更行き遅れの年月が伸びたところでどうという事はないです。お祝いをするような雰囲気でもありませんしね」
「……ごめんなさい」
「エメレット伯爵にも十分に非があるのですから、アリー様だけが反省するようなことではないです。もちろん、私達にも。このまま、流されるままではいけません。だから私はお側に」
「エレノア、いつまで一緒に居てくれるの……せめて、祭が終わるまでは……」
エレノアはいつまでも一緒にいますとも、地霊契祭が終わるまでですとも言わずに、そっと私の手を取った。
「乗馬でもしながらお話しましょう。いつものように」




