王女殿下は真相究明を進めるようです②
「……っ、無、礼者……!」
人を呼ぶために叫ぼうとしたが、私の喉からはかすれた声しか出ない。必死に足先をばたばたとさせていると、背後でくすりと笑う声がした。……私はこの声を知っている。
──この声は、ルベル……?
「………離してっ!」
必死に体をよじると、私はあっさりと解放された。真実を知ってしまったからと言って、これ以上の危害を加えるつもりはないらしい。
「……やっぱり、ルベル!!」
振り向いた先に居たのは、やはりルベルだった。彼は私の行動を監視していた……?
「そう興奮しないで。体に障る」
きっとにらむと、ルベルは悪びれもせずに、やれやれと言った様子で腕を広げた。
「ルベル……いえ、メイユール公爵。あなたは知っていたのね、エメレット伯爵家のこと」
「もちろんさ。成人した王族は皆その事実を知らされる。そうして、秘密を共有して、一丸となって国を守っていくんだ。……君もその一員だ。アリエノール・エレストリア・セファイア王女殿下」
「……っ」
そう。私はエメレット家から王位を簒奪した一族の末裔なのだ。
「カシウス・ディ・エメレットにその事実を告げたところで、今更どうにもならないよ。長年この地を発展させ、治めてきたのは今の王家だ。巫女の子孫たるエメレット家には元々の領地を任せてある。それでいい。この国は我々のものだ」
「それは……」
「彼の事は嫌いだが、考えている事は分かる。彼は君の幸せを願っている、そして君も彼の幸せを願っている。カシウス・ディ・エメレットを反逆者に仕立て上げて、不和を生み、王国の繁栄を台無しにするかい、すでに離縁した身で」
ルベルの発言は正しい。王家が隠してきた事実が暴露されれば、国は揺らぐだろう。誰も──私も、カシウスもそんな事は望んでいない。
「……でも。新しい大精霊は知っているのよ、すべてを。私が巫女として頼んでも、一度約束を違えたセファイアを、精霊は捨てるかもしれない」
真実を告げても、ルベルに動揺した様子は見られなかった。
「……そうかもしれないね。だから陛下が君をエメレットに送ったのは正しい。君はエメレットを愛して、エメレットの精霊も君を愛した。アリー、君が生きていることこそが──精霊がこの国を見捨てない確たる証拠となる」
「な……」
「陛下は君が生き延びて、エメレットから精霊の加護を引き継いで、新たな契約を結ぶことを願っている」
──だから、私はエメレットに送られた。
利用されていた。王女としては当然かもしれない、そのために生を受けているのだから。けれど──。
「アリエノール、怒らないでくれ。どのみち女王となるべきカリナは父の知れぬ子を産み落として亡くなった。そのような子が、どうして健やかに育ち、また、それまで国が保つと思うのか。初代セファイア王は名君として名を残しているし、情けの心がある。だからこそ密かにカリナの遺児に伯爵位を与え、その子が男児を産むと爵位を継がせ、家を存続させてきた」
「……」
「十年前の疫病は、大精霊が地に還り、新たな精霊が生まれなかった事を意味した。加護があればこそエメレットは生きながらえた──今は、それがない。王家はもうこの土地に精霊は生まれないと──あるいは、新たに生まれた精霊は怒りか、信仰の減少によってこの地を見捨てたと考えた。しかし、現国王陛下は信心深かった。自らの娘を精霊への罪滅ぼしとしてエメレットに与えることにした。それが君だ──」
ルベルはすっと私に手を差し伸べた。けれど、その手を取ることはしない。後退ると、すぐに体が本棚にぶつかった。
「遠く、巫女カリナと同じ血を引く、けれど精霊との約束を違えたセファイアの王女。しかし純真な王女を、新しく生まれた大精霊が愛したら。あるいは──」
エメレットの当主が王女を愛して、彼女を守り、救ってほしいと望んだならば──。
ルベルは微笑んだ。彼は今、感情的に怒りを発露させている私のことを愚かだ、子供だとあざけっている。けれどその瞳の奥には、確かに私に親切にしてくれたルベルの面影があって、私は彼の事がわからなくなる。
「……君が子を産めぬ事は非常に都合が良かった。仮に二つの王家の血を引く子供が生まれてしまうと厄介だからだ。カシウス・ディ・エメレットの反逆──それが、王家の恐れること。まあ、僕の見立てでは彼はそういう野心のある男ではないけどね」
やっかいと言うのは、現在の王家から見た主観にすぎない。セファイア王家は自分達の権力が脅かされるのが嫌なのだ。
「カシウスのことで、知ったような口をきかないで!」
「分かっているさ。君よりはね」
ルベルは胸元から一通の書類を取り出した。私とカシウスの離縁を証明する、正式な書類。
「君と彼とは、もう他人だ」
──そんなの、わかっている。私は離縁されたのだ、エメレットの人間ではない。
「君は美しく、穏やかで──けれど、ただそれだけだ。君は大精霊との契約を、その愚かしいほどの善良さでもって新たに遂行する。それでこの嘘の治世もおしまいだ。セファイア王国は正しい形になり、エメレット家は解放される」
エメレット伯爵は使命を果たして元気に微笑んでいる君を見て、安心するだろうさ──。ルベルの言葉に反論することができない。彼は私よりも多くの物事を知っていて、そして俯瞰的に物事を見ている。
「先祖から引き継ぎ、背負ってきたものを罪と言うのなら──アリー、それは君もだ。今度は君が精霊の愛し子となる。──これは、使命だ。義務を果たせ、アリエノール・エレストリア・セファイア」
「……卑怯よ」
精霊との契約を結ぶことが出来なければ、エメレットごと繁栄を失うことになるし、エメレットだけの加護を求めれば、他のセファイア王国の民を苦しめる事になる。
──真実を知った所で、私にできることは、何もない。
「そう。卑怯だ。王家は君の善良さを利用する。僕がいくら怒っていたとしても、大人の判断はいつも正しい。腹立たしいことにね」
ルベルはそう言って、薄く笑った。その笑顔は何処か寂しげだ。
「……わかったわ。あなたの気持ちは、十分にね」
もうルベルと話す事はなかった。彼の言うとおり、ここで私達が話した所で、どうにもならないのだ。くるりと背を向けると、ルベルが一歩前に出た気配がした。
「アリー、もう忘れるんだ。君は病を治して僕と結婚するんだ。今はうまく飲み込めないかもしれないが、きっと幸せにする。だから……」
「……しない! あなたと結婚するぐらいなら、修道院かさもなくばお墓にでも入ったほうがマシよ!」
ルベルのことを嫌いだと思った事はなかった。今だって彼の言うことに反論できないのは、彼に非はないとわかっているから。これは八つ当たりだ。正義感でもなんでもない。知らなかった──何も知らない、できない自分への苛立ちだ。
「あいつが……あの臆病者が何をしたと言うんだ! 僕が、君が連れていかれるのを指を咥えて見ているしかなかった時、どんなに悔しかったか……僕だって、君の事を……っ!」
淡々としていたルベルの声が、苛立ちを含んだものに変わっていく。
「あなたは、彼の献身を知らないから……! 優しいだけの言葉なんて、誰だって言えるのよっ……!」
ルベルが声を張り上げるのに釣られて、私も感情的になる。興奮しすぎて、胸が苦しい。息が出来ない。心が壊れてしまいそう。
「……っ、……!」
発作が起きた。あまりに多くの事を知りすぎて、精霊の加護から離れた私の体は限界に近づいていたのだ。薬があるからと油断したのがいけなかった──。
「アリー!」
胸を押さえてうずくまった私にルベルが駆け寄り、抱き起こそうとする。
「私に、触ら……ないでっ……」
ルベルの事を制止しようとしても、腕が動かない。口と目を動かすので精一杯だ。
「アリー、僕が悪かった。君を傷つけるつもりはなかったんだ。ただ、僕は……」
続きは聞こえなかったし、聞こえていたとしても返事は出来なかった。遠ざかってゆく意識の中で、ルベルが人を呼ぶ声を、私はぼんやりと聞いていた。




