令嬢は才能に溢れているのです
「このあと、なにして遊ぶ?」
すっかり朝食を平らげたノエルはハーブティーを飲むのをやめて、小首をかしげて私を見た。この誘惑に抗うのは難しい。遊ぶ……何をして遊ぼうか。花畑で花冠を作る? それともお人形遊び? お絵かきでもいいかしら……。
「ねー、遊ぼうよー」
ノエルはたっと立ち上がり、私の体を揺すった。今まで人に体を揺すられるときは倒れて「大丈夫ですかアリー様!!」となっている時ばかりだった。壊れ物のように、揺らさない、衝撃を与えない。そんな風に扱われてきた私だけれど、そんな事を知らないノエルはお構いなしに体を揺すったり、袖を引っ張ったり、顔を覗き込んだり……。
……普通にじゃれてもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。
いいえ、ダメ。今日の私には仕事がある。カシウスが留守の間、領地の決済を任されているのは私だ。自由時間はあと一時間しかない。
「今日はね、ノエル、あなたにお勉強をしてもらおうと思って?」
「おべんきょう……?」
ノエルは思いっきり眉をしかめた。ああ、そうするとカシウスに本当にそっくり。
「そんな顔をしないで。このエメレット伯爵家の娘になるのなら色々勉強しなくてはいけないわよ」
「たとえばどんな?」
「ええと……まずは読み書き、算術、礼儀作法、あとはダンスと楽器と体操と乗馬と……」
指折り数えていると、ノエルのしかめ面はますます悪化していく。
「にんげんって、めんどくさい」
「そうよ。生きるのって、面倒くさいの。でも、ノエルは元気だから平気よね?」
ノエルはふう、とため息をついた。
「ノエルはげんき。頑張れる」
「ふふ。もう少し大きくなったら、魔力の測定もしなくてはね」
ノエルからは魔力の痕跡があまり掴めない。エレノアのように貴族の出でも魔力がないことは珍しくないのだが、それとはまた少し違う。全くないわけではないけれど、分厚いヴェールの奥に隠されてその本質が窺い知れない──そんな感じがするけれど、持病を持つ私が不用意に触れていいものではない。
「まりょく……」
「ええ。でも、別に無くても平気よ、元気でさえいれば」
「ノエル、魔法なら使えるよ?」
ノエルはいきなり『ぽっ』と手の平に緑の球を出して、私に良く見えるように片手を上げた。
「あなた……魔法が使えるの!?」
思わず大きな声が出た。この年頃の子供が、視認できる形で魔力をまとめあげて、安定させるなんて芸当が出来るはずがないのだ。出来たとすれば……それこそ、天才としか言いようがない。
「うん」
ノエルからすると、私がどうしてそんなにも驚いているのかわからない──とでも言いたげだ。
「アリエノールも使えるでしょ?」
「私はダメよ……」
魔力がいくらあったところで、私はそれを制御するすべを知らないのだ。こんなに平気な顔をして、魔力を操るノエルが、ほんの少しだけ、うらめしい。……嫌だ、私ったら何を考えているのかしら、純粋な子供相手に……。
「ノエルはすごいのね。ところで、これはどうやって使うのかしら?」
高濃度の魔力の塊だと言うのは分かるけれど、何に使うのかがいまいち判断がつかない。
「んー……。地面に戻すと、草がげんきになる」
「まあ」
植物活性魔法……だろうか?
「これで、エメレットもっと立派になる」
「それはとても素晴らしくて素敵な事だけれどね、今はいいの」
「なんで?」
ノエルはさっぱり理屈がわからないとばかりに、首をかしげた。ちょっと分からない事があると、すぐに首が傾いてしまうノエルはとてもかわいい。
「子供は魔法を使ってはいけないのよ。もっと大きくなって、体が魔力を制御できるようになったらお願いするわ」
私は持病の関係で、物心ついた時から魔力を制御する方法をみっちり叩き込まれたけれど、子供が魔力の使い方を誤って起こす事故は絶えない。ある程度の分別が付くまでは、本格的な指導を行うことは禁止されている。
「ふーん。ノエルは大丈夫だけど」
「あなたは皆の規範にならないといけない人ですからね」
「はあい」
ノエルは若干不服そうに、ポケットに緑の球をしまい込んだ。彼女が感覚的にそれでいいと思っているのならかまわないのだけれど、ノエルにはいつも驚かされる。……カシウスと再会するまでに、私の体が持ってくれるといいのだけれど。
しかるべき時が来たら、存分にその才能を発揮してもらおう。
「魔法を使わなくても、エメレットには立派な畑があるのよ」
と、ノエルの手を引いた。




