黒衣の冒険者 その1
初投稿です。よろしくお願いします。
木々の葉の隙間から木洩れ日が溢れ、心地の良い風が頬を撫でる。
太陽は蒼い空の上で燦々と輝き、少しでも気を緩めれば、深い眠りに落ちてしまいそうになる。
そんな春の陽気で包まれた山間に、石畳の敷き詰められた1本の街道が走り、その街道上を1台の乗合馬車が走っていた。
乗合馬車は横幅8タンコウ・縦幅4タンコウ(作者註:1タンコウ=1m)の大きな車体の馬車で、濃い髭を生やした馭者がラクダのような体に長い鼻を持つ幻獣・マクラウケニア2頭に引かせていた。
御者台の左右には魔物避けの香がたかれ、周囲をレモンのような香りで包んでいた。
馬車の上には大人や子供、男や女、戦士に商人等々…背格好も年齢もバラバラな10人以上の人々が、笑顔で街についてから何をするか話し合ったり、しかめ面で剣を磨いたり、周囲の景観に一喜一憂したり、財布を開けて金勘定をしたりと、思い思いの事をしていた。
「スゥ…クゥ…」
その中で、一人の男が車台の隅で蹲っていた。
袴に着物という東方のジパング皇国風の服装の上から黒いポンチョを身に着け、頭には鍔広の黒い帽子を目深に被ったその男は、柄も鞘も真っ黒な刀と所々解れて継ぎ接ぎになっているボロボロの鞄を大事そうに抱えながら、体を丸めて静かに寝息を立てていた。
服の隙間から覗く左手首からは、冒険者の証である冒険者腕輪が見えているので、恐らく旅ガラスの冒険者なのだろう。
石畳の段差で軽く揺れながら、乗合馬車は街道を進んでいき、周囲を水堀と焦げ茶色の煉瓦の壁に囲まれた大きな街に到着した。
街の門と街道はこげ茶色の大きな跳ね橋で繋げられ、その傍には『アンダッテオレワにようこそ!』という大きな看板が掲げられていた。
乗合馬車は車体を大きく揺らしながら城門を潜り、アンダッテオレワの街へと入り、多くの人で賑わう大通りを進んでいく。
中央広場の降車場に着くと、馭者は手綱を引いてマクラウケニアを停止させ、次に馭者台の横に置かれているベルを手に取ると、勢いよくベルを打ち鳴らし、ベルの音に負けない位に声を張り上げた。
「アンダッテオレワァァ!アンダッテオレワに到着しましたぁ!お降りの方は、お忘れ物にご注意くださぁ~い!」
馭者に促され、荷台の乗客たちは荷物を纏めたり軽く体を伸ばしたりして立ち上がると、馭者に運賃であるジルバ銀貨を1枚ずつ渡しながら馬車を下りて行った。
「クゥ…スゥ…」
その中で、隅で蹲っている黒尽くめの男性だけが未だに眠りこけていた。
「おい、トモノリ!トモノリ起きろ!」
「うぅ~ん…」
「起きろ!トモノリ!着いたぞ!」
「あぁ…?」
頭上の帽子に起こされて、男性―トモノリはようやく目を覚ました。
「ふぁぁぁぁぁぁぁ…んん…良く寝た」
目を覚まして猪の一番に、トモノリは大きな欠伸をして軽く伸びを行うと、刀を背中に背負い直して立ち上がった。
鞄を肩に担ぎ、慣れた手つきで馭者に運賃を渡すと、馬車から降りて、アンダッテオレワの街に足を着けた。
アンダッテオレワの街の建物は一軒一軒が上から下まで焼き上がったばかりのような色をした煉瓦で形作られ、通りには老若男女多くの人々が行き交っていた。
トモノリは広い通りに湧き起こる人の波を掻い潜りながら、冒険者腕輪に表示されたアンダッテオレワの街の地図を頼りに、目的の場所へと向って行った。
そうして街を歩いて行くと、とある建物に到着した。
街の他の建物と同じく新品同然の煉瓦で作られた3階建ての大きな建物。
外壁にはクリーム色のペンキが塗られ、屋根には焦げ茶色の瓦が張られており、ちょうど正面玄関の右側には『冒険者ギルド アンダッテオレワ支部』という大きな看板が張られていた。
トモノリは5~6段くらいの低い階段を上がり、『ドアノブの無い』扉の前で一旦立ち止まると、左手首に巻かれた冒険者腕輪をドアに翳す。すると、ドアは自動的に開き、トモノリは中に入っていった。
ギルドの1階は大きなロビーとなっており、外の通りと同じく多くの人で溢れていた。
といっても、『冒険者ギルド』に集まっているのは買い物帰りの近所の主婦や寺子屋通いの子供などではない。
武器や防具、鎧等を身に着け、街から街へと旅して暮らす冒険者達だ。
壁の掲示板には街の住民達から冒険者への依頼が書かれた用紙が張られ、大きな受付カウンターには眼鏡をかけたショートカットの受付嬢がニコニコと笑顔を振りまいていた。
トモノリは早速受付へと向かう。
「すいません。部屋ありますか?」
「はい。お部屋はお一人用が2つ開いています」
「…じゃあ、1つ」
「はい。こちらが鍵となります」
受付嬢から部屋の鍵を受け取ると、トモノリは受付カウンターから離れ、背中の刀と荷物を降ろすと壁際に置かれたイスに腰を降ろした。
「フィ~…」
椅子に深く腰を降ろすと、トモノリはゆっくり息を吐いた。
「ずいぶんお疲れみたいだなぁ、アンタ」
突然声を掛けられた。若い女の声だ。
「…ん?」
見れば、いつの間にかトモノリの左脇に、オレンジ色の髪を背中まで伸ばし、白いブラウスの上から革のベストを羽織り、髪の毛と同色の長いスカートと踵の部分に滑車の付いた革のブーツを履き、腰には2丁の連発銃を入れたホルスターを下げた翠色の瞳の20代くらいの女性が立っていた。
トモノリと同じく、左手首に冒険者腕輪を着けている点から見て、どうやら彼女も冒険者のようだ。
ちなみに胸は大・中・小で言えば、中くらいあった。
「ギルドのイスに座った途端にでかいタメ息つくなんて、着く前になんかあったのか?」
「…別に良いでしょ、そんなの。というか、話しかける前に名乗るのが礼儀でしょうが」
「おっとっと…それもそうだな」
トモノリに指摘され、女性は頭をポリポリ掻いた後、右手を差し出した。
「アタシはシャーロット。メリーケンのシャーロットさ。アンタは?」
「…トモノリ。トモノリ・ヨシザワです」
トモノリも右手を出し、二人は握手を交わした。
「…で、僕の被っている帽子は『フート爺』です」
「…は?」
トモノリが真顔で『被っている帽子の名前』を言ったので、シャーロットは目を丸くしたかと思うと、次の瞬間「プッ」と噴き出した。
「ヒャッハッハッハッハ!アンタ、帽子に名前なんか付けてんのかよ!そりゃさぁ、一人旅で寂しいのは分かるけど、『物に名前付ける』って5~6歳児じゃあるまいし…」
「別にコイツに名付けられた訳ではないぞ」
「…えっ?」
シャーロットの茶々にトモノリ以外の誰かが答えた。60~70くらいの老人が発したような声だ。
見れば、トモノリの被っていた帽子がフワリと宙に浮き、シャーロットの顔の高さまで上がっていた。
よくよく注視すれば、ボロボロのその帽子には目のような物が1対あり、表面にできた皺や継ぎ接ぎによって人間と同じような顔ができているように見えた。
「改めて…わしがフートじゃ。よろしくな」
「あ…あぁ、うん。よろしく…」
いきなり『帽子に』話しかけられ、シャーロットは思いっきり面食らった。
「ふぁ…」
フートは眠たげな声を挙げると、またトモノリの頭に戻った。
「トモノリ、少し寝るぞ…」
「はいはい、おやすみ…」
そして、フートはそのまま静かになった。
「あ、アンタ…その帽子って‘意志持つ魔導具’か!?」
「えぇ、まぁ…」
興奮気味なシャーロットにトモノリは冷や汗を流しながら顔を引き攣らせた。
「凄いじゃん!‘意志持つ魔導具’って、庭付きの家が一軒丸ごと1回払いで買えるくらいの値がするって聞いたことあるけど、アンタ一体どうやって…」
「あ~…」
トモノリは一瞬目を背けると、ためらいがちな口調で言った。
「…僕の…親代わりというか…恩人が…その…古着屋の安売りコーナーで買ったそうなんです…2コパーで」
トモノリの言葉にシャーロットは一瞬ポカンとなる。
「…いやいやいやいやいやいや!!どんな古着屋だよ、それ!?2コパーって…駄菓子屋の一番安い駄菓子2個分じゃないのさ!?」
「ウソではないぞ。全部ホントじゃ」
「帽子は黙ってろ!」
「いやぁ…信じられない気持ちはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………っく分かるんですけど…」
「目を逸らすな、目を!」
…などと言う風に二人が漫才染みた会話をしていた時だった。
「おい聞いたか?『黒衣の死神』の話!」
『!』
他の冒険者たちの噂話が聞こえてきた。
「あぁ、聞いた、聞いた!今度はレンビントブベッツォでロック鳥の首を切り落としたんだろ?」
「その前はスリケンヘンゲでドラゴン4頭をあっという間にこま切れ肉にしちまったってさ!」
「スッゲェーよなぁ、『黒衣の死神』!まだ名前が売れ出して1年も経ってないってのに、毎日毎日、そこら中で伝説級の大活躍なんて信じらんねぇな!」
「ホントホント!まったく羨ましいかぎりだぜ!」
「…まぁった『黒衣の死神』の噂か。『全身黒尽くめの凄腕冒険者』…ホントに居んのかねぇ、そんな奴…」
「…」
シャーロットの何気ない呟きの後、トモノリは椅子から腰を上げた。
「ん?どうしたんだい?」
「…ここじゃ落ち着かないので、部屋で休むことにします。それじゃあ…」
シャーロットにそう告げると、トモノリは荷物片手に自分に宛がわれた部屋に向って行った。
「?」
その後ろ姿を眺めながら、シャーロットは首を傾げたのだった。
「ハァ…」
しばらくの仮住まいに入ると、トモノリはまた大きなタメ息をついた。
粗末なベッドと机が1つずつ有るだけの簡素な間取りの部屋で、天井には魔法照明が吊るされ、机には水晶玉放送用の小さな水晶玉が置かれていた。
トモノリが大きなタメ息をつくのと前後して、トモノリの頭に被られていたフート爺がフワリと浮き上がり、トモノリの顔を覗いた。
「どうした?そんな暗い顔をしおって?」
「そりゃあ仕方ないって…」
疲れ切った顔をしてトモノリはフート爺に向き直る。
その額には大きく『二番』と書かれた白いハチマキが巻かれていた。
「ハァァ…」
また大きなタメ息をつくと、トモノリは鞄と刀を降ろし、身に着けていた黒いポンチョも脱ぐと、まとめてベッドサイドに置き、自身はベッドに寝転んだ。
「もう嫌だよぉ…どこ言っても…誰に逢っても…『黒衣の死神』が話題に上がる…ハァァ…憂鬱だ」
「何を言うておる?『それだけ名が売れている』という証ではないか。お前も最初の頃は喜んでおったではないか」
ポツポツと愚痴を零すトモノリに、フート爺は律儀に答える。
「…何より『死神』ってのが、一番やだ。人殺しなんて一度もしてないのに…」
「その代り、今まで戦った魔物は良くてぶつ切りか、こま切れ肉…もっと悪ければミンチにしてきたではないか。『死神』と着くのも致しかたあるまい」
「そりゃあ解ってはいるけど…」
「ま、そんなに目立ちたくないのなら、この街では大人しくしておれば良いではないか?それで?依頼は何時受けるんじゃ?」
「…とりあえず明日にするよ。ふぁぁぁぁ…」
トモノリは大きな欠伸をすると、そのまま目を閉じた。
「馬車であれだけ寝といて、よくもまぁ、寝られるものよ」
「…ほっといて」
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