きみとディナーを
友人から「夕食」というお題をもらって書いた1200文字小説です。
「川辺さんが美味い店見つけたんで、今日みんなで帰りに焼肉行こうって話が出てるんですけど」
「悪い、パス」
昼飯のとき、後輩の松木からの誘いを俺は即行で断った。
「あー、やっぱり。鬼頭さんって当日の誘いは絶対断りますよね。残業もあんまりしないし、何か早く帰らなきゃいけない理由でもあるんスか?」
「いや、べつに」
デカ盛りのカップラーメンを啜りながら不思議そうに訊いてくる松木の隣で、俺は弁当箱の蓋を開けた。誘ってもらえるのはありがたいが、こちらにも事情があるのだ。
「俺は酒飲まないし、外食が苦手なだけ」
「でも歓送迎会とか定例の飲み会には参加するじゃないですか」
「そりゃ一応仕事だからな。でも、できれば飯は家で食いたい派なんだよ。一度体を壊してからは特に」
「えっ、何か病気してたんですか?」
意外そうに言われたが、まぁ無理もない。今ではすっかり健康そのものだから。
「学生時代にちょっとな」
とにかく金がなくて飲まず食わずのバイト三昧。無理が祟って倒れた。でもバイト先で知り合った奴のおかげで、今の俺は心身共に健康だ。
「それで毎日弁当なんすね」
松木が煮物やきんぴらなどのおかずが詰まった弁当を覗き込んでくる。
「確か鬼頭さん一人暮らしですよね。ってことは、その弁当も自分で?」
「うーん、まぁ」
俺は曖昧に笑ってお茶を濁した。
「これでも気ィ遣ってんだよ、いろいろと。おかげで今は筋トレと献血が趣味だ」
終業後、電車を乗り継いで帰宅すると、ワンルームの部屋には美味そうな匂いが漂っていた。
「ただいま」
「おかえり。もう飯できてるよ。シャワー浴びておいで」
お袋みたいなセリフで迎えてくれた空夜は、俺と同じ三十歳前後の男性だ。少なくとも外見上は。大学の頃から同居しているが、本当の年齢はよく知らない。
「了解」
バスルームで軽く汗を流し、ジャージを着て戻ると、小さなテーブルにはすでにたくさんの小鉢とメインディッシュの豚の生姜焼きが並んでいた。どれも美味そうだけど皿は一人分だ。食うのは俺だけだから。
「昼間ちゃんと眠れたか。すぐそこの角で工事やってるだろ」
「耳栓のおかげで快適だよ」
俺が仕事に出ている間、彼はこの部屋で寝ている。そして陽が落ちると起き出してきて、こうして飯を作ってくれる。それが同居の条件なのだ。
「ごちそうさまでした」
食事が終わると、俺は袖を捲り上げ「はい、どうぞ」と腕を差し出した。
「おまたせ」
次は彼が食事する番だ。
俺の同居人は吸血鬼なのである。
「いただきます」
軽く爪を立てられた腕のあたりから、じわじわと力が抜けていく。痛みはないし痕も残らない。ほんの少しだるいけど、それも寝れば治るから問題はない。
「うん、今日も良い血だね」
当然だ。酒タバコはやらず、無理な残業もしない。バランスの取れた食事。休みの日もせっせとジムで汗を流して、俺が出された条件である健康を維持し続けているのだから。
「やっぱ飯は家で食うのが一番だよ」
よろしかったら、また次も覗いてみてください。
お待ちしております。




