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大体ダンテという男は面倒臭いし小うるさいし、根に持つタイプだし真面目すぎるし悪知恵は働くしで、性格の悪さで言ったらもう、本当に碌なもんではない。
ただ顔が国宝級に美しい。それだけの本当の碌でなしだ。
「くっそー! 騙された!」
ダンテが何かをミシェルにナイスにお願いしたりするときは裏がある。
そんな事は経験則でわかっていたはずだと言うのにこの有様で、ミシェルは悔しくって仕方がない。
年明けの行事に参加すると決めたのはミシェルだ。
今年の行事を以てカロンは成人するという成人の儀式も兼ねると言うではないか。もちろんかわゆいカロンの為なら一肌脱いであげると約束した。
「実際に一肌脱ぐとは思わないじゃないの!」
「女に二言はないと言ったのはお前だ。それともお前は約束を違えるような女なのか」
しれっと悪い笑顔でニヤニヤそんな事を言うのは諸悪の根源・国宝級イケメンのダンテだ。
「大勢で冬の海に飛び込む儀式だと知ってたら、絶対に断ってたわよ!大体なんであんたは一緒に飛び込まないのよ!」
ミシェルは海に飛び込むための薄い神殿の儀式用の白い衣装着替えさせられていてお冠もいいところだ。
寒いのが大嫌いなミシェルが、何が嬉しゅうて新年の早朝から真冬の海に飛び込まにゃならん。
そう言う訳で、新年の早朝から3人は神殿の貴賓室に来ている。
ご機嫌な男二人と、最高に機嫌の悪いミシェル一人。
「私は聖女様の警備の仕事を仰せ仕っている。お前のような暇人のように冬の海で遊んでいる暇はない」
ミシェルをうまい具合にだませて、鼻歌でも歌いたいくらいにダンテはご機嫌だ。
「ありがとうミシェル、この儀式の後に出てくるスープは格別だよ。楽しみにしていて」
キラッキラの笑顔でカロンはそう言ってくれる。
カロンはそもそも毎朝早朝に神殿でお清めがあるのだ。
早朝の祈祷は朝っぱらから冷たい水を被る儀式で、この厳しい鍛錬をカロンはなんと、神殿の子供になってから1日も欠かさず続けていると言う。そう言う訳で己のお願いが、そんなにミシェルに対して苦を伴うお願いだとはまるっきり本人は思いもよらない。のでミシェルの怒りの矛先はカロンにはどうしても向けられないのだ。くそう。
そう言うわけで、この早朝の祈祷の集大成みたいな儀式が、年明けの清めの儀式なんだとか。
今日のこの真冬の海に飛び込む行事の一番最初を司どるのもカロンだ。
カロンが冬の海に身を投げたのち、信者達がカロンの後を次々と冬の海に飛び込んで、一年の最初を穢れなき心と体で臨むらしい。払えた穢れが多ければ多いほど神はお喜びになるとかで、少しでも多い参加者が望まれる。
お前のように邪念と邪心が多い人間は、穢れがたくさん払えていいではないか、とせせら笑うダンテにミシェルは蜜柑を20個は投げつけてやった。
「冬に一人で清めの正殿に行くのはやっぱり少し辛いんだけど、大勢が一緒に冬の海に来てくれるならとても嬉しいよ。ましてミシェルが来てくれると言うのであれば、素晴らしい成人の年になる。ありがとうミシェル」
今日で成人になるというかわゆいカロンにそう言われると、毎年正月の駅伝は、この世で一番怠惰であったかい場所・コタツにみかんで、寒い中頑張って走ってる人たちを肴に酒を飲みながら見ることにしてる主義だなんて言えやしない。
「では私は祈祷に入るから、後で集合しよう。スープはその時に一緒に飲もうね」
蟹が3杯くらいガッツリ入ってるスープでなきゃ割りに合わねえなあと思いながらも、「いってらっしゃい」なんて笑顔でカロンを貴賓室から送り出した。
「ミシェルさん、そろそろですよ」
わざわざ聖女のところから呼びに来てくれたアランについて、ミシェルは一般信者と一緒になって、薄着でゾロゾロ冬の海行きの馬車にドナドナされる。後ろで黒く笑うダンテを祈祷の時間に呪いたおしてやろうと誓いながら。




