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「そんなにお辛いのでしたら、実家のご家族は頼れませんか?」
「それができたら、どれだけよかったか・・私は夫と結婚する時に勘当されているんです」
しくしくと涙を落としながら、ファブリジェ女史は身の上を話し出した。
「私は父の工房で宝飾職人として修業をしておりました。女性の身で宝飾職人のギルドに入るのは非常に難しいのですが、父はその道ではかなり尊敬を受けている職人で、私はその娘という事で、女性初の登録ギルド職人として、子供の頃から他の職人と同じように鍛え上げられてきて、私も父の期待に沿うように精進していました」
ダンテが口を挟む。
「ああ、宝飾の世界では、ファブリジェ女史以前、ファブリジェ女史以後という言葉ができたほどだ。女性的な感性と、卓越した匠の技で繰り出された宝飾品は実に見事なものだ」
ミシェルはファブリジェ女史の作品は、ダンテの時計しか見たことはないが、その時計一つの細やかな細工でもミシェルの心をつかんで離さないのだ。
聞けば男社会の中で孤軍奮闘して、芸術の域まで、己の技と自分を高めてきたのだ。並大抵ではなかっただろう。
働く女のはしくれであるミシェルも、尊敬の念を送る。
女史はダンテの賞賛に少し気をよくしたのか、少し口角を上げたが、
「ええ、そうやって朝も昼もなく、父の元で修行を重ねて、男社会で負けないようにと戦っておりましたら、随分行き遅れてしまいまして」
そんな頃合いに、出会ったのが今のご主人だとか。
「主人は、私が職人である事も何も知らないで、ただ偶然に仕事の合間の気晴らしに行った新しいコーヒー店で出会った、コーヒーの焙煎人でした」
なんでも、ご主人はファブリジェ女史がその道の第一人者である事やらなんやらを全くしらずに、普通にお店にやってきた可愛い女の子をナンパをしてきた、明るい人らしい。
工房では皆がライバルで、そしてファブリジェ女史は親方の娘で、女性職人の第一人者。尊敬や妬みは受けるが、ただの可愛い女の子としての目を向けられる事など、工房では全くなかったという。
宝飾の事などなにも知らない世界からの、ただ自分を女としてだけ扱ってくれる、明るくて優しい男に、完全に行き遅れて女性としての幸せなど考えていなかったファブリジェ女史が出会ってしまったのだ。
あとはいわずもがなだ。
二人は恋に落ちたが、ファブリジェ女史のご両親は、宝飾の職人の世界以外からの夫など、とても認められないとこの結婚に大反対したらしい。
まあ、気持ちはわかる。女性の活躍できないでいた世界に我が娘を鍛え上げて投げ入れて、導き、磨いてきたご両親だ。ご本人もだが、ご両親の苦労や努力はいかばかりか。
そりゃ他の世界の男の普通の奥さんにするには惜しいと思う気持ちも、ちょっとわかる。
「それで、両親の反対を押し切って、私は駆け落ちして主人と結婚しました。父の工房もでてしまったので、一人で受けられる注文だけ受けていたんですがそのうち子供を授かって」
「ひゃー!大恋愛の末ですね!」
ミシェルは恋愛脳なので、淡々としたファブリジェ女史の大恋愛の話がうれしくて仕方がない。
親に反対された二人は、駆け落ちしてむすばれて、こんな可愛い子供にめぐまれるだなんて、少女漫画のハッピーエンドだ。ニヤニヤがとまらない。
ファブリジェ女史は、すっと優しい母の顔になって、暖炉の前で眠る子供二人に目を送った。
子供達は、上の子が3つで、下の子がまだ1歳になっていないかぐらいだろう。
ミシェルが可愛いですね、とつぶやくと、心から幸せそうな顔になって、女史はほほえんだ。
そこでふ、と思う。
(なら、一体なにが彼女を苦しめているのだろう)
ミシェルだったら、駆け落ちするほど大好きな男とむすばれて、こんな可愛い子供二人に恵まれて毎日生活してたら、毎日お花畑みたいな頭で生活してるはず。
少なくとも古橋のたもとで死にそうになりながら水面をみつめて、見知らぬ異世界人に心配されてタックルかまされるような顔なんて、絶対してないはずだ。
ミシェルはカロンにお願いして、離れから占いの道具を持ってきてもらった。




