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「お詫びに、占いですか」
ファブリジェ女史に怪我をさせたのはミシェルだ。
かなり意外な申し出だったようすで、目をぱちくりとさせている。
結局は勘違いであったけれど、ミシェルは人助けをしようとして怪我をさせてしまったのだし、何かお詫びをさせてくれとミシェルがいうと、カロンが、
「ではミシェルが占いをしてあげれば?ミシェルはとても評判のよい外国の占い師なんですよ。きっと貴女の悩みの解決の糸口になってくれますよ」
そう促してくれたのだ。
話を聞くと、ファブリジェ女史は占いなど初めての様子。
占いはしょっちゅう試したいタイプの人種と、一切触れないタイプの人種がいるが、おおよその後者のタイプの女性は機会があったら絶対やってみたいと思っているタイプが多い。
ファブリジェ女史も完全にそのタイプらしく、隠しきれない好奇心が見え隠れしながらも、謙虚な性格なのだろう。こほん、と咳払いをすると、こう答えた。
「そうですね。それでミシェルさんの気がすむのでしたら、お受けします。でも本当に気になさらないでください。善意での行いでした事はよく存じてますので」
そもそも、寒い中、冬の古い橋の上でたたずんじゃう程には、結構な悩みを抱えているこのファブリジェ女史だ。
多分、ちょっと、占いの相談という形でも、吐き出しておいた方がいいのじゃないかな。
「そうですか、ありがとうございます。とても助かります」
ミシェルも落としどころが見つかってほっとした。
これが元の世界であれば、大きい方の虎屋の羊羹セットにのしでも付けたものを持って行って、目上の人と一緒に謝罪にご自宅までお伺いするというやり方があるのだが、この世界のきちんとした謝罪のやり方、知らないのだ。
(こういう所もきちんと勉強してからじゃないと、この世界での独立は難しいわね)
ミシェルは異世界で独り立ちして生きていく事の難しさをしみじみ感じているところだ。
・・ミシェルはそろそろダンテの家から独立しようと、そう思っている。
こんな異世界に呼ばれたのはそもそもダンテの所為だとは言え、その人生をミシェルへの償いになど費やしてほしいなど、ミシェルは決して望まない。
なんならベアトリーチェ様の事も、ミシェルの事も全部忘れて日々好きな魔術を研究してうまいものでも食って楽しく生きてほしいのだ。
それには、ミシェルが独立してこの世界で立派にやって、幸せになっている所を見せてやるしかない。
あいつはこの世界で幸せにしてそうだから、放っておいてやろうと思わせるほど。
(それに)
認めたくはないが、絶対に名をつけてはいけないダンテへの感情がミシェルの中で芽吹いてしまっている事にミシェルは気がついている。無闇に聡い男にそれを悟られる事は決して許されない。
ならここで大人の女ができる最高の決断は、綺麗に物理的にお別れをする事。
これが実に難しいのだが。
ファブリジェ女史が謝罪を占いで受け入れてくれるという事で、ダンテもカロンもほっとしたらしい。
「子供達が起きてきたら、僕が面倒みておきますからゆっくりしててくださいね」
「ああ、子供達の食事も私が良いものを考えて用意しておくから、女史はしっかりと、ミシェルに見てもらってくれ」
そう、優しい言葉でミシェルの離れの仕事場に二人を送り出そうとしてくれた。
カロンはそもそも優しい天使みたいな子だし、神殿でよく面倒を見ていた事もあり子供が好きだ。
ダンテは作ったことのない子供用の料理を試して実際に子供に食わせてみたいだけだから、別に特別女史に親切心を出したわけではない。二人とも通常運転だ。
だがこの二人の軽いちょっと優しい言葉に、ファブリジェ女史、その場でなんと号泣をはじめたのだ。
「ダンテ様・・!私、毎日毎日、朝から晩まで子供の面倒を見てて、ご飯つくるのつらくて、寝かしつけが上手くいかなくって、可愛い子供達なのに私辛くて、辛くて・・」
オイオイと周りを憚る事もなく号泣するこのファブリジェ女史。
(あー、やっぱり育児ノイローゼ気味だったんだな)
びっくりして固まってしまっている男性陣だが、ミシェルの大学の時の友達が同じ状態になって喫茶店で号泣された事があったので、すぐに何が起こっているのか、理解した。
びっくりしちゃって、オイオイと泣くファブリジェ女史の背中をさすってあげる事しかミシェルにはできなかったが、ミシェルはこのファブリジェ女史の後ろの光のさざめきが、随分圧縮されている事に気が付いていた。




