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「モラルって、社会が社会としてきちんと成立するために必要な、共通のルールだと思うわ」
鑑定が終わって、随分とおちついたヒュパティアは、外で転移魔方陣を用意して逃げる気満々だったダンテを呼んで、お茶に誘ってくれた。
可愛らしい客間には、女の子らしい、柔らかい色のフワフワのクッションだの、綺麗な花のブーケだの、落ち着いた中にも優しい、柔らか色合いで纏められていた。
この優しい、可愛い部屋の持ち主が、御年200超えの瀑布のような激しい愛をまき散らす問題児であるなど、だれに考えが及ぶだろうか。
ミシェルの考えは受け入れたものの、魔法法の専門家だというヒュパティアは、やはり法治国家には、法が必要であるという考えだ。いまいち足を一歩モラルの外に出すのに、抵抗がある様子。
「だけど、個人の幸せは、モラルの上に存在するものよ。モラルに反しているという自覚をもって、社会活動に迷惑が及ばないように工夫をするなら、モラルという存在に敬意を払う事はあれど、縛られるのはおかしいと思うの。これみて。ヘソのピアス。すごく若い時に、あけたの」
そう、ミシェルは、もぞもぞとブラウスのすそを出して、ヘソのピアスをダンテとヒュパティアにお披露目した。
ヒュパティアは初めて見るヘソピアスに、興味深々で、ダンテは「下品だ」と真っ赤になって、そっぽむいてしまった。
ミシェルはダンテを無視して、続ける。
「私の田舎では、ピアスの穴を開ける事は、親にもらった体に傷をつけるという事で、非常にいやがられていたの。でも、いつも地味な恰好をしなくちゃいけなくて、おしゃれなんて悪い家の子がする、みたいな考えの場所で、おしゃれがしたくてしたくて、もう本当に苦しくて、なにかで自分だけのおしゃれをしたかったのね」
「それで、ここにピアスあけたの。耳ならバレて大変だから、ならとバレないようにヘソ!」
「ハハハハハ! あなた頭いいのね!!!」
ヒュパティアははじけたように大笑いだ。
「でしょ?ヘソ出すようなおしゃれなんて、どうせできやしないような田舎だったもの!!」
たかがヘソの穴ひとつだが、バレたらミシェルの田舎では犯罪者扱いだし、おばさんの肩身がご近所で狭くなってしまうのは、よく知っていた。
ミシェルもそれをきちんと理解しているので、ヘソに穴を開けてからは、上京するまでは、ずっとヘソは大事にしまっておいたものだ。ヘソのおしゃれは、ミシェルだけの楽しみ。
誰にも迷惑を掛けない反・モラルであれば、別にいいじゃないか。
「なるほどな、社会の規範は運営上守るべきだが、それが個人を幸せにしないのであれば、もう一つ考える余地があるということか」
うーん、とダンテが顎をなでながら、考える。
「ヒュパティアさんが、自分の他に、99人の男性とお付き合いする事を了承してくれる男性であれば、いい大人なんだしいいんじゃない?社会のモラルには反してるけど、だれも不幸にならないのであれば、社会にとっては結果的にプラスじゃない?」
「やれやれ、お前の考え方には賛成だし、これで師匠の悪癖が解決するのであれば、私には何も言う事はない。だが、カロンに聞かせるなよ。まだ子供のカロンにこの考え方は、刺激も強いし、なにせ品は悪い」
ダンテはいやそうに眉をしかめた。
ミシェルのヘソピアスの事を言っているのだろう。
さすがにミシェルも、ミシェルのヘソなんて汚いものを、あのかわゆい子に見せる気はないが、やはり教育には悪そうだ。今日の話は大人の間で止めておけたらと思う。
「悪癖って随分ないい方ね、ダンテ。でも確かにそうよ。みんなが逃げ出すほどに私の愛の与えかたが問題なのであれば、改善しないと先はないわ。ありがとうミシェルさん。この国のだれも、貴女のような考えを、私に進言しなかった事でしょう」
ヒュパティアは、そうニコリと笑うと、心を決めたらしい。
ぶつぶつと、目の前にある紙に何かの魔法を掛けた。
100枚はあろうかというその紙はゆっくりと宙に浮かんで、そのの表面には、金色に光る文字が浮かび上がってきた。ミシェルが息をのんで見守っていると、紙は一斉に紙飛行機の形を象って、窓の外に四方八方に飛んで行った。
素晴らしい魔術だ。
ポカンと見守っていたミシェルに、ヒュパティアは、いたずらっぽく肩をすくめると、
「今まで袖にしてきた殿方全部に、今お手紙をさしあげたの。100人の内のお一人の扱いでもよければ、貴方の愛を受け入れますってね」
と涼しい顔でいうではないか。
ダンテは笑って
「明日から忙しくなりますね。師匠」
そう言って、とても嬉しそうにミシェルの肩をたたいた。




