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異世界占い師・ミシェルのよもやま話  作者: Moonshine
モテない女には、具体的な理由があるものだ

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「周りの言ういい子の枠から出ないように生きてきて、自分が本当はだれか、忘れてしまったわけよね」


しくしくと、これまた非常におもしろみのない、白い地に、紺色のストライプが入った、可も不可もないハンカチで、ビュリダンは涙を拭う。


ミシェルは胸が悪くなる。

どうせ、これも無難だからと選んだものなのだろう。


ミシェルはビュリダンの背中をさすってやりながら、自分のポケットの中に入っている、下手くそな刺繍の入った贈り物のハンカチを思い出した。

デートはお断りしたが、このハンカチを思うと、心が、温かくなる。


ビュリダンが涙を拭う、この無難なハンカチを手にした時、胸に去来する感情は、何もないのだろう。


靴だって、髪を飾るリボンだって、ミシェルの周りの全ては、ミシェルが手に取ると、少し幸せになるものばかり。

だが、ビュリダンが手にする何もかもは、ビュリダンにとって、いい子が持つべきもの、それ以外の何でもないのだ。


ミシェルは、途方に暮れて、ビュリダンの、動きのない後ろの光に集中し、サイコロを転がした。

魂を手放している娘だ。どんなメッセージを与えてくれるのか、祈る思いだ。


(この子の幸せを、どうか導いて)


生きている屍のようなビュリダン。ミシェルは心を込めて、祈った。


ころころと、ミシェルのサイコロは、妙なページの番号を示した。


(TOMOKO編曲・・の・・あれ、これって、歌詞ないやつじゃない)


ミシェルのカラオケ本の、後ろの方のページだ。

伴奏の曲のセクションなのだが、歌詞がない、ただの楽譜だ。

TOMOKOは有名なアレンジャーで、TOMOKOの手で編曲された曲は、いろんなコマーシャルに利用されている。

ので、歌詞のない編曲された楽譜がこのカラオケ本に載っていても、おかしくはない。


うーん。ミシェルは考える。

ミシェルは一応ピアノは弾けるが、そう上手なわけでもないので、この楽譜を見ても、あまり何も感じない。


(と、いう事は、このTOMOKO、がメッセージの部分って事なのね)


ともこともこ・・


雑誌に載っていた、長い髪をしたTOMOKOのインタビューの写真を思い出すが、どんなインタビューだったか内容は覚えていない。その雑誌を買ったのも、好きなイケメン俳優のグラビアがあったからだったし。


(そういえば、他のTOMOKOいた気がする)


ミシェルがぼんやり思い出したのは、有名アレンジャーのTOMOKOではなく、元の世界の、ミシェルの田舎の、同級生の朋子ちゃんだ。

共働きの両親の元で育って、祖父母が朋子ちゃんを親代わりに、いつも可愛がってもらっていた子だ。


祖父母が大好きな朋子ちゃんは、そんなわけで、自分の祖父母以外にも、よく年寄りになついて、積極的にそのお手伝いをするような、いい子だった。


お年寄りたちは、朋子ちゃんに、電球の替えだとか買い物とかの手伝いをお願いする度に、


「朋子ちゃんがいて助かるわ」

「朋子ちゃんがいなかったら困ってたところだ」


と、無邪気に、善意で、そう感謝して、結構なお小遣いをあげていた。


親も、そんな年寄りによく可愛がられるいい子に育った朋子ちゃんに、満足していた。


だが、朋子ちゃんは、長年、年寄りの手伝いをして褒められ続けた事で、そこに自己の価値を見出してしまったのだ。


折角都会の大学に合格してたのに、田舎に留まって、進学せずに、就職せずに、田舎のおばあちゃん達の世話をし続ける、と言い出して、朋子ちゃんの親を慌てさせたのだ。


田舎の年寄りの世話で、未来をつぶすつもりかと憤る両親に、朋子ちゃんはきょとんとして、言ったらしい。


「でも、私がいなかったら、おばあちゃんたちみんな困っちゃうじゃない」


その後、年寄り達全員から説得されて、納得はしていないながらも、しぶしぶ進学した。

年寄り達も、自分たちの善意の行いが、朋子ちゃんの未来を縛る枷になっていた事に、いたく驚いたらしい。


朋子ちゃんは、その後都会にでてから、年寄りに褒められる事以外にも、自分の価値を認める方法がある事に、やっと気がついたとか。


その後演劇にはまってしまった朋子ちゃん、今は舞台女優を目指して、20も年上の演出家と付き合ってるとか。

やはり年上に褒められるのに弱いのは、しょうがない。


(なるほど。朋子ちゃんシンドロームか)


ち、とミシェルは心の中で舌をうつ。


ビュリダンは、愛のある家族の中で、愛されて幸せだった。

そしていい子、いい子と言われ続けて愛される経験を重ねるうちに、愛されたければ、いい子である必要がある、と、子供のビュリダンは理解した。


そして、ビュリダンは、いい子である引き換えに、無邪気に、自分そのものである、魂を手放した。

何が自分を幸せにするのか、自分が一体、本当は誰であるのかをすっかり忘れて生きているゾンビになった。


なるほどね。


ミシェルは納得してしまう。


ビュリダンのようないい子ゾンビはあまり見ないが、社畜と言われる類の、ビジネスマンゾンビなら、元いた世界では大勢いたものだ。


会社の売り上げを上げて社長に褒められたくて、取引先に詐欺まがいの案件を出した隣の会社のおじさん。子供の誕生日にサビ残した同僚。新婚旅行先から直帰して、トラブル対応してきた取引先。


みな、誰かに認められたくて、愛されたくて、一番大切なものを、うっかり手放した事に気がついていないのだ。


(・・なら、取り返すまでよ)


ミシェルは、にやりと口角をあげた。


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