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ミシェルは、急に知らない人から、いきない話しかけられて、固まってしまったのだが、リリーはさすがというか、現役のバリキャリだ。落ち着いて、しかもちょっと優しいトーンでこう、諭した。
「どちらの方かしら?お嬢さん。下着の話なんて、親しい友人との間でしかしないものなのよ」
あまりミシェルは隣のテーブルに誰がいるのかなんて気にかけなかったが、どうやらこのお嬢さん、隣の席で、一人で食事をしていたらしい。
このレストランには、ミシェルもリリーも、「未亡人の秘密」を楽しみに食べに来ていたのに、このお嬢さんは、普通のサンドイッチと、普通のアイスクリームを頼んでいた様子。
正直、こんな人気店でオーダーしなくても、どこでも食べられるセレクションだ。
なんだか、妙な人だ。
リリーにここは会話を任せて、ミシェルはこのお嬢さんを観察する事にした。
お嬢さんは、案外図太いらしい。悪びれずに、まっすぐリリーを見て、
「ええ、失礼かとは思ったのですが、私、いままで彼氏がいたことがなくて」
そういった。
ぶっちゃけ、リリーの時も、そんな事を聞いてびっくり仰天したのだが、リリーとは違い、このお嬢さんの場合は、ああ、そうかもしれないね、というのがミシェルの印象だった。
何というか、このお嬢さん、何一つ面白みがないというか、表情一つとっても、詰まらなさそうなのだ。
服装は地味で、色味がない。形も、この国の定番。無難で普通。
髪の毛も、まあ綺麗にまとめているが、つまらない。
お化粧もしているが、なんの、面白みもない。おそらく、本人も楽しんで化粧しているわけではなさそうだ。
リリーの時は、なんというか意気込みというか、気合と計算ががっつり感じられた残念感のあるタイプで、ちょっとそういう残念かわいさが魅力につながったのだが、どの角度から見ても、このお嬢さん、魅力が感じられないのだ。
リリーは、元・彼氏いない歴年齢だった事もあり、美しい眉をひそめて、相談にのってやるモードだ。
こういうお人よしで素直な所もやっぱり可愛いと、ミシェルは思う。
お嬢さんは淡々と、続ける。
「下着は私、黒しかもっていないので、少し耳にはいってきた会話が、興味深くて、声をかけさせていただいたんです。私に彼氏ができないのは、黒い下着のせいでしょうか」
どうやらこのお嬢さんなりに、真剣になやんでは、いる様子。
「ええと、下着が黒だから、っていうよりも、下着さえ黒い、っていう所がポイントなの」
ミシェルは傍観者になる予定だったのだが。
「きっと、貴方の家は、白い壁で、寝具は灰色か、白か、せいぜい紺なんでしょ?飲み物だって、柄の一つもない無地のカップで飲んでいるわよね、きっと。それに部屋に切り花の一つも置いてないとおもうわ」
あまり深く考えないで、ミシェルはそう、口にしてしまった。
そんな事より、「未亡人の秘密」最後の一口だ。この為に、リリーは残業を重ね、ミシェルも朝から朝食を半分しか食べてこなかったのだ。
最後の一口は、アイスクリームの中に隠された、温めた、小鳥の卵の卵黄のはちみつ漬け。これが、「未亡人の秘密」の「秘密」の部分らしい。
浸透圧の関係で、この卵黄ははちみつと同化して、えも言えぬ官能的な味になっているとか。
このふるふるの卵黄を咀嚼すると、ぷちん、とはちみつと同化した、温められた卵黄が口にあふれ、冷たいアイスクリームと混ざって、なんともいえないねっとりとした食感に仕上がるという、実にエロいデザートなのだ。
そうやって、あーん、と「秘密」をほうばったミシェルは、とつぜん目の前のお嬢さんに首根っこをつかまれて、ぶんぶんとゆさぶられ、折角の「秘密」は無残にもそのまま、舌を通過する事なく、ミシェルの食道に、吸い込まれていった。
「何で!わかるんですか!!!寝具は灰色です!!壁は白です!!花は、花瓶すら、うちにありません!!」
「ぎえええ!!ちょっと!!おちついて!!」




