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そうしていると、セイのの内側に今度はぼんやりと、白い、青い光がみえはじめた。
青い光は、濁った黄色い、セイの体にまとわりついている汚い光に絡みつかれているが、ゆっくりとその青白い光を糸のように伸ばして、ミシェルへと、たどり着いた。
ミシェルは青い光に身を任せ、その記憶を体中で感じた。
しばらく沈黙して、そしてミシェルは悟った。
(泣いている、のね)
青い光の記憶が見せてくれたのは、セイの中にいる、小さな少年。
少年は、一人でおいおいと、声を枯らして泣いていた。
ミシェルは部屋の端におかれた占い道具をとりにゆき、ゆっくりと、セイの目の前に、座った。
(この人は、泣いている子どもが、大きくなっただけ。まだ心の中に、泣いている子供がいるのね)
ミシェルはお人よしだ。
泣いている子供をほうっておけるような、そんな心はもっていない。
大きく深呼吸をすると、ミシェルは話しかけた。
「大丈夫よ。ここには貴方を傷つける人は誰もいないわ。大丈夫よ」
小さな少年のままの心を持った美貌の男は、ミシェルの方を見た。
少年の記憶が、一気にミシェルに流れ込む。
遠くから、セイの父の声が聞こえてきた。
(お前は何という愚か者だ、これだけの事もできないなど、伯爵家の恥さらしだ!)
ここはセイの子供時代なのだろう。
暗い部屋で、息もつく暇もないほどの、大量の課題を与えられて、泣いている子供は、セイの面影がある。
ああ、セイは計算問題を間違えたらしい。恐ろしい事に、包丁がセイの机にダン!と刺されて、怒鳴り声が聞こえる。
(夕食は抜きだ!この出来損ないめ!)
バチン、と平手を打つ音。
ひんひんと、まだ子供のセイはなきじゃくる。
そのまだ小さな手にはたくさんの鞭うたれた後がある。課題が十分にこなせなかった時、皮の鞭で、その手は打たれる様子だ。
(こんなの・・教育虐待じゃない!!)
ミシェルは怒りで目の前が、真っ白になる。
見たところ、まだこの時のセイは、せいぜい7歳くらいの子供だ。
課題を間違えたからといって、包丁を机に刺して脅すなんて、気が違っているとしか、言いようがない。
だが、どうやらそれが、セイの日常らしい。
全てのセイの学習成果は管理され、少しでも期待を裏切るものがあれば、恫喝のごとく叱責を受ける。
早朝から騎士の鍛錬がはじまり、夜遅くまで、過酷な学習スケジュール。
地獄のような日々だ。
そして、少し時代が遠くに巻き戻るのを感じた。
ミシェルの目の前に見えたのは、違う時代の装いの男。どうやらセイの父親の、若い頃らしい。
非常に美しい顔をしているが、身なりは良くない。
農夫のような土にまみれた姿をして、白い歯が光るとても魅力的な笑顔をしていた。
次に見えたのは、結婚式の様子。
緊張したおももちの、先ほどの笑顔の美しい男。あまり似合っていない上質な服をきせられていた。
その隣には、冷たい雰囲気の美人がいる。
さざめく群衆の会話がきこえてくる。
会話から、セイの父親は低い身分出身で、伯爵家に、入り婿で入ってきた事がうかがえる。
美しい顔をしているこの父親に惚れた、セイの母親の希望で、この結婚が叶った様子。
(顔だけで伯爵家に)(逆玉の輿)(教養もないくせに)
どうやらあまり歓迎されていない結婚だった様子だ。
舅はセイの父親に非常に厳しかった。
セイの父は、特に優秀な学者であるわけでも、騎士であるわけでもない。
娘に甘い伯爵は、娘の喜ぶオモチャをねだられるままに与えてやった、そんな所だ。
ただ顔がよかっただけで、代々優秀な騎士を輩出する、伯爵家の一人娘と結婚ができただけの男。
群衆の評価は、そっくり事実そのままだった。
舅は伯爵家の一員にふさわしくあるように、厳しく、婿に領地の経営を教え込み、騎士の訓練をたたきこんだが、付け焼刃の教育などでは、領内の尊敬を得る事は、できない。
どの場面でも、役立たずで顔だけの男であるレッテルを張られた美しい顔の男は、次第に心を病みだして、美しい笑顔を見せる事はなくなった。次第に憎悪と復讐心に心を明け渡してゆく。
男は、憎悪と復讐心と、その心からの願いを、実の息子に託しはじめた。
誰よりも優秀であれ。誰よりも強くあれ。だれよりも、尊敬される存在になれ。
お前の仕事は、領内で一番尊敬される子供の父に、私をすることだ。
セイは、父と違って、生まれついての正式な血統の、伯爵家の跡取りだ。
そもそも出来が良い子供であった事も幸いした。
常軌を逸した、すさまじい圧の、セイへの父の教育の成果で、セイはこの国のどの青年と比べても遜色のない、立派な伯爵家の跡取りと育っていった。
セイは、父を憎み、恨んでいる。
だがその父の教育の成果で、国で一番と呼ばれるほどの優秀な男に成長した、そして、その父によく似た美貌で、社交界の花形と、育ったのだ。
(憎くて、憎くてしょうがないけれど、父に感謝して、それから・・父を愛していたのね・・)
ミシェルの心は痛みでキリキリと割れそうだ。
セイの母は、美しいものが好きな、蝶よ花よと育てられた生粋のわがままなお嬢様だ。
夫が慣れない領地経営に苦しんでいる間も、舅から良く扱われていなくても、領民から軽く見られていても、我関する事なく、自らのサロン活動に、勤しんでいた。
夫も、その美しい顔以外は興味ない。
子供も、ペットのように可愛がりはするが、教育などには興味がない。
父の教育を憎悪し、否定しながらも、その成果はまぎれもなく、セイをこの国一番優秀な青年の一人とした。
そして、どれだけ歪んでいても、どれだけ間違っていても、無関心を貫く母親とは違って、父は、セイを見て、そして愛してくれていた。
(父にされた事が、当たり前だと思っているから、部下に同じことを、しているのね・・)
怒鳴られ、暴力を振るわれて、そして歪んだ愛を与えられて育ってきたセイにとって、自分が部下にしている事など、おかしい事であるという自覚すら、ないのだ。
(普通が、わからないのね)
セイの心は、まだ癒えていない。癒えていない心は、すなわちまだ、被害者の心理のままなのだ。
被害者の心理のままのセイは、自分が、別の立場から見れば、立派な加害者であるという事に、全く気づいていない。




