4
そんな事があった、一週間後だろうか。
ミシェルはサンルームで、カロンに文字を教えてもらっていた。
やはり独り立ちするには、文字くらいは覚えてないと困るかなと、ミシェルがお願いしていたのだ。
「そこの文字は、一本線が多いよ。それからミシェルはいつもここの綴りを間違えるけど、ここの綴りを変えたら別の意味になるから、気を付けて」
「はーい、カロン先生」
ミシェルは苦笑いだ。
このいつもは天使のように可愛いカロン、案外先生役になるとビシバシと厳しいのだ。
ちょっと不便にならない程度に単語が読めたらいいと思ってるだけのミシェルと、貴族の子弟くらいの教養レベルを教えようとしているカロンとの間の温度差が、目下大変だ。
「もう、ミシェルはいつもそうやってはぐらかすけど、困るのはミシェルなんだから、頑張って勉強して!」
そうやって、あまり乗り気ではない勉強を、カロンとちんたら頑張っていたそんな午前。
「やあ、ようやく君に会えた」
ノックの音に振り返ると、面倒臭そうな顔をしたダンテと、満面笑みの、オデュセウスが大きな花束をかかえて、扉の前に立っていのだ。
先日の朝のラフな格好とはまたちがって、紺のベルベットのジャケットをきちんと着こなして、白いタックの入ったパンツが実に清潔感がある。うねりの強い髪は後ろにまとめられて、いやあ、イケメンの正装の眼福なこと。
水分の多い瞳はきらきらと、ミシェルに会えた喜びで輝いている。
こんな状況、もしオデュセイがパワハラ男で休職くらってると知る前であれば、飛び上がるほど嬉しいシチュエーションなのに。
目の前のカロンが、ちょっと固まっている。どうやらカロンの中でこの男、かなりの要注意人物らしい。
「あははは、先週ぶりですね、ははは・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そうですか、風邪をひいてらしたのですね。あの後、またミシェルさんに会えないかと、毎日川べりで、貴女を探していました。それで、痺れを切らして、今日はダンテの家まで直接会いに来ました」
「はあ・・ありがとう、ございます・・」
とりあえずミシェルはここの所風邪ひいてた事にしておいたダンテの嘘にありがたく乗っかって、ミシェルは言葉を選びながら、どうやってこの場を乗り切るか、頭はフル回転だ。
正直、川べりでの出会いはめちゃくちゃロマンティックだった。
恋愛上級者っぽく、また会えますよね、的な事はミシェルから言った記憶がある。
しかも、ミシェルはダンテにはまだゲロってはいないが、実はあの日かなりミシェルはセイといい感じになって、ほとんど口づけのちょっと前の雰囲気にまでは、なったのだ。
パワハラ男と口づけ寸前まで言った、なんてこっぱずかしくて、いまさら言えない。
どう考えてもセイを期待させたのはミシェル。
セイがダンテの家に乗り込んできたののは半分はミシェルの責任。
だが、ミシェルにも言い分がある。
(パワハラ男って知ってたら、あんなムーブしなかったわよ)
「セイ、ミシェルはここには仕事きている。とても忙しいんだ。お前のような暇人の相手をしている時間はあまりない。次からは前触れをだしてから来い」
仕事を理由に、結構直接的にダンテがセイを追っ払おうとしてくれているのが、よくわかる。
だが、そこまでいい雰囲気になっておいて、一週間もほったらかしの上、理由が仕事で忙しいから、なんて大人の世界では完全にナシだし、何なら恋愛ゲームをしかけていると解釈されても、仕方がない。
なんだか真相をしらずに、頑張ってミシェル守ろうと、頑張ってくれているダンテに申し訳ない気もする。
「ああ、外国からダンテが客人を呼んでいるとは聞いていたが、仕事がらみだったのか。ミシェルさんは、一体この国で、何をされているのですか?」
ほほ笑みを浮かべるイケメンは、もちろん、あまりダンテの追っ払おうとしている態度は意に介していないらしい。
気を持たせたミシェルも有罪だという自覚はあるので、ここはセイを脅かして自分できっぱり追い払おう。
ミシェルはそう決めて、ふう、と息を吐くと、にっこりと笑ってセイにこう、言い放った。
「私、魔女の見習いで、占い師をしていますのよ。セイさん、貴方随分の方の恨みが後ろにひっついていてよ。折角ですし、どうなさったのか、鑑定して差し上げましょうか」




