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「おい、カロン、あいつ何があったんだ」
「さあ、いつもは寝起きは機嫌が悪いのに、今日は朝からすごくご機嫌ですね・・」
「気味が悪いな、朝から魔獣でも街に降りてくる予兆かもしれん。カロン、結界の綻びをみておけ」
「はい、今日は静かに家で過ごしていた方がよさそうですね」
二人はひそひそとミシェルの後ろで耳障りな会話を重ねているが、ミシェルは何も気にもならない。
ミシェルはニヤニヤが止まらないのだ。
朝から美貌のイケメンといい感じになってきて、美しい宝石を空にいっぱいに投げたかののような、そりゃ美しい鳥の羽ばたきを見れたのだ。
こんな朝からご機嫌で、何が悪い。
「おい、みっともない顔がもっとみっともない事になってるぞ」
ニヘラ、と締まりない顔で朝食をいただく手が完全に止まっているミシェルに、ダンテはそういう。
いつもなら、失礼な事を言い放ったダンテとここでひとバトルやりあうのだが、
「あんたに何を言われても気にならないわ。オデュッセイ様は、こんな美しい人がこの街にいながら、今までお近づきになれなかった自分を恥じるって言ってたもの!ダンテ、あんたも私みたいな美人は誰にも紹介したくないのはわかるけどさ、お友達に悪いじゃない。古いお付き合いだと伺ったわよ!」
デレデレと、バターを乗っけたパンの、バターが乗ってない方をむしゃむしゃと食べている事にも気がつかない。
オデュッセイ、という名前に、ダンテは何か、はた、と気がついたらしい。
「お前、セイに会ったのか」
ミシェルは鼻息が荒い。
「ええ!本当に美しい方ね、びっくりしたわ。あんたより顔は整ってるんじゃないの?ダンテがこんな美しい女性を客人として迎えていたのに、独身の私に知らせてくれないだなんて友達甲斐のないやつだ、って、怒っていらっしゃったわよ!」
ダンテは、ミシェルが美人だのなんだの世迷言をつぶやいてる内容の部分に注意を払っている様子ではない。
少し考えるように手元のパンに視線を落とすと、間を置いて、ミシェルに聞いた。
「お前、セイから、どこまであいつの事を聞いたんだ?」
頭が完全にピンク色になっているミシェルは、上機嫌で答える。
「宮廷魔術師ですってね!すごいわね!エリートじゃない!」
異世界人のミシェルには、本当はよくわからん職業ではある。だがおそらくセイの言い方を察するに、官僚に相当するのだろうと、ミシェルは判断した。
あの城のような館に住んでいる、エリート官僚だ。
不祥ミシェル、異世界でやっと大物独身イケメンを釣り上げたとご機嫌極まりないのだ。
ダンテははあ、とおおきなため息をついて、呆れて言った。
「ああ、お前は・・本当に頭の悪い・・たしかお前、ここに来る前は、商会かなにかに雇われて本格的に仕事をしていたんだろう?」
「ええ、毎日朝から晩まで死ぬほど仕事してたわよ。それが何か関係あるの?」
ダンテは飽きれたように肘をついて、聞いた。
「お前の世界ならいざ知らず、宮廷魔術師のような多忙な仕事についている人間が、夜明けを待って鳥の羽ばたきを眺めている時間も、それから心の余裕もあると思うか?」
そういや、ミシェルのような下っ端でも、仕事している時はジムに行く時間も無理矢理捻出していたような状態だった。忙しい官僚が、平日の朝に鳥を見るだけの為に早起きするか?
「え、ダンテ、あの方嘘をついてるとでもいうの?」
ダンテに指摘された部分があまりに的を得ていたので、ミシェルは焦る。
ダンテは、だがそのミシェルの懸念した部分についてはすぐ否定した。
「いや、そうじゃない。あいつは確かに宮廷魔術師だた、今休職中だ」
「休職? 体でも壊したの?」
ちょっとホッとして、ミシェルは質問を重ねた。
「いや、そうじゃない」
ダンテは非常に言いにくそうに、だが、教えてくれた。
「あいつ、普段はいいやつなのだが、仕事では、部下への当たりが異常に強くて、あいつの部下が何人も心を壊して、出仕できなくなってるんだ。これ以上貴重な人材を壊されては敵わんと、今、宮廷魔術師の管理部から、出禁の扱いを受けている」
「げ!!!!」
パワハラじゃないか!
「ああ、私の先輩の一人が、オデュッセイ様の部署の所属になって、やられましたよ」
虚無の表情で、あの天使のカロンが遠くを見つめる。
「オデュッセイ様の部署に魔法陣構築の仕事の依頼が入って、新任だった先輩が担当したのですが、オデュッセイ様の求める品質になるまで、上手く構築ができなかったそうです。その時にオデュッセイ様、毎晩毎晩、仕事終わりに先輩の寮にやってきて、深夜になるまで詰めに詰められて、ついには、先輩は心を壊して思わず王宮の屋上から飛び降りそうになった事がありましたね」
脂汗がミシェルの額を伝う。やべえ、パワハラ男にナンパされてたのだ。
「うまい話には、裏があるのよ。うまい話は身内で回すから、他人に回ってくる事はないわ」
また、いつも正しいミシェルのおばさんの格言が頭を掠める。
くそう。また、いつも、おばさんは正しい事が証明されてしまった。
うまいイケメンには裏がある。裏があっても、ある程度なら正直飲めるが、パワハラは論外だ。
うまいイケメンが異世界人にまわってくる事なんか、ないわな。無念。
キラキラとした美しい顔の眉をひそめて、心配そうにカロンは続ける。
「ミシェル、気をつけて。あの方は本当に美しいお顔をされているし、身分も高いし、魔法の才能もある。客観的には綻び一つない完璧な方なのに、いまだに婚約者が決まらないのは、それなりの理由があってのことなんだよ」
まだ子供のカロンにまで最もな忠告をされてしまった。
「ありがとうカロン、人って難しいわね・・ははは」
だから言っただろう、ミシェルを一人で街に出すのはまだ早いと?
でも早起きの年寄りくらいしか、早朝の川辺にいないと思ったんです。
あいつはアホだから、すぐに誰かについていってしまう。しばらくはお前か私が見てないとダメだ。
ダンテ様、ミシェルにだって多少自由にさせてあげないと、かわいそうです。
ミシェルの後ろで麗しい二人が、ケンケンガクガクやっていているのを聞き流しながら、ミシェルは冷めた紅茶をすすっていた。




