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「・・っていうお客さんだったのよ」
ミシェルは、随分遅れて着いた夕食の席で、ダンテに今日の出来事を話す。
ダンテもカロンも、先に食べておけばよかったのに、ずっとミシェルの仕事が終わるのを待っていてくれたのだ。
「そうか、ご苦労だったな」
ダンテはそれだけ言うと、ニコニコと今日の自信作だという、直火で焼いたタコのようなモノに、スイカの果汁をトロトロに煮詰めたものにミントをあしらって、出してくれた。
正確にはタコの魔獣の、クラーケンの子供らしいのだが、カリカリと少し焦げ目がある皮の中は、ふっくらと焼きあがっている。ぷりぷりしたタコに慣れているミシェルには、新鮮な食感で、焦げた苦みと、甘いスイカのソースと清涼なミントの葉に実によく合って、本当においしい。
「クラーケンは、海の温度の状態で、雌になったり雄になったりするらしいので、その生涯を通じて同じ性別であるクラーケンは、なかなか珍しい。お前の相談相手も、クラーケンに生まれていたら、どれだけ楽だったろうな」
重い悩みを聞いて、一緒に沢山泣いていたミシェルには、この涼やかな旨さは実にありがたい。
本当に、ダンテの言うその通りだ。とミシェルはクラーケンをかみしめながら、そう思う。
魔法で体を変えるときの痛みは、相当のもので、痛みに耐えかねて、部屋の壁にいくつも穴があくほどだったと、女は言っていたか。クラーケンのように、温度するっと性別が変わるなら、楽ではないか。
「知ってるか、クラーケンは雌の方が身は柔らかくてうまいが、雄は雄で、内臓にコクがある。どちらも食べ方だな」
ダンテはご機嫌で、二本目のワインを開ける。
ちなみに今日食卓に上がっているクラーケンはまだ雌雄が分かれる前の子供だとか。
「そうね、男でも女でも、その間でも、食べ方次第、生き方次第ね」
「もしもベアトリーチェが私の前に現れてくれたなら、男でも、女でも、クラーケンでも私は愛するというのに、うう、なぜだ、ベアトリーチェ、私を置いてなぜ旅立った・・」
メソメソと女の子の様に、またベアトリーチェ様を思って涙を浮かべるダンテは、非常に鬱陶しい。
それは置いておいてだ。
ミシェルが前の世界にいたときは、タコの雌雄なぞ気にした事もなかった気がするし、そんな時間もなく仕事や遊びに夢中だった気がする。
日が暮れるまで、人の悩みに耳を傾けたのも、そういえば初めての事だ。
(異世界での生活も、そう悪くないかもしれない)
ミシェルおいしいね、美味しくなってよかったですねダンテ様、さあもう泣かないで、おかわりあるからミシェルもっと食べなよ、と天使のような笑顔でダンテをスルーして、ミシェルにいそいそとお代わりのパンにバターまで塗って渡してくれる可愛いカロンにホクホクしながら、そんな事をふと、思った。
メシは旨いし、ここでは時間はゆっくり流れている。
そういえば、ミシェルは子供の頃、日がな鳥を眺めるのが好きだった事を、思い出した。
おばさんの家に引き取られたあたりの頃、都会から田舎に引っ越して、転校の手続きとかしている頃だ。
まだ新しい土地に友達もいなかったし、田舎には都会にあるような遊びがないので、することがなくて、ぼーっと鳥を眺めていた気がする。
スズメやら鳩やら、良くてつばめしか見たことのないミシェルだが、田舎では、メジロやらうぐいすやら、図鑑でしか見たことのない美しく鳴く鳥が、そのあたりで飛んでいるのが、とても新鮮だった。
両親を急になくして、いきなり環境の違う、友達も一人もいない田舎に住まなくてはいけなくなったミシェルにとって、鳥は、数少ない心を慰めるものだった。
「鳥でもみにいこうかな」
今の環境も悪くないけど、あの時ににてるかも。
ぽつりとミシェルはつぶやいた。
ベソベソ泣いていた、ダンテがおや、とばかりに食事の手を止めて、真っすぐミシェルを見た。
ダンテが真っすぐミシェルを見つめるのは、珍しい。
(心臓が・・止まる!)
ダンテの美しい紫の瞳に、真っすぐ見据えられると、たとえ中身は鬱陶しいダンテだとしても、どきりと、大きく心臓が鳴る。
「なんだ、鳥が見たいのか?珍しい事を思いつくもんだな」
ミシェルの心の中なぞ、ついぞ知らないダンテは、非常に優雅な手さばきでナプキンで口元を拭くと、うーん、と少し考えて、言った。
「そうだな、お前はいつも朝はいつも寝坊だが、朝早く起きる根性があるなら、アケロン川の近くに、美しい鳥が群生している。あの鳥を見てくるといい」
カロンも、ニコニコと相槌をうつ。
「そうですね、僕も早朝は礼拝があるからミシェルに付き合ってあげられないのが残念だけど、あのあたりは安全な場所だからミシェル一人でも、大丈夫だよ。少しみておいでよ」




