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(くやしい、くやしいわ。なんでこんな美しい心の母親が、こんなに苦しまなきゃならないの!なんとか言いなさいよ、一体彼女がなにをしたっていうのよ。教えてみなさいよ!)
ミシェルには、こんなに自分を腹の底から思ってくれる人など、いやしない。
ミシェルの苦しみを、身がよじれるほど我が痛みとして、苦しんでくれる人など、この世にも、どこにもいやしない。
(だから、くやしいのよ)
ミシェルは拳で涙をはらった。
(なんでこんなにも深い愛が、人を深く苦しめているのか、教えてよ。いますぐに!!!!)
強い光が、ミシェルの体から放たれて、女の後ろの光のさざめきに届いたのが見えた。
さざめきは、ミシェルの強い思いを受けて、ドン!と霧散した。そして遠くに旅をして、そしてくるりと向きを変えると次に、ミシェルの頭にものすごい勢いで、滝のように落ちてきた。
(うわ!)
ミシェルが強い光の力押され、おもわず椅子に座りこんでしまった時に、今度は映像が別の所から流れ込んできた。
(これ・・)
ミシェルに見えたのは、雲の上だ。
沢山の赤ん坊の魂が、無邪気に遊ぶその場所は、おそらく人によっては、天国だの、浄土だの、そういう言い方をして呼ぶ場所だろう。
この世ではない場所である事は、なんとなくわかる。
そして、懐かしい場所である事も。
ある赤ん坊の魂は何かのおもちゃであそんでおり、ある赤ん坊の魂は、兄弟だろうか、二つの魂でよりそっていた。どの魂も、完全な安全の中で、無邪気にあそんで、揺蕩っていた。
その無限に広がる平和な魂の中で、一人、ミシェルの知っている魂を見つけた。
この女の、息子だ。すぐに分かった。
体を持つ前の、魂だけの姿だ。
そして、そこに降り立つ大きな存在の声も。
「この体にするの?」
遠くの声だというのに、映像は鮮明にミシェルの目に移りこんできた。
魂は、大きくうなずいた。
「窮屈だし大変だよ。苦労もたくさんするよ。それでもこの体にするの?」
魂は、うなずいた。
優しい声が響く。
「そう。この体だと、君が学びたい事を、学べるからね。じゃあ、この体と魂の、お母さんを見つけてあげよう。優しい人を見つけてあげるからね」
そして大きな存在は、雲の下に、光の糸をなげて、一人の歩いているうら若い女の頭につないだ。
「この人は、この体と魂の君を、心からいつくしんでくれるよ。さあ、沢山苦労もするけれど、素晴らしい人生を君に贈ろう。いっておいで」
そして、魂は光の糸を、すべりおちていった。
・・・・・・・・・・・・・・・
ミシェルは、無神論者だ。
昔ミシェルをナンパしてきたイケメンの外国人は、神を信じないなんて信じられないと、いっていた。神様とやらは、父親のような存在だと。
け、泣くいたいけな子供から両親とりあげるような存在なんか、信じて損するばかりじゃない。
そうミシェルはイライラしながら答えたのを覚えている。
その後も、ナンパのイケメンは色々いっていたが、なんだか虫の居所が悪くなって、コーヒー半分も飲まないうちに、1000円札をたたきつけて店を後にした覚えがある。
今思えば宗教の勧誘だったのかもしれない。
ものすごいイケメンだったので、ちょっともったいなかったとは思ったのだが、無性に腹が立ったのだ。
(あれが、神様ってやつなのかな)
大きな存在に名前をつけるとしたら、神様なのだろう。
確かに、温かくて、優しくて、お父さんにような存在だった。あのイケメンの言っていた事がちょっとは理解できた、気がする。
(まあ私には、関係ないけどね)
そう、ミシェルには関係ない。でも、この二人には、多分関係してて、とても大切な事なのだろう。
目の前で苦しんでいる、この女の痛みが、少しでも楽になるなら、見たものを伝えるくらいは、何てことはない。ミシェルはお人よしで、そして、無神論者だ。
神様だか、先生だか、お父さんだか、誰かよくわからん存在が、この二人の力になりたいらしいのなら、その使いっ走りをするくらい、ミシェルは構わない。
ミシェルは、机をかみしめるように体をねじらせて、苦しみに耐えている女をそっと、抱き起すと、場にふさわしくないほど明るい笑顔を見せて、そして言った。
「ねえ、今見てきた事を、貴女に教えてあげるわ。私が見たことを、見たまま教えるだけだから、信じるも信じないも好きにしたらいい。大体そもそも私、この国の人じゃないから、あなたたちが何を信じてるかも、知らないのよ。だから、ただ聞いてくれる?」




