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アフロディーテは、オイオイと泣き縋るスージーの背中をさすってやりながら、ミシェルに向かってポツリとつぶやいた。
「・・メギーの夫はね、イカロスの副官だったのよ。メギーは私と同じように褒章として王から与えられた花嫁だったのよ」
アフロディーテによると、アフロディーテとメギーの結婚は、戦勝に湧く王国の英雄の花嫁として、熱狂的に迎えられたという。
だが、アフロディーテが英雄・イカロスの褒章としてイカロスに望まれた美貌の花嫁であった事に比べ、メギーの夫はイカロスの副官。そして婚姻もイカロスのように熱心に本人から求められたものではなく、メギーの家柄などを鑑みた上での褒章として王からの後ろ盾の元の結婚だったという。
「最初はね、私達は同じような立場だし、姉妹のように仲良くしていたの。でも、メギーは結局どこに行ってもイカロスと私の次点の扱いになるのが少しずつ我慢できなくなったみたいなのよ。
最初に子供が産まれたのも私。それから長い間ずっとメギーに子が産まれずに、やっと授かった子供も家督を継ぐ事はできない女の子で。私にはすぐに男の子が4人も生まれたのもメギーの僻みに拍車をかけたと思うわ。
メギーの私に対する態度がどんどん反抗的になって、私も腹が立つから、メギーには心ゆくまで仕返ししたりしてね。 でも、昔は本当に仲が良かったの。いまだにメギーの事を、マーガレット様と呼ばずにメギーと愛称で呼ぶのは、メギーの夫と私くらい。
そういえば私が人生であんなにひどい言葉をぶつけた相手はメギーだけだわ。あんなに怒りを覚えたのもメギー一人だけ。そういえば、私の本音をぶつける相手はいつも、いつだってメギー一人だけだったわ」
そして、アフロディーテは遠くを見て、一粒美しい涙を流した。
「不思議ね、ミシェルさん。あんなに憎いと思っていたのに、もう二度とメギーと会えなくなるのかと思うと、本当に、本当に悲しいわ」
そして、目を瞬かせて、涙を振り払うと、アフロディーテは天を仰いだ。
「体の調子が良くないのは分かっていたのよ。いやあね、男達って本当に冷たいわ。スージーみたいにこうやって感情が抱えきれなくなって泣いてくれたりはくれないんだから。私もメギーみたいに娘を沢山産んでおくんだったわ。そしたら私はこんなに見捨てられた気持ちになったりしないかしら」
奥様、奥様、とオイオイ泣くスージーは、イカロスや息子達に体の事を固く口止めされていたのだろう。堪えきれない思いが溢れしまったように泣くスージーは、本当にアフロディーテの事を大切に思っているのだろう。
そしてきっとスージーの事を娘のようにこのアフロディーテは可愛がっていたに違いない。
「でも、今更どうやって仲直りしたらいいものかしらね」
光のさざめきがゆっくりとアフロディーテの後ろから、形を象ってゆく。
さざめきが見せてくれたのは、姉妹のようにお揃いの美しい髪飾りを飾りあって、その美しさを褒めあっている、幸せそうな貴婦人の姿。
ミシェルは言った。
「メギーさんはずっとアフロディーテ様の真似をされていたのですよね、それが勘に触ったと、そうおっしゃっていましたよね。でしたらあの、いっそアフロディーテ様の方からお揃いの髪飾りを贈って、仲直りがしたいとおっしゃったらいかがですか」
「そうね・・ミシェルさん、私には、もう意地を張る時間は残されていないのよね・・」
ミシェルは何と答えてよいかわからなかったので、ただ静かに子供のように首を縦に一つ、振った。
アフロディーテはそれを見て微笑むと、覚悟を決めたように言った。
「ありがとうミシェルさん。覚悟が決まったわ。スージー! ほら、泣いている暇はないわ。悪いけれど、大急ぎで伝令を打って、早馬で宝石箱の一番下の段からサファイアとエメラルドの髪飾りを持ってきてもらって頂戴。今日メギーも鍋の祭典に来ているのよ」
急な事に目を白黒させているミシェルに向かって、アフロディーテは可愛らしい乙女のようにえへ、と舌をチョロっと出して言った。
「ミシェルさん、貴女は本当にすごいわね。実は20年ほど前に、メギーとお揃いの髪飾りを宝飾店で特注していたのよ。でも完成まで1年もかかったあの髪飾りが出来上がる頃には二人の関係が本当に悪くなっていてね。やっと、今日あの髪飾りを渡す事ができるわ」
アフロディーテの顔には、覚悟と、そして何かを手放してすっきりした表情が浮かんでいた。
「さあ、もうすぐ会場に着くわ、今日は何もかも忘れて楽しみましょうね。所でミシェルさん、貴女今日は鍋はどうしたの?持ってくるのを忘れたの?きちんとした数を被っていないとバチが当たって大変よ」
アフロディーテの指摘にギクリとしたが、ミシェルは言葉を濁した。
「いやあ、あの、ちょっと恥ずかしくって・・はは」
ミシェルがきちんとした数の鍋を被ったら、首がおかしくなっちまうことは間違いない数になる。
鍋の数なんか誰かに見られた日にゃ、ちょっとどころか、ものすごく恥ずかしくて明日からどこも歩けないじゃないか。
だが究極の愛され系女子は、その一言でミシェルの言わんとしている事の全てを察してくれたらしい。
「ミシェルさん。大丈夫よ、何も被っていないと逆に恥ずかしいわ。会場に着いたら私に任せておきなさい、ミシェルさんを悪いようにはしないわ」




