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白金のイヴは四大元素を従える  作者: 入鹿なつ
第4章 森の守り手

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12 暗躍

 部屋の前に詰める近衛により来客が告げられ、ディーリア国王レイモンドは机から顔を上げた。開かれた扉から、すらりと丈高い人物が、亜麻色の長髪を翻して入って来る。歩み寄って来た若者は、猫科を思わせる目を細くして王の前に立った。


「よく来たな、ブレイガム男爵」


 若い男爵はにこりと微笑み、場慣れた優雅な動作で礼をした。


「陛下のお呼びとあれば、来ないわけにもいかないでしょう」

「様子はどうだ」


 王からの問いかけに、男爵は人前でほぼ絶やすことのない笑みを不敵なものに変えた。


「色々分かってきましたよ。総合的に見ると、なにか企んでいるとするなら、ハルバラドではなく、サマクッカ帝国ですね」


 レイモンド王は、癖づいた眉間の皺を深くした。


「東の帝国が?」

「ええ。ハルバラドがここ数年、対トロール用としてサマクッカから武器を仕入れているのは分かっていることですが、最近になってその量が極端に増えています。そして入れ替わるように、大量の材木がハルバラドからサマクッカに流れている。それも、一体どうしたら使い切れるのかという量です。ごく短期間で仕入れる量としては、普通ではありませんね」

「サマクッカは、木造の宮殿でも建てようとしているのか」


 レイモンド王が疑問を呈し、男爵は軽く肩をすくめた。


「さあ、どうでしょう。詳細は現在追っているところです。南路を通って砂漠を運ばれていることは確かですが」


 大陸中央の砂漠は南北を山脈に囲まれている。湿った風がこの山脈に阻まれてしまうために、広大な乾燥地帯となっているのだ。砂漠を抜けるには、北の山脈沿いを東西に繋ぐ北路と、南の縁から途中で山脈の緩くなった場所を通って南下する南路の主に二つがある。そして砂漠の南路は、そのままハルバラド共和国の東の端と繋がっていた。

 大陸の地図を頭に浮かべつつ、レイモンド王は顎に手を当てて唸った。


「なるほど――この件は引き続きまかせる」


 ブレイガム男爵は胸に手を当て一礼した。


「拝命つかまつりました」

「面倒をかけるな」


 王が労いを込めて言うと、男爵は甘やかに微笑んで見せた。


「いいえ。諜報は得意分野です。これほど面白いものもありませんとも。陛下もそれをご存じだから、お声がけいただいたのでしょう」

「――そうだな。ならばよい」


 宮廷に浮名を流して来たその笑みに、レイモンドはやや呆れて口の片端を上げた。その浮名さえ利用してのけてしまうのだから、まこと強かで要領のよい男である。

 ブレイガム男爵の貴族としての地位は低いものだ。加えて、他の貴族からすれば子供と同世代の若造であり、思い通りにいかないことがあまりに多い。それでも彼が大きな顔をして宮廷を歩けているのは、力ある女性陣の支持によって足場を固めているからだ。それでいて分はわきまえて無謀や愚はおかさないのだから、食えないことこの上なかった。


「一つ、つかぬことをお伺いしてもよろしいですか」


 男爵が声色を改め、レイモンドは目線を上げた。


「なんだ」

「陛下は、ニーナ・パーカーという女性をご存知でしょうか」


 レイモンドは不審に眉をひそめた。


「今回の件に関係のある話か」

「現時点ではなんとも」


 意味ありげに、男爵が目を細める。


「ただ、そういう乙女がトロール討伐部隊に合流したという情報がありましたので」

「……そうか」


 呟いて、レイモンドは軽くこめかみを押さえた。


「まあ、それはよい。下がりたまえ」


 男爵はどこか探るような眼差しをしていたが、答えない王を追及することはしなかった。やって来た時と同じ優雅さで、男爵は王の執務室を辞した。





 王の執務室を出たブレイガム男爵ニコラスは、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さで王宮の廊下を進んだ。すれ違う貴婦人と挨拶を交わし、お茶の誘いを甘い言葉であしらいつつ、一旦、街屋敷へと戻るために宮殿の正面へ向かう。その途中、前から歩いて来る男に気付き、道を開けて軽く礼をとった。

 金茶の緩い癖毛に、精悍な顔立ちをした五十間近のその男は、ニコラスに一瞥すらくれずに無言で通り過ぎていく。その背を見送り、彼の不愛想さに肩をすくめて、男爵は再び足を進めた。


(ダミアン殿下――相変わらず、気位の高いことだ)


 デトラフォード公爵ダミアンは、レイモンド王の兄にあたる。

 ディーリア王国において、王位継承に序列はない。王の子らが次期王候補として同列に並び立ち、王からの指名によって継承者が決まるのである。それは議会を通されることはなく、相談を受けたという話も聞いたことはない。王の独断なのだ。

 さらに言うなら、先王に妃はいなかった。にもかかわらず、男児が二人いた。それが婚外子であるのか、養子であるのかは明かされていない。しかし、これは先王に限ったことではなく、歴代のディーリア国王は一部の例外を除いて通例的に伴侶を持たず、母親が知られていない者が多いのだった。

 このディーリア王家特有の事情が、王位継承が独断で行われることに複雑に絡んでいるのだろう。

 そして先王は、二男レイモンドを次の王に指名した。


 デトラフォード公爵は兄である自分を差し置いて弟が王となったことをいまだ不服とし、妬んでいるという。だからこそ、変革を望む者として、革新派の筆頭であるバウンスベリー侯爵との結び付きを強めていると目されていた。

 ニコラスとて、表向きは中立でも、革新派寄りの人間ではあるのだ。もう一歩仲間に引き込もうという態度くらい見せてくれてもよいと思うのだが、やはり取るに足らない男爵と思われているのだろう。

 一方で、弟のレイモンド王はニコラスの特性を見抜いて、遊ばすことをしないのだ。器の差は言わずもがなだった。

 さて、とニコラスは考えた。


(わたしもそろそろ準備が必要かな)


 ニコラスの下に、情報は着々と集まっている。自分が直接動くことになる日も、それほど遠くはないはずだ。今の内にできる備えはしておかなければいけない。手札は多いに越したことはないのだ。

 ふっと、思わず笑いがこぼれた。


(まったく。エリヤが羨ましい)


 集まって来る情報の中には、異国で奮闘する親友のことも含まれている。だが今の彼は、自ら選び取って分かりやすい困難に身を投じているのだ。しかも、命さえ危うい環境であっても、愛しの乙女がそばにいるという。望む望まざるにかかわらず、不確定な困難に一人で向き合うことになるニコラスとの差に笑いしか出ない。

 プラチナ色の乙女がなぜ南にいるかは分からずじまいだが、ひとまず放置しても問題ないだろう。仲睦まじいとは言い難くても、伝え聞く限り親友に不利な存在ではないはずだ。


 伯爵家の御曹司と親しくすることに打算がないではない。しかしニコラスが持ちえない彼の素直さと純粋さは気に入っているし、友情そのものは本物だ。派閥抗争の中で生き残りをかける時ではあっても、親友をあえて窮地に追いやる気はさらさらないのだ。

 かと言って、今の彼の身を案じてやろうとも思わないが。

 親友が帰って来たら、乙女とのあれこれについて存分にからかってやろうと固く決意しながら、ニコラスは来るべき時の準備のため、帰途についた。




 * *




 耳朶を貫く爆音が響き渡った。遅れて、開けた大地に盛られた大きな土山が弾け飛ぶ。間を置かず、さらに二度の爆音が轟く。土煙がもうもうと立ち上り、音の余韻と共に風に流れていく。土煙がおさまり視界が開けると、そこにあった土山は跡形もなく崩れ去っていた。

 塁壁の頂上で胡坐をかいて、それらを見物していたダワは口笛を吹いた。


「すごいなあ。さすがは帝国の兵器。伊達に戦争ばかりしていないね」


 感嘆するダワの隣で、同じように塁壁に腰かけていたニーナは、横目に彼を見た。


「そんなに感心すること? どんなにすごかろうと、他人を傷付けるために作られたなら、いいものとは思えないわ」


 ニーナが意見すれば、ダワは胡坐に肘を突いて顔を向けた。


「そういう見方をすれば確かにそうだけどね。でも、あれだけのものを量産するサマクッカ帝国の鋳造と火薬製造の技術は本物だ。それがよいものでなかったとしても、優れた技術の多くは戦争の中で培われるってことさ」


 訳知り顔のダワに、ニーナは合点がいかず口を尖らせた。

 ザウィヤの町の南には、トロールを防ぐために塁壁が築かれている。木と土嚢を高く積み上げた壁の向こうは密林だが、トロールが町に向かって来ても気付けるように、壁を越えてすぐの場所は広く伐採されて更地になっている。その場所で、この日はディーリア軍が火薬武器の扱いを学ぶための訓練がされていた。

 火薬が炸裂するたび、近くにいる火の精霊がじたばたしていやがっているのが伝わって来る。その声と、もがく様に、ニーナは眉間に皺を寄せた。


「サマクッカは、ああいうものを使って砂漠の東を占領し尽くしたのでしょう。ダワも東の出身なら占領された中に故郷があるんではないの?」


 ダワの態度が腑に落ちず、ニーナはつい問い詰める言い方をした。だが彼は気のない様子でちょっと唸っただけだった。


「まあ、それはそうなんだけどね。戦場になってしまった場所は可哀そうだったけど、おれの故郷はそういうんではなかったから案外変わらないよ。税の取り立ては厳しくなっているみたいだけど、軍事需要なんかで仕事も増えてるから、普通に暮らす分には困らないさ。と言っても、おれもここ何年か帰ってないから、今がどうか分からないけど」


 本当に大したことないかのようにダワが言うので、そんなものなのだろうかとニーナは考えた。

 言われてみれば、統治者が変わったとしても、それがよほどの暴君でなければ民草の暮らしというのは案外変わらないのかもしれない。しかし戦争は多くの犠牲を伴い、人と物の多くが戦地に送られて人々の生活が削り取られていくものだ。その後に元の暮らしが待っていたとしても、そんな苦しみはない方がいいに決まっている。とてもではないが、ニーナはダワのように達観はできなかった。


 空気を震わせていた轟音がやんだ。塁壁の外を見下ろせば、並ぶ大砲のそばから、散るように兵達が離れていく。休憩を挟むようだ。ニーナは、ダワと反対隣に黙って座っていたシルキーに目配せすると、足場を確かめながらそろそろと塁壁を下りた。





 地面に辿り着くと、すかさずエリヤが駆け寄って来た。


「ニーナ、見ていたのか」


 悪びれないエリヤにぶすっとして、ニーナは鎧を身に着けた彼を見上げた。


「本当にどうして、男の人ってこういう物騒なのが好きなのかしら」


 はなから不機嫌なニーナに、エリヤは面食らった顔はしたが動じなかった。彼女がエリヤと話すとき、上機嫌であることの方がむしろ少ないのだ。


「トロールの掃討に必要なことだ、と言うと、君は怒るんだろうな」


 エリヤが悟ったような言い方をしたので、ニーナは目をすがめた。


「よく分かってるじゃない、エリヤの癖に」

「分かりはしないさ。わたしは必要だと思っているし、ここまで来た以上、それがわたしの役目だ」


 伯爵家の若君は信念を貫く意思を見せ、ニーナは呆れと少々の敬服を込めてため息をついた。

 エリヤは不貞腐れるニーナから目を外し、彼女の隣に立って、密林の前の更地を見渡した。そこではニーナの後から塁壁を下りて来たダワが大砲に歩み寄り、近くのハルバラド兵に声をかけながら興味深そうに見分していた。


「ハルバラドは火薬武器をよく使いこなしているし、我々もようやく扱いを覚えた。あとは実戦でどうかと言ったところだが、後れを取ることはないだろう」

「あくまで、トロールへの認識を変える気はないのね」


 繰り返してきた議論に、エリヤはニーナに目だけを向けた。


「なぜそれほどトロールに入れ込むのかは知らないが、人の生活を脅かす以上は放置できない。君だってそれくらいは分かっているだろう。なにも戦争をするわけではないんだ。兵器だって、人を傷付けるのでなく、守るために使うのなら、悪いものではないはずだ」


 エリヤの愚直な正義感が、どこへ行っても変わらないのはニーナも悟っており、彼の説得はとうに諦めていた。それでも思うところはあり、呟くように言った。


「なにが本当に正しいのかなんて、あたしにも分からない。でも、火薬の火は嫌い。火って温かいものだと思うのに、火薬の火は体の中が冷える感じがするの」


 少女の抑えた声音に、エリヤは彼女の横顔を見た。

 ニーナは過去に、炎によって家と家族を失っている。人の暮らしと火は切り離せないものだが、つつがない生活では縁のない火薬の火力を前にして、炎への潜在的な恐れが彼女の中で湧き上がっているのかもしれない。そう思えばこそ、ニーナの苦言に返す言葉を、エリヤはあえて飲み込んだ。

 南に来てから、二人は言い争うことが多かった。関係も殺伐とした色味を帯び始めており、デアベリーでの夜のひと時が遠いことのように思われる。どちらも争いたい気持ちは微塵もない。だが、それぞれに譲れないものの交わる場所が見つからず、どんなに話し合いを重ねても平行線を辿るばかりなのだった。


 隊長の号令で、訓練の再開が告げられた。持ち場へ戻って行くエリヤの背中を見送り、ニーナは向きを変えてもう一度塁壁によじ登った。これまで沈黙を守っていたシルキーが、主人にやや遅れて壁を上りながら囁いた。


「――いかがされますか」


 ニーナはしばらく黙って手足を動かしていたが、やがて静かに答えた。


「人もトロールも傷付けたくない。でも、人を守るにはまず、トロールと神域を守らなくては」


 決意のこもったニーナの言葉に、シルキーは目を細めた。


「承知いたしました――わたくしは、ニーナ様について参ります」


 塁壁の上に辿り着いたニーナは、振り向いてシルキーに手を差し出した。


「頼りにしてるわ」

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