エピローグ
しばらく経ったある日、シオンに呼ばれて部屋へ行くと、改まった様子で話し始めた。
「ファイウスの刑が執行されたよ」
「えっ、もう?」
あまりのスピードに驚いたが、クルミのいた向こうの国と違い、皇帝暗殺という大罪は犯行が確定したら速やかに執行されるのが普通だという。
しかも、シオンは皇帝であると共に愛し子だ。精霊の怒りを買わないためにも、早く処理したかったのだろう。
「それを聞いたあの女がまた来ようとしたけれど、あの家にも護衛を常駐させておくことにしたから、すぐ兵士に止められて来られなかったようだね」
アサリナも懲りないなぁとクルミも苦笑する。
アサリナが動くことでユリアーナの不利益にならないかと心配で仕方なかった。
アサリナがシオンのところへ突撃してきた日から、ユリアーナには会いに行っていない。
代わりにナズナを向かわせているので、ユリアーナの体調が良好だということは知っているが、寂しそうにしていたとナズナから聞いて心が痛んだ。
アサリナと顔を合わせるのが気まずいので足が遠のいていたが、少ししたらまたたくさんのお菓子を持って会いに行こうと思う。
「……ところで、なんであなたがいるのよ!」
ビシッと指差したその先には、優雅にアスターの淹れたお茶を飲んでいる呪の精霊がいた。
「俺のことは気にするな」
「気になるわっ!」
クルミの激しいツッコミが入る。シオンやアスターも気になっていたが、相手が最高位精霊なために我慢しているようだ。
「そうか、そんなに俺が気になるのか。時を越えてやっと素直になったようだ。遠慮せず俺の隣に来い」
「どう解釈したらそうなるのよ!」
危険すぎて隣になんぞ座れるかと怒鳴れば、呪の精霊は楽しげに笑いクルミに向かって指をちょいっと動かした。
するとクルミの体がふわりと浮かび、そのまま呪の精霊の膝の上に着地。
脱兎のごとく逃げだそうとしたが、がっちりと捕まってしまった。
「は~な~せ~」
ジタバタ暴れるが、クルミの足掻いている様すら楽しいと言わんばかりの表情。
やはり意地の悪さは変わっていない。
「オカン~!」
アスターに助けを求めるも、アスターもどうしていいか困っていた。
なにせ相手は最高位精霊なのだから下手な対応をしては国を揺るがす事態になるかもしれないのだから、慎重にもなろうというもの。
「俺がそばにいながら他の男をその目に映すとは、少々仕置きが必要か?」
ニヤリと笑う呪の精霊に、クルミのこめかみには青筋が浮かぶ。
「お仕置きが必要なのはあなたでしょうが。あなたのせいでどれだけ迷惑を被ったと思ってるのよ! ちょっとは反省しろ!!」
ファイウスの行いは庇いようがないが、多少の同情はする。
この男と出会わなければ、知識を与えられなければ、あんな大それたことはしなかったかもしれないのだ。
ずっと心に憎しみを秘めたままだったかも。
呪の精霊は使う方が悪いと言うが、どう考えてもこいつも悪い。
けれど、精霊を人の法にはめることはできない。愛し子であるシオンであろうと、精霊であるこの男を罰することは不可能なのだ。
それがまた憎々しい。
だと言うのに、この男は反省のハの字も感じていない様子で、クルミの顎をくいっと掴んで目を合わせる。
「あなたではないだろう? ちゃんと俺の名を呼べ。お気に入りのお前だけに許した名だ」
よし、殴ろう。そう決意して拳を握ったその時、ひょいっとクルミの体が持ち上げられた。
「ひょわっ」
変な叫び声が出てしまい、何事かと振り返るとシオンがクルミを抱っこしていた。
呪の精霊から助け出してくれたようだが、何故か助けられた気がしない。
それはシオンの目が笑っていないせいだろう。
「クルミ、呪の精霊とはなんの関係もないと言っていなかったかな?」
「そ、そうだけど?」
背筋がひやりとするような笑みを深くするシオンに、クルミも怯えていると、呪の精霊の余計な一言。
「そんなわけがないだろう。こいつとは前世の時からただならぬ仲だ」
「頼むから黙ってて!」
今は魔王を刺激してくれるなというクルミの願い虚しく、シオンの微笑みがさらに怖ろしくなる。
「クルミの特別は僕だよね?」
「いえ、はい……。そうですね」
ここは否定してはいけないとクルミの勘が告げていた。その通り、クルミが頷けばシオンは満足そうな顔をしたが、呪の精霊がさらなる爆弾発言を落とす。
「そうそう、俺はしばらくここで過ごすから部屋を用意しておけ」
「帰れ! 何部屋まで要求してんのよ、そんなことできる立場か!」
「やっとお前が生まれ変わって戻ってきたんだ。こんなに楽しそうなことはないからな。しばらく一緒にいることにした」
「ほんと頼むから帰って……」
頭痛を感じるクルミの願いは、呪の精霊に鼻で笑われた。そんな呪の精霊にシオンが微笑みかける。
「部屋を用意するのは構いませんよ。最高位精霊を歓迎しましょう。けれど、クルミには今後関わらないと言うなら」
「それはできないな。こいつは俺のお気に入りなんだから」
互いに笑っているのに、バチバチと見えない火花がシオンと呪の精霊の間に走っているのが見える気がする。
「シオンもシペラスも外でやって来て」
「ああ、やっと俺の名を思い出したか」
呪の精霊があまりにも嬉しそうに破顔したので、クルミは不覚にも目を奪われてしまった。
そんなクルミを見逃さなかったシオンはポンと肩を叩く。
「ク、ル、ミ」
ビクッと体を震わせるクルミ。名前を呼ばれただけなのに、この言い知れぬ圧力はなんだろうか。
別に浮気をしたわけではないのに。
「ああ……。私の幸せはどこにあるんだ……」
ただのんびり気ままに魔法具を作って暮らしたいと、クルミは切に願ったのだった。
これにて2章完結です。
ここまでありがとうございました!
続きを書くかはちょっと考え中です。
番外編はもしかしたら書くかもしれません。




