32話 勘違い
ようやく部屋から出られたクルミは、ファイウスのことを兵士に任せ、場所を学校からクルミの部屋へと移した。
そこでクルミは部屋の中で聞いたファイウスの動機と経緯を説明する。
聞き終えたシオンは呆れを通り越して疲れた顔に。気持ちは大いに分かる。
「馬鹿にもほどがある。ユリアーナを自分の娘と勘違いしていることもそうだが、皇族の血を微塵も引いていないユリアーナが皇帝になれるはずがないだろうに」
「ユリアーナちゃんが不義の子だってことはほとんど知られていないからシオンがいなければいけると思ったんじゃない?」
「まあ、確かにそれを知っている者は一握りだけれど、国の上層部は知っているから、権力も権限も持っている彼らが皇帝にすることを絶対に許さないよ。ましてやユリアーナには後見人となる者がいないんだから」
そこまではファイウスも計算していなかったのだろう。
あの口ぶりだと、ユリアーナの存在は自分とアサリナだけの秘密と思っていたのではないかと予想する。
だから、シオンさえいなくなればなんとかなると楽観視していたのかもしれない。
「確認だけど、本当にユリアーナちゃんはファイウスさんの娘ではないのよね?」
「絶対にあり得ないよ」
「でも、アサリナ様とはユリアーナちゃんを娘と思うような関係だったってことでしょう?」
つまりはただならぬ間柄だったということ。
お茶会の時に二人の距離感がやけに近いと感じたのは間違いではなかったのだ。
そしてこの世界では、クルミのいた世界のようにDNA鑑定があるわけではない。
それならばファイウスが父親という可能性もあるのではないか。
そう思ったのだが、それでもシオンは否定する。
「ユリアーナが生まれた時に、父親が誰かを精霊に聞いたことがある。すでに皇帝はベッドの住人だったけど万が一ということもあったからね。もし皇帝の子なら僕が後見人となってユリアーナを皇帝にという話も出ていたから、重臣達の要望もあって確かめる方法がないかと精霊に問うと、精霊には血の繋がりが分かるということを教えてくれた。それで確認すると、ユリアーナは庭師の男で間違いないということだ。庭師はユリアーナと同じピンク色の瞳をしていたから僕も納得した」
「なるほど。じゃあ完全にファイウスさんの勘違いってことなのね。人騒がせな」
知らぬうちに皇帝を暗殺しようとしていたロータスにとったら人騒がせの言葉では片付けられないだろう。
「まったくだね。クルミがいなければどうなっていたことか」
まあ、クルミがいたことでユリアーナの病が落ち着き、ファイウスが行動を起こしたのなら、クルミも人ごとではいられない。
「それにしても、ナズナが呼びに行ってから来るのが早すぎてなかった?」
魔封じの魔法具まで用意していて、まるであらかじめ見張っていたかのような準備の良さだ。
すると、アスターがばつが悪そうに視線を逸らし、シオンは胡散臭い笑みを浮かべた。
「ひどいねんで、主はん。皇帝はんったらファイウスはんが犯人やないかって前々から目星付けて、見張り付けとったんや」
「えっ、そうなの?」
そんなこと初耳である。
「それやのに主はんが学校行くこと許したんは、なんや動き見せるかもしれん思てやねんて。つまり、主はん囮に使われたんや。オカンまでそれ知ってて黙ってたやなんて人間不信になってまうわ」
ナズナがじとっとアスターを見れば、クルミも憤慨しながらアスターに目を向ける。
「オカン、ひどい! シオンならやりそうだけど、オカンだけはそんな人じゃないと思ってたのに!」
「僕ならって、何気にひどいよ、クルミも」
「事実でしょうが、魔王め。助けてあげた恩を忘れて人を囮にするなんて、鬼畜以外の何者でもないでしょうに!」
「だって、クルミならなんとかできると思ったから。信頼故だよ」
「なんとかならなかったらどうするつもりだったのよ! 実際まじでヤバかったんだから」
「その時はその時だよ。無事だったからいいじゃないか」
相変わらず天使のような微笑みを浮かべて悪魔のような所業。
どうしてこれが愛し子なのか、心底疑問だ。性格は愛し子の判断基準にならないことのお手本のような存在である。
「ちなみにどうしてシオンはファイウスさんが怪しいと思ったの?」
「本当に疑っていたのは彼ではなくて僕の母親の方さ」
「アサリナ様が? なんで?」
理由が分からない。
「僕は元々嫌われていたからね。そんな中でユリアーナの病気が抑えられた。クルミは治ったわけではないと言っていたけど、実際治ったようなものだろう? それと時を同じくして呪われたんだ。ユリアーナを皇帝にするためにあの女が仕掛けてきたんじゃないかと怪しんでもおかしくない。あの女は未だにユリアーナの父親が誰かバレていないと思っている、おめでたい考えを持っているからね」
自分の母親をよくもそこまで冷めた感情で見られるものだ。
シオンの中にはアサリナへの情は皆無なのだと分からされる。
「けれど、あの女に僕をどうにかできる力なんてないから、ファイウスに目を付けたんだ。あの二人がただの幼馴染みに留まらない関係であることはずいぶん前から知っていたからね」
「えっ、知ってたの?」
「当然さ。ユリアーナの父親を調べる時にも彼は候補に挙がっていたんだ。彼も同じピンク色の瞳をしているからね。ファイウスはあの女と恋仲だと信じて疑っていないみたいだけど、いいように利用されただけだ。本当の恋人と同じ色の瞳を持つが故に、あの女の寂しさを紛らわせるため代用品としてね」
あのおっとりして控えめな雰囲気を持つアサリナを思い浮かべれば、シオンの話す人と同一人物かと疑ってしまうほどに違和感があった。
だが、アサリナが不義を働いたのは事実で、庭師の恋人とファイウスと同時期に関係を持っていたことも事実なのだ。
虫も殺せないような顔をしてとんでもない女である。
「この子にしてこの親ありだわね」
「あれと一緒にしないでくれ。僕は愛した人には一途だよ。これからもクルミがたった一人の妃だから安心していいよ」
「そのたった一人の妃を囮に使った奴が何を言うか!」
シオンの愛の囁きも、クルミはくわっと目を剥いて切り捨てた。
その後、罪悪感に襲われたのか、やけにアスターがクルミに優しかったのは余談である。




