29話 目的は
アスターは数日の療養で職務に復帰した。
クルミとしてはもっとゆっくりと休んでほしかったが、アスター自身がもう大丈夫だと元気そうに笑ったので、それを信じることにした。
けれど、再び呪われることも考えて、アスターや、シオンと比較的近しい側近や女官、侍従、護衛にも、シオンに渡したものと同じ呪いを弾く魔法具を与えた。
勿論クルミ自身も付けている。
まあ、クルミならば自身で解呪できるだろうけれど、念のためだ。
そして、アスターを呪った犯人を捜すべく、アスターの呪いの痕跡を追おうとしたが途中で途切れてしまった。
それはクルミのやり方の問題ではなく、辿られないように痕跡を故意に消されたのだと感じた。
やはり、向こうもそれなりに呪術に精通している者と思われる。
それはアスターにかけられた呪いの難しさを見ても明らかだ。
一番怪しいのは、ヤダカインから来ている魔女だが、それはシオンも最初から疑っていたようで、ずっと精霊に見張りを頼んでいたらしい。
けれど、それらしい動きはなかったという。
まあ、何かしら関係があるのではないかと臭わせている呪の精霊に口止めをされていたら、さすがの愛し子でもどうすることもできないので、精霊の言葉を鵜呑みにできない。
精霊の言葉が信用できなくなってしまった以上、人を動かすしかない。
シオンは兵士を使って、クルミは呪術を駆使して犯人を辿ろうとしたが、両方とも目立った成果は得られなかった。
「うーん、困った……。何度やってもやっぱり痕跡が完全に消されてるわ」
「クルミでも駄目か」
打つ手なしのクルミが頭を抱えるのを見て、シオンも残念そうにする。
「シオンの方は?」
「こちらも駄目だ。やはり人の手だけでは限度があるね」
「せめてリラが手を貸してくれたらなんとかなるかもだけど、土に埋まって怯えちゃって」
悲鳴を上げながら嫌がるので、クルミも手が出せない。
そんなに呪の精霊と関わるのが嫌なのか。
確かにクルミとて進んで関わりたくないので、リラの気持ちは痛いほど分かるが、同じ最高位精霊だろうにとツッコミを入れたくなる。
「今のところ被害が出てないのが幸いね」
「クルミの魔法具のおかげだろうね。本当に助かるよ。僕じゃ専門外だから」
宮殿で呪いを解呪できる力を持っていたのはヤダカインの魔女だけだったが、魔女がシオンと面会することは滅多になく、あの時シオンの呪いに気付けたのはクルミがいたからだ。
そうでなければ、誰にも気付かれることなく、シオンは苦しみながら死んでいっただろう。
そしてアスターを襲った呪いに関しても、恐らくヤダカインの魔女では解呪できなかった。
それは学校でヤダカインの魔女と関わりを持ったことで知った、彼らの実力を考えてクルミが思うことだ。
まあ、人を呪うのは魔法陣を作ることとはまた別の知識を必要とするので、隠していたのなら分からないが。
どっちにしろ、シオンの呪いには気付けなかった。
そこでふと思う。
「どうして今だったのかしら……」
「どういうことだい?」
「呪いには呪う相手の体の一部が必要だってシオンには話したわよね?」
それはシオンにかけられた最初の呪いを解呪した後に、説明したことだ。
呪うためには、相手の一部を必要とする。髪や爪でも良い、相手を示す体の一部を。
それで言えば、ロータスは宮殿に出入りでき、事業の報告のためにシオンと頻繁に面会していたので、シオンの一部を手にする機会はいくらでもあった。
だから、ロータスが犯人であることに驚きはしたものの納得もしたのだ。
だから、それ以後はシオンのものはすべてを厳重に管理するように命じていた。
「もしくは、相手と接触することで呪いを植え付ける場合もあるの。シオンの呪いは前者だった。だから二度目に呪いにかかった時は、ロータスがシオンの一部を誰かに渡していて、それを媒体に呪いをかけたのかと思ってたのよ」
「ああ。それからは髪の毛一本にも気をつけるようにしているよ」
「だけど、オカンの呪いは直接的な接触を必要とする呪いだったのよね。オカンはほぼシオンと一緒にいるし、オカンに聞いてもここ最近会っていたのは知ってる人達で、知らない人はいなかったって言ったのよ。でしょう?」
確認するためにアスターに視線を向ければ、アスターは頷いた。
「ああ。そもそも皇帝と言っても仕事の多くを臣下に任せているシオンの行動範囲は狭いし、会う人間も限られている。必然と俺が会っている者もクルミに会うより前から知っている顔ばかりだ」
「それなのに、呪われたのは今だった。以前からの顔見知りの犯行だとすると、もっと早くに呪うことだってできたのに」
「確かにおかしいね。最初の犯人だったロータスとはずいぶん前から会っていたから、もっと前に呪うことだってできたはずだ。それこそ、ヤダカインから呪いに詳しい魔女を帝国に呼ぶ前に」
解呪できる可能性を持つ者が来る前にシオンを呪ってしまえば良かったのだ。
「何か今じゃないといけない理由があったのかしら?」
「そう言われても、特に変わったことはなかったはずだけど……」
シオンにはとんと覚えがない様子だ。
アスターに視線を向けても首を振るばかり。
「犯人に聞かないと分からないかぁ……」
けれど、その犯人が見つからないのだから完全に手詰まりだった。
それから数日して、クルミは学校へ授業をしに来ていた。
本当は一連の犯人探しをしたいが、呪術で探せない以上、クルミにできることはない。ここはシオンに任せるしかなかった。
待つということがこんなにも苛立ちが募るのかと、叫んで暴れ出したいような衝動をぐっとこらえる。
何か自分にできることはないのかと、授業も上の空で考えにふけっては、他の教師から注意されてしまう。
「今日は授業にならないわね」
「いつまたオカンが狙われるんか心配やもんな」
「そうね」
肩に止まるナズナの言葉に同意するが、決してシオンを忘れたわけではない。
だが、一番危なかったのはアスターだったのだから、心配するなというのが難しい。
そして、アスターの呪いにより、アスターと接触した人物……。つまり、近しい者の犯行だということが分かった。
それ故に、一層警戒心が強くなってしまうのは仕方ないというもの。
呪いを弾く魔法具を渡してはいるが、すべての呪いに有効というわけではないのである。
穴というのはどうしたってできてしまう。クルミの知識を総動員しても。
だから、シオンとアスターには会う人に気を付けることと、決して体に触れされるなと言い置いてきた。
「犯人が早く見つかると良いんだけど、呪の精霊がうろちょろしてるのが気になるのよねぇ」
「この件に関わっとるんかいな?」
「呪の精霊とは言っても自分から率先して人を呪うような奴じゃないから、シオンとオカンを呪ったのが呪の精霊じゃないことは断言できるんだけど、無関係とは思えないから困ったわ」
ロータスの家で見た、あの不敵な笑み。まるで右往左往するクルミの様子を見て楽しんでいるかのようだった。
被害妄想かもしれないが、それだけあの精霊とは良い思い出がないのである。




