27話 呪い再び
ユリアーナとのお茶会からしばらく経った。
時々学校に顔を見せて授業をしつつ、空いた時間のほとんどを魔法具の研究にあてている。
職人達の力も借りてドンドン過ごしやすいよう宮殿へとカスタマイズしていった結果、地球での生活とほとんど変わらないような快適な生活を送れるようになった。
とりあえず、冷蔵庫の他にレンジやロボット掃除機といった家電製品一式を模した魔法具を研究部屋に置いたら、同じようにキッチンやシオンの部屋にも置いてみた。
さらには最近暑くなってきたことを考えてクーラーを設置したら、キッチンからだけでなく、職人棟や文官達からも設置要請が大量に舞い込んでくることに。
真夏の書類仕事は頭が働かず地獄なのだという。
国の上層部での会議の議題に上がるほどだとシオンが教えてくれた。
それならとせっせと設置したら、「ここは天国か!」「砂漠の中のオアシスだ……」と、各部署で涙を流しながら喜ばれ、クルミの宮殿内での支持率が爆上がりしていった。
特にロボット掃除機は女官から大変好評で、仕事が減ったと感謝の嵐だ。
今では宮殿内の廊下をロボット掃除機が自走しており、それを見た他国の外交官からも問い合わせが来ているとか。
だが、そんなに作れないぞと、シオンには釘を刺しておいたのでなんとかするだろう。
それにしても、皇帝の妃などと言われているが、やっていることは宮殿に仕える魔法師と変わらないのではなかろうか。
まあ、研究は好きなので別に構わないのだが、それならいっそのこと妃の地位を返上して魔法師になってもいいのではないかと思う。
だが、シオンとは今のように気安く接することはできないだろう。
それに、皇帝の妃だからこそ許され、できることもある。
魔法具の作成や設置に関して各部署の協力をスムーズに得られるのも、皇帝の黒猫様と呼ばれているからこそだ。
そう考えると、現状が一番なのかもしれない。
ユリアーナからも、最近では『お姉様』と呼んで慕ってくれているのが分かるので、本当の妹ができたようで嬉しかったりする。
今度はユリアーナにどんな贈り物をしようかななどとニヤニヤしていると、慌ただしく扉が開けられた。
入ってきたのはアスターだ。
「クルミ!!」
なにやら焦りをにじませた顔のアスターは、ずかずかと入ってきたかと思ったら、クルミの手を取って引っ張った。
「今すぐ来てくれ」
「ちょっとちょっと、オカン。どうしたの?」
ナズナも何事かと、飛んできてクルミの肩に止まる。
「オカン、どないしたん?」
「シオンがまた発作を起こしたんだよ!」
「はっ!? 発作って前のと同じ?」
「ああ」
「いやいや、そんなはずないわよ。呪いはちゃんと解呪したんだから」
解呪した上に術者に呪いを返したのだから、シオンの中にもう呪いは残っているはずがない。
それはクルミが自信を持って保証できる。
「とりあえず一度見てやってくれ」
「う、うん」
戸惑いながらも、切迫したアスターの迫力に押され、クルミはシオンの部屋に急ぐ。
部屋では青い顔をしたシオンがベッドで横になっており、クルミが入ってきたのを見ると体を起こした。
その動きはゆっくりとしていて、疲労の色が見える。
「悪いね、クルミ。だけど、原因が分からなくて」
「ちょっと診せてもらうわよ。服を脱いでちょうだい」
「服を脱げだなんて、そういうことは閨で言って欲しいなぁ」
「冗談言ってる場合じゃないでしょうが、さっさと脱げ」
こんな時でも口が減らないシオンに、呆れたようにギロリと睨む。
「はいはい」
クルミはまず以前に痕跡があった胸元を確認するために上の服を脱いでもらうがそこには異常が見つけられない。
次に胸元からお腹、腕へと視線を動かすが問題はなかったので、今度は後ろに回り背中を見て動きを止める。
「あった」
クルミはトントンと指先で背中の真ん中を突く。
「あったって、やっぱり呪いなのか?」
アスターが心配そうに問うてきたので、クルミは迷わず頷く。
「ええ。この前のとは別種の呪いだわ。しかも前より悪質になってる気がする。次から次へと、まあ、ご苦労さまだこと」
「解呪できるのか?」
「問題ないわね。すぐに私を呼んだのは正解だったわ。今回も問答無用で呪いは返しとくわよ」
ほっとした顔をするアスターに、まるで自分が呪われたようだと苦笑するクルミは、空間から紙とペンを取り出してその場で魔法陣を描く。
前回とは種類が違うので、それに対応した新しい魔法陣を描く必要があった。
それをシオンの背中にペタリと貼り付けて魔力を流すと、魔法陣が光り、中心から黒いもやのようなものが出てきて空気の中に消えていった。
「はい、終わり」
「えっ、もうかい?」
前回、解呪でかなり苦しい思いをしたシオンは、あまりの早さに呆気にとられている。
「発見が早かったからね。前回だって、もっと早く対処してればあんなに苦しまなかったんだから」
「はぁ、つまり前回は無駄に苦しんだってことか……。クルミを心配させないように気を遣ったのがあだになったようだね」
苦い顔をして溜息を吐くシオンに、脱いだ服を渡す。
「そういうこと。次からは何かあったら隠すより話してくれた方が助かるわね。これでも自他共に認める優秀な魔女ですから、できることは案外多いのよ。守られるだけの人間じゃないわ」
「そのようだね」
「……それにしても、こう次から次へと呪いをかけられるなんて、そうとうシオンを殺したいようね。結局、前回も理由は判明せずなんでしょう?」
「ああ。まだ調査中だよ。クルミは今回のことも前回と無関係ではないと考えているのかい?」
「そうね。私はそう思ってる。だから、二度あることは三度あるっていうし、また呪われる可能性は大いにあるわね」
今回の呪いは前回よりも悪質かつ解呪の難易度も高くなっていた。かなり呪術に精通しているものでなければできないだろう。
そして、これだけの呪いを発動させられる者なら、先程返した呪いを無効化することぐらいはできるはずだと予想する。
しかし、前回と同じなのは、すぐに死ぬのではなく死ぬまでに時間を掛けているというところ。
だから二件の呪いが無関係ではないとクルミは考えたのだ。
シオンを苦しめたいという恨みが見えてくるようだった。
そのおかげでクルミが気付けて解呪できたのは幸いだったが、そんな者がこれで終わると思えない。
「ちょっと、しばらくテーブル借りるわね」
そう言うと、返事を待たず椅子に座ると、テーブルの上に紙にペンに魔石やたくさんのノートを空間から取り出していった。
「なにするんだ?」
アスターが何が始まるのだと不思議そうに覗き込む。
「毎度呪われてちゃいつ死ぬか分からないから、呪いを弾く魔法具を作っておこうと思ってね」
「そんなものがあるのか?」
「普通の魔女は作り方を知らないだろうけど、私は知ってるわ」
脳裏に浮かぶ呪の精霊の不敵な笑顔。
思い出すだけでムカムカするあの男により与えられた知識だとは、なんだか悔しくて口にしたくなかった。
まあ、呪の精霊から教えられたものに、クルミは自分で使いやすいように色々と手を加えてはいるのだが。
昔の研究資料を確認しながら魔法陣を描き、魔石を指輪の形に変えて、そこに魔法陣を刻み込む。
しっかりと起動することを確認してからその指輪をシオンに渡した。
「それを常に身につけておいてね。お風呂に入る時でも外しちゃ駄目よ」
「分かったよ」
興味深げに指輪を観察してから、シオンは中指に指輪をはめる。
これでもう大丈夫だろう。
そう思っていた数日後、今度はシオンが慌てた様子でクルミの部屋に駆け込んできた。




