26話 疑惑の二人
「ねぇ、シオン。ユリアーナちゃんに会うつもりはない?」
「どうしたんだい、クルミ? 急にそんなことを」
「余計なお世話とは思ったんだけどねー。なんかユリアーナちゃんを見てると、会いたいんじゃないかなって思ったのよ」
「止めておくよ。会って良いことなんてないからね」
「まあ、あれだけ母親と確執があったら仕方ないかぁ」
クルミもそれ以上うるさくすることはなかった。
血の繋がった相手だからこそ、一度こじれると厄介なことを、クルミは身をもって知っていたから。
だが、クルミがあっさりと引いたことがシオンはおかしいらしい。
「はははっ、クルミは本当に面白いね」
クルミにはシオンが笑う意味が分からない。
「なによ」
「あの女の罪を知っている臣下ですら、ユリアーナに会ったらどうかと未だにしつこく言ってくるのに、クルミは僕の一言であっさり引いた。本当に」
「別に、嫌なのを無理強いしたくないだけよ」
「僕の気持ちをちゃんと理解してくれている。そんなクルミだから、側にいるのが心地良いんだよ」
悪魔でも天使でもない微笑みを浮かべ、とても愛おしげな眼差しで見つめてくるシオンに、クルミは直視できずに顔を背ける。
「……それにしても、アサリナ様に恋人がいて、皇帝に無理矢理妃にされたって本当なの?」
あからさまに話題を変えたクルミにはクスリと笑い、答えるシオン。
「そうらしいね。どうでもいいけど」
答えはしたものの、まったく興味がないのか返事が投げやりだ。そんなシオンにじとっとした目を向ける。
「どうでもよくないでしょうが。あなた、父親と同じことしてんじゃないのよ」
「同じ? どこが?」
本当に分かっていないのか、ものすごく嫌そうな顔をする。
「こうして無理矢理私を妃にしてるじゃない」
「心外だなぁ。ちゃんと大事にしているだろう?」
「どこが!」
何かあれば人をおちょくる、遊ぶ、いじる。これのどこが大事にしているのか聞きたい。
「ふーん、そんなこと言うなら、これからは発情した猿みたいな節操のない先代と同じようにクルミに接しようか?」
隣に座っていたシオンが急にのしかかってきたことでソファーに押し倒されたクルミは目を丸くした。
「へっ?」
上から覆い被さるシオンが不敵に笑む。
「自分から望むなんて、いけない子だね、クルミは」
ゆっくりとシオンの顔が近付いてきてクルミの頬にキスを落とした。そして、妖しげに動く手に身の危険を感じ取ったクルミは全身総毛立つ。
「ふぎゃぁぁ! オカーン。ヘルプミー!!」
ジタバタと暴れるクルミだが、シオンはびくともしない。
細身の体のどこにこんな力があるのか、今回は本気でヤバい。
「オカン、また主はんが遊ばれてるでぇ」
「やれやれ、またか」
クルミの危機感など知らず、のんびりと隣の部屋からお茶を持って現れたアスターに手を伸ばす。
ナズナは最初から見ていたのに助ける気はないらしい。後でお仕置き決定だ。
「オカン~」
「シオン、そろそろ止めてやれ」
「だって、アスター。クルミが望んだんだよ?」
「まったく望んでないわっ!」
「無理矢理子供をはらませた鬼畜と同じようにしてほしかったんじゃないの? こんなに大事にクルミの意思を尊重してあげてるのに、あんなクズと同じと言われたらさすがの僕も我慢の限界っていうか、ね?」
「ね、じゃないわよ……」
クルミはもうぐったりだ。いつもいつも振り回されている。
「けど、僕がクルミを大切に扱っているのは分かったかい?」
「はいはい、分かりましたー。だから早くどいてくださいー」
ようやくシオンがクルミの上から離れる。
「シオンも悪いがクルミも悪いぞ。今だから言えるが、先代の皇帝は本当にどうしようもなかったからな。気に入った女性がいたら、本人の意思に関係なく側妃にして、飽きたら捨てるを繰り返していたからな。発情してるような男だと思ったらいい」
「うへぇ」
「先代に人生を変えられた女性は少なくない。その点ではシオンの母親に同情してしまうな。彼女には結婚を約束した相手がいたらしいから」
ふと浮かんだ、ファイウスとアサリナの姿。
「その結婚を約束した人ってファイウスさんじゃないよね?」
「どうしてそう思うんだ?」
「んー、なんかすごく仲が良かったっていうのもあるんだけど、ファイウスさんの目がただならない感じというか……」
「そう言えば、姫さんとファイウスはんの瞳の色は同じピンク色やったなぁ」
クルミもナズナと同じところが気になっていた。
「もしかしてユリアーナちゃんの父親って……」
それ以上は口に出さなかったが、シオン達には伝わったよう。だが、シオンはすぐに否定する。
「それはないよ。ユリアーナの父親は、庭師の男だ」
「そうなの?」
「その男があの女の言う恋人だったらしい。恋人を追って庭師として宮殿に入り込んだようだね。精霊からの情報だから確かだよ」
「そうなのか。ファイウスさんを見てると、てっきりなんか特別な関係でもあるのかと思ってたのになぁ」
「わいも」
どうやら邪推だったようだ。




