25話 交わることのない意見
エビネも落ち着きを取り戻し、二人でお茶会の準備を始めていると、ユリアーナが庭に出てきた。
可愛らしいドレスに身を包んだユリアーナは天使と言われたら信じてしまいそうなほどに可憐だった。
ベビーピンクのヒラヒラとしたそのドレスは、クルミがこの日のためにユリアーナに贈ったものだ。
皇室御用達の仕立屋に別料金を払って超特急で作らせた一品である。
おかげで魔法具を作った時にもらった報酬をかなり使い込んだが悔いはない。
ユリアーナの天使な姿を目に焼き付けられただけで大満足だった。
気分はまるで足長おじさん。
「ユリアーナちゃん、そのドレスよく似合ってるわね」
「すごく可愛いの。こんな服着たの初めて。ありがとうございます、お姉さん」
深々と頭を下げるユリアーナにクルミも嬉しくなる。
これだけ喜んでくれれば贈ったかいがあるというものだ。
ユリアーナは次にテーブルの上を見ると、より一層表情を明るくした。
「わぁ、すごい。可愛いお菓子もいっぱい」
料理長に女の子が好きそうな可愛いお菓子と要望を出したのだ。
その通りに作ってくれた見た目も楽しめるお菓子達はユリアーナのお気に召したようである。
そうしていると、ファイウスもやって来た。
「これはこれは、本日はご招待くださりありがとうございます」
そう一礼して、ユリアーナに大きなクマのぬいぐるみを渡した。
「ありがとう、ファイウスさん!」
ユリアーナと同じぐらいの大きなクマを抱き締めて微笑むユリアーナにクルミは激しい衝動を抑え込むのに必死だ。
「くっ、天使っ」
「まったくですな」
思わず心の声が出てしまったが、ファイウスも同じ気持ちだったようで、うんうんと頷いている。
「それはそうと、アサリナ様はいらっしゃらないのですか?」
「呼んでまいりますので、皆様は先にお席にお座りになってお食事を始めてください」
エビネは一瞬困ったような表情を浮かべてから、家の中へ入っていった。
「お姉さんはこっち。ファイウスさんはこっちね」
ユリアーナに席を勧められて席に着くと、隣に座ったユリアーナが聞いてくる。
「お姉さんが、お兄様のお妃様だって本当?」
純粋なユリアーナはストレートに問いかけてくる。
ごまかすのは難しいだろうと頷く。
「ええ、そうよ」
自分をここに閉じ込めている兄の妃だ。あまり良い反応をしないだろうなと落ち込むクルミに、ユリアーナは予想外にもキラキラとした眼差しを向けてきた。
「じゃあ、じゃあ、お姉さんは本当に私のお姉様ってことなのね。嬉しい!」
眩しいほどの笑顔にクルミはノックアウトされた。
確かに、妃であることを認めてはいないが、端から見たらユリアーナとは義理の姉妹になるのか。
それだけでもシオンの妃であることを認めてしまっても良いんじゃないかと悪魔が囁く。
「でもね、それを知ったお母様があまりいい顔をしてないの」
「あー、もしかして今日顔を見せてないのも?」
「うん。お姉さんと会いたくないって。……ごめんなさい」
しょんぼりするユリアーナに、クルミも苦笑いをする。
「どうしてユリアーナちゃんが謝るの? ちゃんと話してなかった私が悪いんだし、仕方ないわよ」
あれだけ毛嫌いしていたシオンの妃と言われたら、アサリナとしては受け入れがたいのだろう。
ユリアーナには申し訳ないが、アサリナと仲良くはできないかもしれない。
「さあさ、ユリアーナ様、アサリナ様が来るのが遅れるようなのでお茶会を始めるとしましょう。何が欲しいのかな? 私が取り分けますよ」
ファイウスが話しかけ、お茶会を始めることに。
ユリアーナは目移りさせながら欲しいものを指差して、それをファイウスがニコニコしながら皿に載せていく。
お菓子でいっぱいになったお皿を見つめて目を輝かせるユリアーナを、ファイウスはなんとも温かな眼差しで見ていた。
そうしていると、アサリナが家から出てきた。
渋々といった様子の顔に苦笑するクルミは、よくぞ連れ出せたものだとアサリナの後ろから付いてくるエビネを心の中で賞賛した。
すると、隣に座っていたファイウスがすかさず立ち上がりアサリナをエスコートするように手を引く。
アサリナも当然のようにそれを受け入れており、二人の親密さを感じられた。
空いていたファイウスとユリアーナの間の席に座ったアサリナは、ファイウスをじっと見つめながら微笑みかける。
「こうしていると昔を思い出すわね、ファイウス」
「ああ、本当に。あの頃は二人でたくさん遊んで、二人だけのお茶会をしたな。君はすごくおてんばだった」
「そんなことないわよ。恥ずかしいわね」
頬を染めるアサリナとそれを愛おしげに見つめるファイウスに、大きな違和感を覚える。
相手は前皇帝の妃である。ちょっと距離が近すぎやしないかと。
けれど、二人はそんなことを気にしている様子はなく、まるで二人の世界を築き上げている。
なんとも言えずにいるクルミに、ようやくアサリナが視線を向けたが、すぐにそれはそらされた。
やはりユリアーナの言うようにシオンの妃であることを気にしているのだろうか。
ここはクルミから話しかけてみる。
「アサリナ様。シオンのこと話さずにいて申し訳ありません」
「あんな子の妃をしているなんて信じられないわ」
それに関しては激しく同意する。
「それは私もです。なにせ私が知らないうちに、半ば強制的に妃にされたもので」
そう説明すると、アサリナのクルミを見る目が変わった。まるで孤独の中で仲間を見つけた、すがるような眼差し。
「あなたもなの?」
「えっ、あなたもとは?」
「私もなのよ! 私も愛する人がいたのに、皇帝が無理矢理私を妃にしてしまったの。私は皇帝の妃になんかなりたくなかったのに、それなのにあの男もお父様も聞いてはくれなかった。そのせいで愛した人と一緒になれずこんなところに押し込められてしまったのよ!」
「そう、だったんですか……?」
アサリナの言う皇帝とは、シオンの父親である先代の皇帝のことだろう。
「あなたも私と同じなのね。あいつらは悪魔だわ。人の心を持たないからこんなにひどいことをするのよ!」
アサリナの言う悪魔は、普段クルミがシオンに向けて口にしている悪魔という言葉とは似ているようで違っていた。
そこに込められた憎しみの違いだろうか。とても重く、怨嗟に溢れた言葉だった。
母親にここまで言われてしまうシオンに同情したのだろうか、クルミからは考える前に言葉を発していた。
「私には先代の皇帝のことは分かりませんが、シオンは決して悪魔なんかじゃないです。確かに理不尽で強引なところもありますが、ちゃんと優しいところもあるんです。シオンは決してアサリナ様の思っているような人間ではないと思いますよ」
まさか反論されると思わなかったのだろう。
クルミの言葉に、アサリナの顔は怒りに変わっていく。
強く睨みつけてくるアサリナは「気分が悪いわ、私はこれで失礼します」と言って家の中に入っていってしまった。
言った後で後悔する。オロオロするユリアーナが目に入ったから。
「ユリアーナちゃん、ごめんね。せっかくアサリナ様が来てくれたのに場の空気を悪くしちゃって」
がっくりと落ち込むクルミに、ユリアーナは視線をさまよわせてから、何を思ったのかクルミにマフィンを渡してきた。
「お姉さん、これすごく美味しいの、食べてみて」
その行動に目を丸くするクルミ。それはユリアーナの精一杯の慰めであると理解すると、マフィンにかぶりついた。
「うん、美味しい」
クルミの笑顔にほっとした顔をするユリアーナ。
こんな子供に気を遣わせるとは自分もまだまだ子供である。
すると、ファイウスが立ち上がり、エビネに椅子に座るように勧める。
「クルミ様、私はアサリナ様のご機嫌を窺ってきますよ。ですので、アサリナ様のことは気にせず、三人でお茶会を楽しんでくだされ。せっかくのユリアーナ様のご招待なのですからな」
クルミが返事をする前にファイウスは家の中へと消えていった。
「えっと……、エビネさんいいんですか?」
「大丈夫と思いますよ。ファイウス様はよくアサリナ様の元にいらしては、楽しげにおしゃべりをしておられますから。アサリナ様のことはファイウス様に任せるのが一番だと思います」
「そうですか……」
クルミが何かを考えるように二人の消えた邸宅を見ていると、クルミの袖がツンツンと引っ張られる。
向けばユリアーナがモジモジしており、何か言いたそうにしていた。
「どうしたの?」
「あのね、お兄様ってどんな人?」
「シオンのこと? ユリアーナちゃんは会ったことないの?」
ユリアーナは大きく頷いた。
「エビネやたまに来る女官は素晴らしい人だって言うんだけど、お姉さんから見たお兄様はどうなのかなって」
「そうね、一言で言えばあく……」
先程アサリナに悪魔ではないと啖呵を切ったところである。ここで悪魔というわけにはいかない。
それにクルミに向けられるキラキラとした眼差しは、シオンへの憧れを映していた。
ここでユリアーナの理想を壊すのははばかられる。
「えーっと、いつも笑顔で……」
悪魔の微笑みだが。
「ユリアーナちゃんと同じぐらい、天使みたいに綺麗な人で……」
本物の天使なユリアーナと違って、似非天使だが。
「仕事熱心で……」
最近はずっとクルミの部屋でお菓子を食べてるが。
「皆からとても好かれてる人よ」
最後のは間違ではない。シオンの裏の顔を知らない人達からの人気は絶大なのだから。
「そうなんだ、そうなんだ!」
頬を紅潮させて興奮しているユリアーナのためにも、真実は闇の中に葬るのがいいだろう。
こんなに近くに住んでいるのに兄に会ったことがないなんて悲しいことだ。
けれど、会いたいか? などと、それをユリアーナに問うことはできなかった。
ユリアーナの様子を見るに、アサリナと違いシオンへの負の感情は見られない。
きっと会いたいに違いない。けれど、それを口にすればアサリナがどんな反応をするか理解できる聡さは持っているのだ。




