23話 手詰まり
「どないするんでっか?」
「本当、どうしようかなぁ。リラがあそこまで嫌がるのに無理強いしたくないし」
それこそ、リラの恥ずかしがり屋な性格を利用して、脅すことはできなくはない。
だが、奴に会いたくない気持ちはじゅうぶんに理解できるからこそ、余計に強要したくなかった。
「リラに頼むのは諦めて、他の方法を探すか」
「あるんでっか?」
「まったく思いつかない」
「あかんやん」
その通りだと、クルミは溜息を吐く。
「まあ、直接呪の精霊が何かしたわけじゃないなら、責任は取らせられないしね。様子見するしかないわ」
万が一呪の精霊が直接手を下していたとしても、人に精霊は罰せられない。
精霊とは至高の存在なのだ。人間の法の中に収めることはできない。
つまり泣き寝入りだ。
シオンが無事だったのが幸いだが、呪いを返されたロータスから動機などの話を聞くのは難しいだろう。
再び重い溜息がクルミから漏れ出る。
「溜息ばっかりしてると幸せが逃げてくでぇ」
「そうは言ってもねぇ……あっ」
考え事をしながら歩いていたらいつの間にかユリアーナの住む邸宅まで来てしまっていた。
どうやら癒やしを欲した心が、自然とここへ足を向けさせたのだろう。
「少し挨拶していこうかな」
今は何よりユリアーナの癒やしが欲しかった。
ドアベルを鳴らせば、エビネではなくユリアーナが姿を見せた。
ずいぶんと体調が良さそうなことに安心する。
クルミを見た瞬間にぱあっと花が咲いたようにほころぶ笑顔にクルミの心が浄化されていくようだった。
「お姉さん、こんにちは」
「こんにちは、ユリアーナちゃん。ちょっと近くまで寄ったから顔を見に来たの」
「嬉しい……」
はにかむユリアーナの頭をクルミは目いっぱい撫でる。
そういえば空間の中にアスターお手製のクッキーが入っていたなと思い出したクルミは、すかさず空間を開いて取り出したクッキーをユリアーナに渡す。
「今はこれしかないの。今度来る時はもっとたくさん持ってくるわね」
「また来てくれるの?」
クルミの顔色を窺うようなユリアーナは、どこか不安そうにしている。
ここ最近は学校やシオンの呪いのことがあって、ユリアーナに会いに来ることができなかった。
それをユリアーナは気にしているのかもしれない。
「もちろんよ。ユリアーナちゃんの都合が良い時に呼んでちょうだい。庭にテーブルを置いて、お日様の下でお茶会をするなんてどう?」
ユリアーナは嬉しそうに何度も頷いた。
「じゃあ、私、お姉さんに招待状書くね! エビネに届けてもらうから」
「うん、楽しみにしてるわね」
クルミが小指を出すと、ユリアーナはこてんと首をかしげた。
「私の生まれた国ではね、約束する時に小指と小指をからめて誓うのよ。絶対約束を守りますってね」
そう言えば、ユリアーナは嬉々として小指を差し出してきた。
小指で結ばれた約束をしていると、エビネがやって来る。
ユリアーナは嬉しさを抑えきれないようにエビネに抱きついた。
「エビネ、お姉さんがお茶会をしようって!」
「まあまあ、それはようございましたね」
エビネも喜ぶユリアーナを微笑ましそうに見ている。
「お母様にもお知らせしてくる」
パタパタと足音を立てながら去って行くユリアーナに手を振った。
そして、エビネと顔を見合わせると、不意にエビネが頭を下げた。
「クルミさん。本当にありがとうございます。あなたが来てからというもの、姫様の笑顔が多くなりました」
「ユリアーナちゃんの体調はその後どうですか?」
「非常に安定しておられます。あれから熱を出すこともなくなりまして、お食事もたくさん取れるようになり、痩せていた体もふっくらとしてまいりました」
「なら良かったです」
それはつまり、使い魔がちゃんと機能してユリアーナの魔力が溜まらないようにしているということだ。
予想外の使い魔ができた時にはかなり心配だったが、使い魔としての役目は果たせているようでクルミも一安心だった。
「あの使い魔もまだ完成途中なので、ユリアーナちゃんに変調があったらすぐに知らせてください。できるだけ私かナズナが様子を見に来るつもりですけど、どうしても来られない時もあるので」
「何から何まで感謝いたします」
「じゃあ、また来ますね。ユリアーナちゃんの招待状楽しみにしてます」
「はい」
最初と違いずいぶんと柔らかい表情を向けてくれるようになったエビネに別れを告げ、クルミは邸宅を後にした。
「そういえば、主はん。招待状渡しに来る言うても、あちらさんは主はんがどこにおるか分からんのんちゃうん?」
「あっ!」
今さらそのことに思い至る。
「それに、主はんが皇帝はんの妃やちゅうことも知らんのとちゃうか?」
「確かに言ってないわね」
話す機会を逃したとも言う。
何せ、ユリアーナの母であるアサリナは、自分の息子のはずのシオンのことを毛嫌いしている節がある。
そんな息子の妃と聞いて良い気分になるはずがない。
騙すつもりはなかったが、結果として同じような状況になってしまっている。
「うわーん。次から次へと問題が出てきて頭が痛い」
「今度会ったら言っといた方がええでー」
「そうよね。気分が重くなるけど、いつまでも黙っとくわけにもいかないしね」
話すことで二度と来るなと言われないかが心配である。
「はぁ……」
クルミは本日何度目かも分からない深い溜息を吐きながら部屋へと戻った。




