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22話 嫌われ者



 ロータスの家から戻ったクルミは、翌日シオンの部屋にいた。


 クルミが眉間にしわを寄せた難しい顔でソファーにもたれかかる向かいでは、アスターが調査報告をシオンにしていた。


 ナズナが見つけた隠し扉に入っていた呪術に関するノートだけでなく、他にも呪術を行ったと思われる痕跡が見つかったのだ。

 なにより、クルミが意識のないロータスを見に行ったところ、間違いなくシオンの呪いが返されているのを確認したのである。



「なるほど、これだけ証拠があるなら決定的だね。ロータスの様子は?」


「未だ意識が戻っていない。クルミによると、このままゆっくりと衰弱していく可能性が高いらしい。ファイウスがなんとかして水や食事を取らせようとしているようだが、皇帝暗殺が事実ならあまり意味はなさそうだ」



 皇帝に、それも愛し子でもあるシオンに手をかけたとなれば問答無用で死罪が適用される。

 必死に生かそうとしても、待っているのは死という残酷な結末のみだ。

 それを分かっていながらも、シオンの表情は変わらない。



「自業自得ってところかな。ファイウスは辛いだろうけどね。ロータスには特に目をかけていたようだから」


「理由はなんだったんだろうな」


「ロータスの独断ならいいが、誰かに頼まれたのだとしたらそいつの処罰も必要になるね。続けて調査するように言っておいてくれるかい?」


「分かった」



 シオンとアスターの話が一旦終わったところで、それまで黙っていたクルミが口を開く。



「ねぇ、シオン。ちょっとお願いがあるんだけど」



 そう言った瞬間、それはもう楽しげに満面の笑みを浮かべる悪魔。



「なんだい? 僕の愛しい黒猫の頼みなら聞かないわけにはいかないね」


「……頼みたくなくなってきた」


「なんや、後で多大な見返りを要求してきそうやな」



 ナズナの言葉に心の底から同意するクルミだが、こればかりはシオンでなければならないので仕方なく頼むことにした。



「精霊達に頼んで、呪の精霊の居所を探してもらいたいのよ」


「呪の精霊か……。確かロータスの家で見たんだって?」


「ええ。どうしていたのか。この件にどう関わっているのかふんじばってでも吐かせないと。シオン、自白剤とかないの?」


「最高位精霊にそんなことしたら普通に命落とすよ」



 闘志を燃やすクルミに呆れた様子でツッコミを入れるシオンだが、クルミは聞いていない。



「あいつにはそれぐらいじゃないと駄目なのよ」


「まあ、一応頼んでみるけど」



 シオンは精霊達を呼んだ。



「皆、お願いがあるんだけど聞いてくれるかな?」


『や~だ~!』


『絶対やだ!』



 返ってきたのは激しい拒否。あまりにもきっぱりと断られるのでシオンも目を丸くしている。



「まだ何も言ってないよ?」


『さっき話してたの聞いてたもん』


『呪の精霊には近付いたら駄目なの』


「どうして?」



 クルミの問いに、精霊達は悲壮感漂う顔で口々にしゃべる。



『いじめられるから~』


『ニコニコしながら悪さするのー』 


『捕まったら最後なのぉ』


『だから、シオンのお願いでもやだぁ』


「あいつったら、同族にまで……」



 クルミはなんとも言えない顔をする。

 だが、困った。クルミの力では呪の精霊は探せない。



『それに呪の精霊は他の精霊が近付くのを嫌がるから、とっても大切な用事じゃないと呼び出せないの』


『最高位精霊には逆らえないの~』



 ここにいる精霊達は皆下位の精霊ばかりだ。

 呪の精霊は最高位精霊なので、彼らは言われた通りに従うしかない。

 それはたとえ愛し子の願いであろうと優先されるのだ。

 だが、それを聞いたクルミはひらめいた。



「そうだ、リラ!」


「おっ、主はん冴えとる。それならいけるやん」



 花の最高位精霊であるリラならば同格。

 呪の精霊に従う必要などない。


 そうと決まればリラの捜索だと庭に出たはいいものの、常に土の中に埋まっているリラを探すのは至難の業だ。

 ただでさえ広い宮殿の庭は森のようで、そんな中からリラの居所を示すゆらゆら揺れる花を見つけることはできず、ヘトヘトになりながらシオンの部屋へと戻ってきた。



「シオン、精霊達にリラの居場所を聞いてちょうだい……」


「最初からそうすれば良いのに、慌てん坊だね、クルミは」



 意地悪くニコニコと笑っているシオンの顔を見るに、出戻ってくることは想定内だったようだ。

 分かっていたなら先に言ってくれればいいのに、シオンもシオンで性格が悪い。

 悔しそうにじとっとした眼差しを向けるが、シオンには微塵も効いていない。



「皆、花の最高位精霊の居場所なら教えてくれるかい?」


『リラ様?』 


『いいよー』



 精霊達の案内で向かったのは、ユリアーナの邸宅からほど近い場所だった。

 前回いた場所からかなり移動したようだ。より良い土を求めての結果だろう。 



『ここだよー』


『ここー』



 精霊が示す場所では、リラの頭に咲いている花が地面から生えていて、風もないのにゆらゆら揺れている。

 クルミは迷わずその花を引き抜くと、ズボッとその下の体ごと土から抜け出た。

 その瞬間響く悲鳴。



「ヒィィィィ!」



 思わず落として耳を塞いでしまうのは仕方ない行動だろう。

 悲鳴が収まったところでコロンと地面に転がったリラを回収する。



「リラ、やっと見つけた!」


「賢者さん、私を掘りおこすのは止めてください。私は静かに埋まっていたいんです」



 そう言って、いそいそと穴に戻ろうとするリラを両手で捕まえる。



「お願いよ。リラにしか頼めないの」


「なんですか?」


「呪の精霊の居場所を知りたいの。リラなら分かるでしょう?」


「……イヤァァァ!」



 リラは一拍の沈黙の後、大きな悲鳴を上げて、慌てて穴に頭を突っ込んだ。



「ちょ、ちょっと、リラ」



 掘り出そうとするも、リラはジタバタと暴れて抵抗した。



「嫌です嫌です! あのいじめっ子と関わるのは絶対に嫌です!」


「リラまで!?」



 どんだけ嫌われてるんだ、あいつは。

 リラのあまりの嫌がりようにクルミも驚きが隠せない。同じ最高位精霊だろうに。



「リラにしか頼めないのよ、お願い!」



 他に最高位精霊を知らないクルミにはリラが最後の頼みの綱なのだ。

 リディアのことは知っているが、彼女は空間の中におり、契約者でもない生き物があまり空間の中に入るのはよろしくない。

 それに、リディアは竜王国の愛し子と契約しており、契約者でもないクルミには少し頼みづらかったりする。


 なので、なんとかリラに呪の精霊と会わせてもらいたいのだが、リラはよほど嫌なのだろう。



「嫌です! 彼とは永遠に関わらないと誓ったんです!」



 そこまで嫌がるとは、奴はいったいリラに何をしたのか……。あまり考えたくはない。



「リラ~」


「賢者さんの頼みでも嫌なものは嫌です」



 ぷいっとそっぽを向いてしまったリラの考えを変えることは叶わず、泣く泣くリラを土に埋めて帰るしかなかった。




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