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21話 不敵な笑み



 呪いを解呪してからというもの、シオンもすぐに元気を取り戻し、いつもの生活を送っているようだ。


 クルミが研究のために部屋に籠もっていると、呼んでもいないのに勝手に入ってくる。

 仕事をしろと言いたいが、愛し子でもあるシオンはあまり深く政治に関わるのをよしとされていないので、暇なのだろう。


 だからといって研究の邪魔をするのだけは止めてほしい。

 シオンが来ると必ず付いてくるアスターだが、アスターは良いのである。

 それというのも、アスターは美味しいお茶だけでなく、キッチンからお菓子や軽食も持ってきてくれるので、むしろありがたいのだ。


 その点シオンはまったくなんの役にも立っていない。

 だが、帰れと言って素直に帰るような性格をしていないのは重々承知していた。

 本当に、何故あのユリアーナと兄妹なのかと何度覚えたか分からない疑問を感じる。


 今日も今日とて、勝手に部屋に入ってきて、アスターが持ってきたシフォンケーキをお茶請けに、優雅にカップを手にしているシオンにイラッとする。



「自分の部屋で飲めばいいじゃないの」


「愛しい妃の顔を見ながら飲む紅茶が美味しいんだよ」



 嘘くさい笑顔をギロリと睨んでから、ふと思い出す。



「ところで、あなたを呪ったのが誰か分かったの?」


「ああ。精霊に調べてもらったところ、ある人物に行き着いた。学校の教師を勤めている、宮殿の魔法師だった。彼は先日から学校を休んでいる」


「学校の魔法師って、まさか私の知ってる人?」



 学校の教師を集めて特別授業を行っていたのは少し前のこと。

 少し前まで毎日のように教えに通っていた学校だが、今は時々顔を見せる程度だ。


 それというのも、ヤダカインの魔女が予想以上に大きな成長を遂げたために、生徒達に教える分には事足りるようになったからでもある。

 ヤダカインの魔女のために、前世で書き溜めた資料などを貸してあげたのが功を奏したようだ。

 クルミからの知識と、資料を組み合わせて自習した魔女達は今ではクルミから文句なしの合格点がもらえるほどに頼もしくなっていた。


 それはヤダカインで基本となることはちゃんと学んでいたからにほかならないが、本人達の貪欲なほどの知識欲によるものが大きい。

 その内、クルミと魔法について対等に討論することもできるかもしれないと、クルミは楽しく思っていたりする。


 生徒を任せられるようになったことで、今は生徒相手にというよりは教師を相手に授業をすることが多かった。

 その教師にはもちろん宮殿の魔法師も含まれている。



「ロータスという魔法師だよ。クルミも知っているはずだ」


「はぁ!? ロータス!?」



 クルミは驚きのあまり声が裏返った。


 ロータスと言えば、何故か最初に会った時からクルミに敵意むき出しだった青年魔法師だ。

 そのくせ、クルミが行っていた教師に向けた特別授業は毎回欠かさず出席していたのだから、魔女としての力は認めてくれてるのだろうと生暖かい気持ちで見ていたのに、まさかシオンを呪ったのがロータスだとは。

 それを聞いて最初に感じたのはありえないということ。



「いや、確かにロータスは優秀な魔法師かもしれないけど、あの程度の知識量でシオンを襲ったような高度な呪いなんてできるはずないわ。何かの間違いじゃないの?」



 呪いにもピンからキリまであって、ちょっと体調を悪くさせるものから、人を殺せるほどまで幅広いが、命を奪えるほどのものとなると付け焼き刃の知識では不可能である。


 そして、シオンを蝕んでいたのは、殺せるほどの呪いだった。

 クルミの特別授業を受けていたとは言え、クルミは呪いに関することは一つも教えたりしなかったのだから、ロータスに理解できる内容ではないはずがないのだが……。



「いいや、間違いないと精霊が言っている」



 精霊は決して嘘を吐かないので、それなら確かなのだろう。だが、素直に納得はできない。



「ヤダカインの魔女が教えた可能性は?」



 疑いたくはないが、呪術といえば魔女を連想してしまうのは仕方がない。

 実際には魔女ではなくとも呪術を使う者はいる。それは呪の精霊が呪術を伝えたのが、なにも魔女だけではなかったからだ。

 なので、探せばそれなりにいるだろう。

 だが、ロータスに呪術を学ぶ環境があったかはクルミにも分からない。



「それについては調査中かな」


「ロータスは今どうなってるの?」



 呪いを返したのだ。その呪いは何倍にもなってロータスを襲ったはず。



「倒れていたところをファイウスが発見して、今は宮殿内の部屋に監視付きで隔離されている。皇帝暗殺の容疑者だが、精霊の証言だけで罰することはできないからね。今もまだ意識不明状態で話を聞くことはできないのが残念だけど」



 帝国には精霊自体見えない者も多いので、精霊の言葉だけでは証拠として弱いらしい。



「だが、ヤダカインの魔女によってロータスが呪い返しにあっていることは証言をもらっている。後は、確実に僕を狙っていたという証拠が出てくればいい。そのためにロータスの家を捜索する予定だけど、クルミも行ってくるかい?」


「いいの?」


「ああ。むしろ呪術に詳しいクルミが見に行った方が、証拠も見つけやすいだろうしね。行くならアスターを付けるけど?」


「分かった。お願い」



 クルミの希望を聞いているようでいて、シオンは行ってほしそうだ。

 皇帝の信頼の篤いアスターを付けるということはそういうことだろう。


 クルミはすぐに動いた。

 アスターと共に捜索する兵士に付いて、ロータスの家を訪れる。

 若くとも宮殿の魔法師をしているロータスの給金は多く、帝都に小さな庭付きの一軒家を持っていた。

 兵士があらかじめ手に入れていた鍵で扉を開けると、警戒しながら入っていく。



「クルミ、念のため俺から離れるなよ」


「うん、分かってる」



 警戒するアスターの後ろに付いて、いくつもある部屋を兵士と共に確認していく。

 ロータスはこの一軒家でひとり暮らしのようで、入ってきたクルミ達以外に人の気配はない。


 ロータスが見つかったのは、書斎と思わしき部屋だったそうだ。

 他の部屋を見て回ったが、特に変わった物は見つけられず、本命である書斎へと入る。

 中にはたくさんの本や書類が本棚やテーブルの上に積み重なっており、クルミは片っ端から確認していくが、量が量だけに時間がかかりそうだ。



「これは骨が折れそうね。ナズナはそっちの兵士さんと一緒に中を確認していってちょうだい」


「了解やー」



 こんな時ばかりは使い魔を作っていて良かったと思う。

 クルミから作られたナズナは知識や記憶を共有しているので当然ナズナも呪術に関する知識は持っているのだ。

 おかげで分担して作業できる。


 本当ならヤダカインの魔女も連れてきたかったが、ロータスと繋がっている可能性もある現状で、証拠隠滅をされる恐れを考えると、魔女達を連れてくることはできなかった。


 さすが魔法師といったところか、魔法に関する資料や本がたくさんある。

 ここだけを見れば、ロータスがいかに勉強熱心だったかが分かるが、呪術に関するものはいつまで経っても見つけられない。



「うーん、ここじゃなくて空間に入れてるかもしれないわね」



 むしろその可能性の方が高い。

 だが、それをアスターが否定する。



「いや、それは一番に考えられたから、シオンが竜王国の愛し子に頼んで、時の精霊にロータスの空間の中を調べてくれたようだ」


「そっか、竜王国の愛し子はリディアと契約してるんだっけ?」


「ああ。だが、めぼしい物はなにも出てこなかったらしい」



 リディアは世界すべての人の空間を管理している。

 それ故、他人の空間には出入り自由なのだ。

 だが、そんなことを頼めるのはリディアの契約者だからこそできること。

 クルミが頼んでも、きっとリディアは了承しないだろう。ヴァイドのように深い仲というわけでもない。何度か会ったことがある知人でしかないのだから。

 なので、その情報は大いに助かる。 



「ってことは、あるとしたらこの家の中か、すでに処分されたか……」



 考えながら視線をさまよわせていたクルミは息が止まった。

 もう暗くなった窓の外で、こちらを見つめる赤い瞳と目が合ったからだ。

 相手はクルミが気付いたことに、不敵な笑みを浮かべて、闇に解けるように消えていった。

 クルミは慌てて窓を開けたが、そこには誰もいない。



「あんの野郎。やっぱりなんか関わってるのね!」


「クルミ、どうしたんだ?」


「さっき、窓の外に呪の精霊を見たのよ!」


「本当か!?」


「間違いないわ。あの小憎たらしいイケメンなんてそうそういないもの」



 髪はクルミの記憶よりも短くなっていたが、あの赤い目も人を小馬鹿にするような笑い方も前世の記憶のままだ。



「何か知ってるに違いないわ」


「どうする?」


「本人をとっ捕まえて聞き出すしかない。シオンから精霊に頼んで居場所を教えてもらいましょう」



 ここはどうするかと、考えていた時、兵士達といたナズナが大きな声を上げた。



「主はん、見つけたでー!」



 部屋の中に視線を向ければ、本棚の裏側に隠し扉が存在したようだ。

 ご丁寧に魔法で隠匿されていたが、ナズナにとったらなんてことのない魔法。

 それもまた呪術の一つだったが、一瞬で解呪してやったでぇと、得意げなナズナの頭を撫でてやる。



「良くやったわ、ナズナ」



 ナズナが羽を広げたぐらいの大きさの扉を開ければ、数冊のノートが入っていた。

 中を確認すれば、呪術に関するものに間違いなかった。その中にはシオンを襲ったものと同じ呪いの記載と、皇帝の文字を丸で囲んだ書き込みがあった。



「これは証拠になる?」



 アスターを仰ぎ見れば、こくりと頷いた。



「筆跡を鑑定してロータスのものと確認されれば証拠となるだろう」


「けど、問題は誰がこんな知識をロータスに与えたかなんだよねぇ」



 呪の精霊が浮かんだが、そんなことをする理由が考えられない。

 いや、そもそも呪の精霊が特別な意味を持って行動すると考えること自体が間違っている。


 面白そうだから。ただなんとなく。


 その程度の理由で呪の精霊はこれまで人々に呪術を教えていったのだから。

 クルミに前世の知識を来世へと残す方法を教えたのも呪の精霊だ。

 何故こんなものを教えるのかと、その理由を問うた時も、面白そうだからとなんとも意地の悪い顔をして笑っていた。

 そういう奴なのだ。だからこそ、ロータスはただの操り人形にされたことも考えられる。

 どこまで関わっているのか知る必要があった。






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