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18話 シオンを襲うもの


 しばらく経ったが待てど暮らせどシオンが回復したという話をアスターが言ってくることはなかった。

 たまりかねてクルミはシオンの部屋を突撃し、ドンドンドンとシオンの部屋の扉を叩く。


 そんなクルミを、兵士が困り果てたように止めようとしていた。



「お止めください、黒猫様。陛下は今お会いすることは叶いません。お部屋にお戻りを」


「そう言って何日経ったと思ってるのよ。ちょっとぐらい良いでしょう?」



 皇帝の自室に押し入ろうとするなどクルミでなければその場で切り捨てられてもおかしくない行為だ。

 だが、皇帝唯一の妃という立場がクルミを護っていた。

 クルミも、兵士達が強く出られないことを分かっていて強硬姿勢を貫いている。



「ちょっとシオン、開けなさいよ。開けないなら無理矢理入るわよ?」



 廊下に響くクルミの声。その周りで対応に困る兵士達。

 粘り強く扉にかじりついていると、ゆっくりと扉が開いた。

 顔を見せたのはアスターで、やれやれという顔をしている。



「まったく、お前は」


「オカン。中にいたならもっと早く開けてよ」


「今は駄目だと言っていただろう?」


「別に重病じゃないなら問題ないでしょ。こうしてオカンは会ってるんだし」


「それはそうだが……」



 はっきりとしないアスターを押して、無理矢理部屋に入り込んだ。



「あっ、こら、クルミ」



 アスターの叱るような声が聞こえるが、構わず奥へと入っていくと、普通に元気そうな顔のシオンが座っていた。

 いや、よくよく見れば少し顔色は悪いかもしれない。

 どうやらお茶をしていたらしく、テーブルにはティーカップと軽食の載った三段スタンドが置かれているのを確認する。



「なんだ、元気そうじゃない」


「困った子だね、クルミは。僕は風邪を引いてるって聞かなかったかい?」


「そのわりには優雅にティータイムを楽しんでるようにしか見えないけど?」


「今はちょうど調子がいいタイミングだったんだよ」



 その言葉が嘘か誠かクルミには分からないが、シオンがゆったりとした寝間着姿なのは間違いなかった。



「面会謝絶なんてされてたからもっと重病なんだと思ってたのに、心配する必要なさそうね」


「なんだ、心配してくれたのかい? 僕の黒猫は優しいね。さすが僕が選んだ妃だよ」



 そう言ってクルミの手を引き肩を抱く、似非天使な笑顔を浮かべるシオンに、じとっとした眼差しを向ける。



「口だけは変わらず回るみたいで安心したわ」



 クルミは肩に置かれたシオンの手をぺしりと叩いた。



「愛しい妃にはちゃんと愛情表現をしておかないとね。僕がいなくて寂しかったみたいだし」


「一言も言ってないわよ、そんなこと」



 どうやらこれだけ言い返すだけの元気はあるようだ。

 なら、何故面会できずにいたのか疑問が残る。



「……で、結局どんな病気だったの?」



 珍しくシオンは天使でも悪魔でもない、困った子供のような顔をした。



「……えっ、まさか本当に重病なの?」


「それが分からないんだよねー」



 自分のことなのにずいぶんと呑気なことだ。



「分からない?」



 どういうことかとアスターに視線を向けるが、アスターも困ったように眉を下げる。



「風邪ではないと思うんだが、医者でも原因が分からないらしいんだ」


「もう治ったわけじゃないの? こんなに元気そうなのに」



 シオンの顔をじっと観察するが、相変わらず天使のように整った顔立ちは健在で、笑顔一つで女性達を虜にしそうである。

 若干顔色が悪い気がするが、それだけで、受け答えもちゃんとしている。とても病人には見えなかった。



「それはそうなんだが……」



 アスターが言葉を濁していたその時。

 突然シオンが胸を押さえて前屈みになった。

 苦しそうな喘鳴と呻き声を上げ、顔を歪めながら助けを求めるようにアスターへ手を伸ばす。



「ぐうっ……。アスター、まただ」



 アスターは慌てて隣の部屋へと入っていくと、すぐに隣から誰かを連れてきた。

 その間も苦しそうにするシオンに、クルミはどうしていいか分からずパニック状態。



「シオン! シオン!?」



 わけも分からないまま背を撫でることしかできない。



「クルミ、少し離れてろ!」



 アスターの怒鳴るような声にびくりと体を震わせながらも、体はアスターの言葉に従うべく反射的にシオンから離れた。

 どうやらアスターが連れてきたのは医者なのか、シオンの様子を見ている。

 そうしている間、アスターがシオンの口にタオルを噛ませていた。

 ぐっと歯を食いしばっているシオンを見るに、タオルを口に入れていないと歯が折れるのかもしれない。


 冷や汗がシオンの額を濡らす。


 ただ見ていることしかできないクルミには、とても時間が長く感じた。


 しばらくして、シオンの体から力が抜け、ぐったりとソファーにもたれかかる。

 それをアスターがすかさず支えていた。



「シオン、大丈夫か!?」


「……ああ、問題ないよ……アスター」


「問題大ありだろうが」



 汗だくになりながら弱々しい笑みを浮かべるシオンのなんと痛々しいことか。

 呆然とシオンを見ていたクルミとシオンの視線が交わる。



「悪かったね、クルミ。驚かせただろう……」



 先程までのように声に力はなく、しゃべっているのもやっとなのだと察せられる。



「人のこと気にしてる場合じゃないでしょう。どうしたの、いったい?」



 シオンが口を開くより先に、アスターが言葉を発した。



「話は後だ、クルミ。先にシオンを休ませたい」


「う、うん」



 アスターがテーブルの上にあったベルを鳴らすと、すぐに女官が入ってきた。

 アスターは医者と協力しながらシオンを抱えて隣の部屋へと消えていく。

 その場で待つクルミに嫌な予想がグルグルと頭の中を巡った。

 あの苦しみ方は異常だ。ただの風邪でないことは医療の知識がないクルミにも分かる。



「もしかして、ヤバい病気ちゃうん?」



 クルミの心を代弁するように、ナズナがしゃべった。

 その言葉にぎくりと心臓が跳ねるクルミの顔は強張る。






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